ふたりの関係1
name change
眠ったような寂しい車内の中、憂鬱を抱えて電車に揺られる。
次の駅から乗ってくる人は30代ぐらいのサラリーマン。必ず私の横に座り、程なくして寝る。
「△△駅ー、△△駅です。」
俯いた前髪の隙間から見えるのは男のスーツの裾と革の靴。
私は、膝に乗せたスクールバッグを震える指でぎゅっと握りしめた。
やはり今日も男は私の隣に座った。
男の頭が私の肩に寄りかかり、また元の位置に戻り、ゆらりゆらりとしてまた肩に触れる。
手が私の太ももに当たり始める。最初は横に指が当たる程度、それから感触を確かめられるように指が少し動き、触れる位置が太ももの上方へと移る。
座る場所を変えたり、立ったり、時間をずらしたりしたこともある。
それなのに、必ず私の隣にその男が座る。
男は寝たふりをしているだけで、本当はストーカーや痴漢の類なのではないかと何度も考えている。
しかし、可愛くもなくスタイルも良くない私がそれらの標的になっていると考えるなんて自信過剰だと思われてしまうだろう。怖くて気持ち悪いのに、そう思うと誰にも言えなかった。
もう限界だった。
知らない人に毎日こんなことをされて。
「お久しぶりです・・・先輩。」
空気を破ったのは斜め前に座っていた男子高校生だった。
着ている制服も違うし、明らかに見覚えのない顔だった。しかし、なんとなくこの空間から私を救ってくれる存在のような気がした。
「あ、うん。久しぶり。・・・元気だった?」
「まあまあッス・・・。先輩に見せたいものがあるんでちょっとこっち座ってもらっていいッスか・・・・・・?」
そして少し気だるげな彼はポンポンと自分の横の席を叩いた。
「うん。」
私は、寄りかかる男を避けて移動した。
男は男子高校生に呼ばれて席を立ったことを確認するように顔を上げた。
その時初めて、いつも横に座ってくるサラリーマンの顔を正面から見た。
彼はあの男を見ていた。その眼光が鋭いあまり、先程までとの違いに一瞬怯んでしまった。
先輩後輩とは設定であるのでもちろんそのように振舞わなければならないのだが、隣の男子高校生からはやはり他人の空気が流れてきて沈黙が続く。
またしてもそれを破ったのは彼だった。
「今日は同じユニットの・・・っていうか部活の先輩に忘れ物を届けるように頼まれてこの電車乗ったんスよ・・・。死ぬほど面倒なんですけどね・・・。」
「そっかー、それで今日はここで会ったんだね。普段は電車使わないの?」
「家から通えるとこにしたんで電車は使ってないです。あ、この人がさっき言ってた先輩。」
彼の手にあるスマホの画面をのぞき込む。
「赤いね。あと、なんかうるさそう。」
知らない人の先輩を見た感想はせいぜいこれぐらいしか思い浮かばなかった。
「はははっ・・・♪何それっ・・・その通りだし、面白すぎです・・・!」
「そう。面白いならよかった・・・。」
夢ノ咲のアイドル科に所属していて、そこでユニットを組んでいることなど色々な話を聞いた。
名前も知らない関係なのに、まるで昔からの知り合いのような気がしてくるほどだ。
「あっ・・・!!すみません・・・。」
彼が少し足を開いて座っているものだから、彼の右太ももが私の左膝に当たってしまい、心臓が小さく飛び跳ねる。
足が長いんだなとか、座っているからわからないけど身長が高そうだなとか、色々なことを考えてしまう。
「うん、大丈夫。・・・っふふ・・・♪」
「何がおかしいんスか・・・??」
そういうあなたも笑ってるじゃんって言い返したかったが、あの男がいる手前後輩をあなた≠ニ呼ぶのは一般的でないと判断して止めておいた。
いつもは長い道のりも話していれば短く感じるもので、もう最寄り駅に到着した。偶然彼も、ここで降りるらしい。
駅のホームに立つ彼は本当に背が高かった。
電車は私たちを降ろしたあと、例の男を乗せてその先の闇へと消えていった。
「本当にありがとうございました。」
私は頭を下げた。
「いえ、全然なんで。頭上げてください・・・・・・?」
「助かりました。なんかあの男の人・・・少し気持ちが悪くて。」
「俺も・・・、なんか様子が変だと思っていて。とりあえず、被害が拡大する前に止めれてよかったッス。」
他人から見てもあれは異常なことだと認めてもらえたようで安心した。溜まっていた涙が溢れ出し、雫がホームのコンクリートに落ちた。
「もしかして・・・毎日・・・?」
私は黙って頷いた。
彼は困ったように眉を下げて、泣きそうな顔をした。
「あの、連絡先教えて下さい・・・。俺、呼んでもらえればすぐに行くし、相談も乗ります・・・・・・!!」
彼の温かい手が私の手を包みこんでくれた。
私はまた頷いた。
「じゃあ、何か困ったりしたらその番号に連絡して下さい。」
「こんなことまでしてもらってすみません。今日は本当にありがとうございました。・・・高峯さんっていうんですね。」
「あ、はい。敬語じゃなくていいッスよ。名前さん・・・。」
「じゃあお言葉に甘えて・・・。高峯くんありがとう。」
「それじゃあ、また。」
「うん。」
また≠ニいうことは連絡すれば本当に会えるのだろうか。そう思うと憂鬱な気分が少し晴れた。私は、家までの暗い道のりを、少し軽くなった心で歩いた。
20160228
ALICE+