金木犀の花嫁4



name change



手を取られ、高級な車に乗った。

「で、いくらだよ。」


「ホ別2だそうです。」

「なんだそれ。20万か、安いな。」

私はこういうことに無知な跡部さんを微笑ましく思った。

「・・・たぶん、ホテル代別って意味で2万円だと思います。跡部さん、初めてなんですか?」

「アーン?俺様は金で女を買わなくともメス猫どもから直々に寄ってくるんだよ。お前こそどうなんだよ。」


「・・・そんなこと聞かないでください。」
初めてなのだろうか、ショックで意識を失っていることが多く、この前閉じ込められた時も正直何をされたのか分からない。ばら撒くと脅しに使われた写真は、何かされた後だと言われても納得ができるような酷い有様だった。
この体のことなんてどうだっていいけれど。それでもやっぱり自分が可愛いと思うところが少しでもあったから、体を売ることが怖くなったのだろうか。とっくに汚れているかもしれないというのに。



着いた先は都内で有名なホテルだった。
こういう時はラブホでは?と思ったのを口に出さずに飲み込んだ。

スイートルームでルームサービスまで取ってもらい、美味しい料理を跡部さんと向かい合って食べる。
跡部さんは料理を口にしている時も美しい所作で、見とれてしまうほどだ。

「ここで体を売って2万を手にしたらどうするんだ?」

動きを止めたかと思うと、跡部さんは私を見てそう問うた。
「あの子たちに渡します。そういう約束なので。」



跡部さんは2万円を机に置いた。


「俺はお前の時間を買う。何か話せよ。」


私は、また跡部さんとの問答が始まるのかと辟易した。机に置かれた2万円を跡部さんの元へ押しやった。
「正直に申し上げます。跡部さんにこれ以上関わって頂きたくは思いません。お金は自分であの子たちに払いますので、要りません。何かというのは跡部さんの知りたいことでしょう?それを話したら、もう私には関わらないで頂けますか?」

「フッ、内容にもよるな。」

「それじゃあ、私の話し損になるかもしれないじゃないですか。話しません。」


「じゃあ、お前がなぜ俺と関わりたくないのかを教えろ。」

「跡部さんは優しい方です。そういう方が私のような人間に関わることが許されるはずがないからです。」
下を向いて意思を悟られないように跡部さんの目を見ないようにして話す。


「それは、俺がお前を苛めるような連中と一緒になると言いたいのか?」
跡部さんはうつむく私の顎を持って強引に顔を上げさせた。
「あんな下賎な連中と一緒にするなよ。」
凄く挑戦的な瞳。

もしかすると、私はこの人を信じて、裏切られるのが怖かったのかもしれない。


「跡部さんだけは、私のことを、ちゃんと人として見てくれるということですか・・・?」
初めてこんなことを口にした。
期待と不安と高揚感と、色んな感情が入り交じって自分の心臓の音がうるさい。


「ああ。俺は、お前を救いたい。」


生きている内にこんな幸せな言葉をもらえるなんて。
このあと、どんな仕打ちが待っているのかが怖いぐらいだ。


私は、家庭のこと、学校のこと、今までのことを少しずつ話した。
跡部さんは、その一つ一つを言葉は発さないものの、目を見てきちんと聞いてくれた。




気づいたら、スイートルームではなく、自室で寝ていた。あれは幸せな夢だったのかもしれない。そう思うと、死にたくなるほど寂しかった。もう少し、夢の中の幸せに浸っていたかったともう一度ベッドに転がると、お母さんがドアを開けた。




「名前、起きたのね。跡部様が送ってくださって、また近い内に会おう、ですって。」

「え・・・いま、跡部さんって・・・」

私の声を聞きもせず、お母さんはドアを閉めた。
もしかしたら、あれは私の都合のいい夢ではなかったのかもしれない。


***

2万円でアイツは見知らぬ男に体を売らされそうになっていた。
しかもその2万円はアイツの手元には残らないという。

アイツは話し終えると泣き疲れてホテルで熟睡してしまったので、家まで送り届けた。アイツのことだから夢だったと思うかもしれない、念のために母親にまた会おうという伝言を頼んでおいた。これで、あの母親も今回のことで娘に当たることはないだろう。

「私は苛められるために必要とされる人間なんです」とアイツは話の中で言っていた。

そんなことのために必要とされる人間なんて居ていいはずがない。
きっと、愛されないという現状の中で自分の必要性を探した結果なのだろう。

俺がアイツに、名前に、優しくしてやりたい。人を信用させてやりたい、愛するということを教えてやりたい。

そう思うのは、たまたま出会った可哀想な女に同情しているからなのか、それとも俺さえも分からないような俺の心情を何故か理解できる名前のことが好きだからなのか。

自分でも分からない。


20151204


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