外の世界の大冒険
人の間を縫ってひたすら前へ進む。アーヴィとはぐれたことなんて気づいていない。ナビィもリンクを追うのに必死である。
「デカいたてものー! ナビィ……お城ってどれ?」
「う、う〜〜〜んとね……」
そこかしこに森にはなかった大きな石造りの建物が並んでおり、どれもお城に見えてしまう。ナビィとて万能ではなく、リンクに訊ねられたところで答えられるはずもなかった。
市場はまだ続いており、焼き立てのパンや瑞々しい果実、肉の腸詰を焼いたものの香りが充満している。朝食を食べ損ねたことを今更思い出したのか、唐突にリンクは空腹感を覚えその場にしゃがみ込んだ。
「急にハラへってきちゃった。動けない……」
「がんばれ、いつの間にかアーヴィともはぐれちゃったし探さなきゃ!」
腹の虫が鳴く。そうだ、目立つ赤がいつの間にか見えなくなっている。離れるなって言われてたのに、怒られるかな。リンクはなんとなく見つかるのも嫌になって更に縮こまった。
しかし本能には忠実なもので、近くのパン屋の主人が声を張り上げれば、リンクはそれにつられて店先のパンに視線をやった。焼き立ての香ばしい匂いが鼻腔を擽る。こんがりと色目が付いたパンが店頭にはずらりとならんでいた。食べたい!
「ン、んめっ。森の木の実の100倍うまーい!!」
気づけば両手いっぱいにパンやら肉やらを抱え食欲のままに口いっぱい頬張っていた。木の実なんて味気ない者よりこっちの方がずっと美味しい。こんなものが毎日食べられるなんて、外の世界は最高だ。
しかし。
気づけば周りをガタイの良い男たちに囲まれてしまっていた。
「おい、ぼーず。金は払えるんだろーな」
「カネ? なにそれ……」
途端、男たちはリンクから食べ物を取り上げ、ついでにリンクを吊るしあげた。
突然のことに目を回す。カネとはなんだ、もりではこんなことなかった、今なんで襲われてるんだ。
パニックのリンクの脳裏に、昨日のアーヴィとの会話が蘇った。
『これはルピーだよ。お金って知ってる?』
そうだ、お金だ。この世界でお金は必要なもので、確か食べ物はお金を払って買うものだった。すっかり忘れていた。
今更思い出したところで、リンクの手持ちはない。食べ物は勝手に食べてしまったし、どうしよう、謝ったら許してくれるだろうか。だが男たちの手は止まる気配がない。
「ん? いいもの持ってるじゃねえか」
男の一人がリンクの懐にあるコキリのヒスイを取り上げた。誰が見ても“いいもの”とわかるその石は、デクの樹サマが命懸けで守り、リンクに託した大切なものである。お城に行って、ゼルダ姫に届けなければいけないのだ。
「返せ! 返せーっ!!」
「返して欲しかったら金を持ってきな」
叫んだところではいそうですかと返してくれるはずもない。取り返すならお金を払わなければ。アーヴィなら持っているだろうか。急いで探さなければ。リンクが解放してもらおうと体を捻る。
「待って!」
鶴の一声。
「私がお金を払います。その石を返してあげて!」
凛と透き通る声の持ち主は、まだリンクと大差ない少女だった。輝く金糸に、リンクとはまた色味が違う高貴な青い瞳。穢れの内真っ白なレースをあしらったワンピースを着て、編み込みの髪を揺らしている。一目見ただけでこの少女が庶民でないことがわかるだろう。
少女が男たちに渡したのは200ルピー。つまみ食いした食べ物よりもはるかに大きい金額。男たちが呆気に取られている間に、少女はリンクを連れ去った。
*
「そう……、あなた森から来た人なのね」
中央広場に戻るまでの間、リンクは少女に城下町へきた目的を話していた。世間知らずなリンクはいっそ愚直なまでに素直であり、人を疑うことを知らない。助けてくれた少女に、城へ行くことも話してしまった。
だが少女は物憂げに、城へは簡単に入れないことを伝える。困り果てたリンクに、悪戯を思いついた子供のような(実際子供だ)笑顔を浮かべこう言った。
「ね、今日一日私と一緒に遊ばない? そしたらゼルダ姫のところへつれてってあげる!」
なんともまあ信じられないような話だが、リンクは呑気なもので、ほんとお? などと少女についていく。いわゆる逆ナンというやつである。
ナビィは少女を訝しむが、リンクは可愛いからまあいいかと、アーヴィのことなどすっかり忘れて丸一日遊び惚けてしまったのだった。
