― キス噛むレノ ―
先輩タークス
「お前が適任だ」
「このドレスコードとか……」
「任務だ。こなせ」
レノの渋る声を斬っていく主任の声。
そんなやり取りを横目に私は今日もバチバチとキーボードを叩き壊す勢いで入力作業をこなす。
外見に違わず派手に暴れてくる可愛い後輩の赤毛と坊主頭の器物破損のもみ消し裏工作。最近は金髪新人も加わって更にやる事が増えた。
レノが任務内容に渋るなんて珍しいと、任務の内容が気になって『今日もミッドガルは平和です』と心にもない文章を適当に打ち込んで席を立つ。
皆も気になったのか主任のデスクに集まってきた。
「婚活パーティは別にいいんですよ。タダで酒飲めて女の子とたくさん喋れるしな、と」
「うわー、確かにレノ先輩適任すね」
イリーナが任務内容を見つつ出した言葉に概ね同意だ。
何が渋る理由なんだろうとレノの手にある任務書を私も覗き込むけど最後まで読んでも結局分からない。
「何が嫌なの?」
「……ドレスコードの……ネクタイ着用が嫌なんすよ」
ネクタイ?
「あれ、首苦しいんすよ、と……」
それで渋っていたのこの赤毛は。普段あれだけ前を開放していたら確かに苦しさを感じるかもしれない。
口を尖らせて言うその姿は母性くすぐられて可愛い。
「ルード変わってくれよ、と」
ルードはサングラスをくいと上げると任務内容に興味をなくして無言で自分の席へ戻っていく。
「イリーナ」
「嫌っす」
「主任……」
「……」
バッサリ拒否するイリーナと主任。
「じゃあ……」
ちらりと私を見るレノと目が合った。
「別に変わってもいいけど」
「こいつを行かせるのか? レノ」
主任のトーンの低くなった声にレノの背筋が伸びる。
「あーー! 分かりました! 行きます! 俺が行きますよ、と」
まあ、社交性は良くないのは自覚しているけど私じゃ駄目なのか……。
そんなやり取りがあって数日。レノの婚活潜入任務のことなんてすっかり忘れていた。
「センパーイ、俺の勝負服見てくださいよ、と」
イリーナとオフィスで休憩しつつコーヒーを飲んでいるとじゃじゃーんと効果音でも付きそうな感じで現れたレノに絶句した。
髪はオールバックにあげていていつもゴーグルで隠れているおでこは惜しげもなくさらされている。
真面目を演出したいのかピアスも外していてそこはとてもいい。とても格好良く見える。だがしかし。
「コメディアンにでもなるの?」
「いや? 今日の婚活潜入任務の服ですよ」
「……そのネクタイは何?」
「金持ちの集まりらしいすからね、お坊ちゃん感を演出してみました、と」
駄目でした? なんてドヤ顔から子犬みたいな困った表情にまた母性がくすぐられる。
可愛い……そんな煩悩を振り払ってその首に飾られている蝶ネクタイのゴムを思いっきり引っ張って放す。
バチン、と「いてっ」の音が同時に聞こえた。
「馬鹿っぽくしか見えない」
身近でお坊ちゃんを見ているはずなのに何で蝶ネクタイを選んだの? 普段社長の何を見ているのこの子。
こんな首元で折角の格好良さを台無しにしてしまうのは駄目だと謎の義務感が働いた。
「蝶ネクタイは却下」
「えー」
「ちゃんとネクタイして。もうルードか主任の予備でいいから」
「多分俺ネクタイ似合わないすよ」
「何言ってるんすか! チャラい風貌なのにきちんとネクタイしているギャップを狙わなくてどうするんすか!そんなでかい蝶ネクタイなんて誰も寄り付かないすよ」
隣にいたイリーナの力説に一理どころか十理分かる。
無自覚でレノを貶めているのには目を瞑っておこう。
イリーナの隣で首を縦に振って無言の圧力をかけると観念したのかレノはため息をつきながらポケットからネクタイを出した。
「なんだ、ちゃんと準備しているじゃない」
「センパイ、俺結べないんでネクタイ結んでくれませんか、と」
「イリーナにやってもらいなさいよ」
「こいつだと首締められそうだし俺がセンパイにネクタイ結んでほしいんすよ」
イリーナよりも小さい身長の私にはレノの首はとても遠い。でも懇願するような顔に負けてしまった。
「首にかけられないからしゃがんで」
ん、とレノは素直に屈んで頭を垂れる。
いつもは遠い赤い髪が間近に迫るがまだ遠い。
少し近づいてから背伸びをして襟を立てレノの首にネクタイをかけた。
まつ毛の密度濃いな……。羨ましい。
首にかけ終わったので背伸びを止めて結び始めるとレノも姿勢を戻す。
「センパイ、ちょっとネクタイ引っ張ってみてくださいよ」
ネクタイの結び方どうしようかな、なんて考えていたから言葉の意味も考えず言われた通りに結び途中のネクタイを下に引っ張った。
レノは引っ張られる力に逆らわずそのまましゃがんできて……目の前に顔が来てそのまま重なる唇。
「ん、ごちそーさまです、と」
いたずら成功みたいな顔をしてまた姿勢を戻すレノ。一瞬呆気に取られたけどやられっぱなしは性に合わない。
私はネクタイをもう一度無理やり引っ張って顔を近付けさせたのに若干抵抗してきて思ったより距離が縮まらない。
意地になった私は精一杯背伸びして唇を押し付けるように唇を重ねてついでに噛んでやる。
顔を離すと目を丸くして唇の端が血で滲むレノにちょっと満足した。
「手癖の悪い子に躾をしただけよ」
「……上等だぞ、と」
お? 何年経ってもたどたどしかった敬語が外れた?
「センパイ、帰ったらお願いがあるんすけど」
レノはネクタイを持つ私の手を包むように握り顔の距離を詰めてきて、うんともいいえとも答えていないのに言葉を続けてくる。
「もっとセンパイの躾の仕方を教えてくれよ、と」
可愛いと思っていた子犬が成犬通り越して狼の顔になる瞬間を見てしまった気がした。
「それと。センパイにこの任務行かせなかった理由、聞かせてやるぞ、と」
隣でずっと口を開けて見ていたイリーナには後で何か口止めを考えないといけない。
何となくそう思ってしまった。
初出:2020/07/25