*
的当て屋のドアを開けると、まだまだ時間はあると思っていたのに、外には誰もおらず、空には蒸すの星が輝いていた。
もうそんな時間か。リンクは空を見上げながらはやいなあと呟いた。少女は小さく一歩踏み出し、俯く。
「一日……終わっちゃったね。今日はありがとう。私……一度でいいから自分でお金を払って買い物したり、遊んでみたりしたかったの。ふつうの女の子とおんなじように」
振り向き、リンクを見つめる。その表情は儚げで、今にも消えてしまいそうである。そんな少女の雰囲気に当てられたのか、リンクも数秒惚けたように少女を見つめ返し、ナビィにどつかれてようやく正気を取り戻した。
「名前……」
やっと絞り出した言葉。少女は弾かれたように顔を上げる。リンクは柔らかく笑っていた。瑠璃色の瞳がきらりと輝く。
「名前教えてくれよ。俺、リンク。こっちは妖精のナビィ。また一緒に遊ぼうぜ!」
予想外の言葉だったのだろう。少女は驚いているが、それでも嬉しそうな、悲しそうな、形容しがたい表情のまま、口の中でもごもごと音を出す。言いたいけど言えない。そんな雰囲気である。
「わ、私……」
それでも言いたい。ようやく少女が口を開いた瞬間。暗闇の中から影が飛び出した。
影は一直線に少女に向かってくる。月光に照らされ、手元の何かが冷たく煌めいた。剣だ、瞬時に悟ったリンクは少女を背に庇い、盾と剣を構え迎撃態勢をとる。
来るなら来い、返り討ちにしてやる。そんな覚悟だったのだが、リンクが影たちを迎えるまでもなく、もう一つの小さな影がリンクの前に躍り出た。
「衛兵さん!!! こっちです!!」
聞いたこともない大声が夜道に響いた。同時に剣を弾く音。背後の少女が息を飲んだのがわかった。
リンクはというと、こちらはこちらで「あっ!」といった具合に声を上げていた。影を迎撃した小さな影。それは見紛うことのない、燃えるような赤を持つアーヴィその人だったのだから。
少女と遊んでいてすっかり忘れていたなんて、口が裂けても言えない。朝ごはん、そういえば一緒に買いに行ってたんだっけと今更思い出す。
「アーヴィ!」
「忘れてたことは許してあげるからその子を守って」
ばれてた。後の事を考え気が滅入るようだが、ともかく今は背後の少女を守るのが最優先だ。
「我々に時のオカリナを渡せ!」
斬りかかられる、この前のゴーマは魔物だったが、今回はれっきとした人間だ。しかも刃物を持っているとはいえ、影の正体は女性。昼間の城下町にはいなかったような格好だ。どこかの民族衣装だろうか。アーヴィと同じような赤い髪の色をしている。
剣を受けつつ、リンクはこちらから手を出すことを躊躇った。実は守るが攻撃はできない。人を傷つけるのが怖い。どうしたらいい!
リンクが応戦する中、自分は邪魔だと思ったのか少女が背後から飛び出した。
「逃がすか!」
逃げる少女を狙い、女がリンクから矛先を変える。させるか、リンクはすぐさま少女に迫る剣先を叩き落とした。ぎょっとした女はリンクから距離をとるが、先程からちょこまかと邪魔をしてくる子供にそろそろ業を煮やしているだろう。
追撃しようと剣を構えたその時。甲高い笛の音が響き渡った。次いで多くの足音が近づいてくる。先程アーヴィが呼んだ衛兵が今頃になって駆け付けてきたのだ。
女たちは舌打ちをし、見つかる前にしっぽを巻いて一斉に逃げ出した。
「待て!」
リンクは女たちを追いかけ路地裏へと走って行ってしまう。少女は一人立ち尽くすが、そこに声をかけたのはアーヴィだった。
「大丈夫? リンクはまだ剣を持って日が浅いからちょっと頼りなかったかな?」
空気が凍った。少女はあ、だのう、だのと声を発送として幾度も失敗したのち、俯いて深呼吸する。
ようやく顔を上げた時には、先程までのあどけない少女の顔ではなくなっていた。まっすぐとアーヴィを捕らえるその目は、まるで罰を与える執行人のように冷たかった。
「いいえ。彼はとても強く、勇気ある人でした。頼りないなんてことありません」
「そっか。そうだよね。それでこそリンクだ」
悲し気に笑うアーヴィ。その表情をみて、また少女は何かに耐えるように眉根を寄せた。
「あなたは……」
「姫」
アーヴィが気づかないくらい一瞬の間に、背後に気配が現れた。アーヴィのうなじのあたりに鋭い何かが当てられる。ナイフだ。緊張感で冷や汗が出る。
「インパ……。大丈夫。その人は私を助けてくれたの」
「ですが、」
「インパ」
「……わかりました。とにかく……ご無事で何よりです。さあ、城へ帰りましょう」
少女はどことなく納得していないようだったが、やがて諦めたように笑った。
「お待ちしていますよ」
銀髪の女性と共に、少女は闇の中に溶けていった。
*
「あれ!?」
女たちを追っていったリンクは結局見失ったらしく、ナビィに諭され中央広場に戻ってきた。噴水傍のベンチに座っているアーヴィを見つけ駆け付ける。
「あの女の子は!?」
「帰っちゃったのよ、きっと。女の子って気まぐれなんだかラ」
一日遊んだのに最後は勝手に帰ってしまった少女に対して怒っているナビィに苦笑する。アーヴィは少女をフォローするように付け足した。
「確かに帰っちゃったけど、リンクにお礼言ってたよ。『ありがとう、かっこよかったです』って」
「えっ!? マジ!」
照れるなあと頭を掻きながら鼻の下を伸ばす。嬉しそうにしているところ悪いのだがと前置きを入れてから、アーヴィはリンクの痛い所を突いた。物理的に。
「いててて、ちょっと、鞘の先っぽでつつくのやめてよ!」
「うるさいよ。私の事忘れるほど楽しんでたのはいいけど、キミ何しにここに来たか忘れてないよね」
「うっ……そ、その件は、ほら、その……ごめんなさい」
「正直者だね。いいよ、許す。その代わりここからお城まではちゃんと、目的を、忘れないこと」
「腹をくくります」
「肝に銘じます、ね」
今から城へ向かえば丁度明け方に着くだろうと、今夜は野宿をすることにして、三人は城下町から城へと続く道を歩き始めた。
*
「キミ変わったカッコしてるネ。町のコじゃないでしょ? どこからきたの?」
「も、森から……」
「へーっ、森の妖精のコなんダ! アタシ、牧場のコ、マロン。マロンはね、とーさん待ってるの。とーさん、お城に牛乳届に入ったまま出てこないんダ」
「そうなんだ、大変だね。じゃ、じゃあ俺たちそろそろ行かないといけないから、」
「妖精クン、お城へ入れるの? じゃ、とーさん探してくれる? とーさんきっとお城のどっかで寝てるのヨ……困ったオトナよネ、フフフ! そうだ! とーさん見つけてくれるなら、コレあげる! マロンが大事にあっためてたのよ。フフフ!」
城への一本道を進んでいると、いつしか綺麗な歌声が聞こえるようになり、ついにはその原因へとたどり着いた。女の子である。活気よさげなぱっちりとした青草色の目と、小麦色のロングヘアが特徴的だ。素朴な維持のワンピースからはお日様と乾草の香りがした。
「た、タマゴ? ありがと……」
「これでとーさんのこと、起こしてね!」
卵は小刻みに動いており、何かが生まれることが伝わってくるが、卵から生まれるのは何らかの雛であり、それで寝坊助のとーさんとやらを起こすことなどできるとは思えなかった。なんだ、この卵で頭を殴れとでも言うのか。
「キミも町のコじゃないよね? だってすっごく目立つのに、今まで見かけたことないもの! どこからきたの? 妖精クンとおんなじ森からきたの?」
用も済んだことだしこれで、と去ろうとしたリンクを知らずか、今度は標的をアーヴィに変え質問をした。しかしこの少女、よく喋る。もう夜も更けているというのに、元気すぎやしないだろうか。
「私は……違うよ。森じゃない。もっと遠くの……里から来たの」
「へー、じゃあリンゴちゃんはマロンの知らないところから来たのね。マロン、牧場とお城のあいだしか知らないの! その里はどんなところなの?」
リンクはリンゴちゃん? と一瞬考えるが、すぐに髪の色の事かと理解した。それにしても、無表情のアーヴィに対してマロンはよく喋る。段々と彼女の雰囲気に押されてアーヴィが眉を寄せているのに気づいていないのだろうか。
「…………」
「リンゴちゃん?」
ほら、黙っちゃった。マロンの勢いに引いているのかな、と思いきや。
リンクは見つけてしまった。アーヴィの手が、震えていることを。
「アーヴィ、」
「いい、ところだよ」
リンクの声を遮るように、何かを振り切るように。そうはっきりとアーヴィは口にした。
「気候は安定してるし、目立った災害もない。それに、里にはこの国でも有数の図書館があるんだ。大きくなったらマロンも行ってみるといいよ」
マロンの頭を撫でる。気持ちよさそうに目を細め、マロン派大きくうなずいた。
「マロン、もっとお話ししたいなあ。もういっちゃうの? 夜にお城に入るのは難しいと思うケドなあ」
「残念だけどもう行かないと。それに、宿取ってるんでしょ? 早く寝ないと、立派なレディになれないよ」
それを聞いたマロンははっとして、二人におやすみの挨拶をすると足早に城下の宿へ向かった。
アーヴィの手、震えてた。今は収まってるけど、故郷の里に何か嫌な思い出でもあるのだろうか。気になるが訊けない。訊いてはいけない、そんな雰囲気である。
「どうしたの、リンク」
「! いや、なんでもない。マロン、フシギな子だったな」
「……そうだね」
虚空を見つめこぼす。そういえば、とリンクは思う。俺、アーヴィのことまだ何も知らないんだな、と。
生き倒れていたところを助けてもらって、偶然城に用事があるからついてきてくれて。しかも、城下町までじゃなく、宿まで取ってくれて。もしアーヴィがいなかったら、お金が何なのかもわからなかったし、宿に泊まるなんてこともできなかっただろう。
そういえば、さっきも賊に襲われているところタイミングよく駆け付けてくれて、助けまで呼んでくれて。なんだかアーヴィも不思議な人だ。今だって一緒に城まで向かってくれている。彼女の目的も、城なのだろうか。まさか、ゼルダ姫に会うために?
そんなできた話があるものか。いや、でも、もしかしたら。
縁があった、というような簡単な話だろうか。それ以上のものを感じる気がする。そうであったら嬉しい。
リンクはそんなことを考えながら、静かになった夜道をひたすら歩いた。
「はー疲れた。こんな夜中に女の子がいるなんて思わないもんな」
「確かに予想外だったね。でもあの子のお父さんを見つけて起こしてあげないと。一人は可哀想」
月明りとナビィの淡い光を頼りに道を進むと、やがて大きな門が見えてきた。当然のことだが門は締まっており、その前には門兵が二人立ちはだかっている。更に門の上には双眼鏡を持った見張りが鎮座していた。
「うわ、こんなに兵士さんがいるの?」
「通してもらえるかしラ」
「いや、普通子供二人を通してはくれない。加えて今は夜だし、見張りが厳しくなってる時間だ」
見張りに見つからないよう遠くの岩場に隠れ作戦会議。このまま正面から入ることは、今はおろか昼間もおそらく無理だろう。となると、残された道は一つ。忍び込むことである。
「見つかったら怒られそうネ」
「怒られるで済めばいいけど」
「でもこうしてたって始まらないし、俺はゼルダ姫に会わなきゃいけないんだ! 忍び込むなら暗い夜の方がいいだろ? 行こう!」
岩場の近くの崖に張っているツタを登り。見張りに見つからないようゆっくりと、草に隠れるように進んでいく。リンクの服は緑だから草に紛れて見つかりにくい。しかしアーヴィは髪が赤い。門を超えた先は一面の草原で、赤は浮いてしまう。夜でも下手するとばれるのでは、とリンクは懸念するが、いつの間にかアーヴィは帰るの頭巾をかぶっていた。どこで手に入れたのかは知らないが、まるでこうなることがわかっていたようだと思った。
兵の目を盗み、時には走り、時には隠れ、時間をかけてゆっくり城の近くまではやってこれた。が、ここからどうしようか。
正面玄関の左右には兵が建っており侵入不可能。城を囲むように柵が建っており登ることもできそうにない。
「どうしよう……」
「Hey! 城壁の端っこ、丘になってるヨ! あそこは柵を立てられなかったみたい。中に入れるかも!」
ナビィが見つけた丘を登ってみると、確かに柵は建ってないため侵入可能だ。できるだけ地面に足を近づけて、勇気を出して飛び降りる。膝を使って衝撃を和らげ着地。森で遊んでいたからこのくらいは余裕だった。
問題はここを歩いていると門兵に見つかる可能性があるという事だ。足音を忍ばせても影で見つかってしまう。どうしたものか。
「この堀に潜って兵をやり過ごせないかな。どのみち正面から侵入は出来ないだろうし、裏口辺りまで泳いで行ければいいんだけど」
「それがいいね。音を立てないようにゆっくり入ろう」