久々にグループでの仕事を終え、帰ろうとした私を呼び止めたのは准くんでごはんに誘われた。特に断る理由もないので二つ返事で了承する


「…あれ、車で来てたの」
准「うん?」
「いや、…呑むかと」
准「今日は、いいかなって。乗って」


いつも通り助手席をすすめられて、席に座るエンジンをかけ発進する准くんをぼーっとみる。ハンドルに迷いがないから、たぶん行く店は決まっているんだろう


「…さいきん、いそがしそう」
准「そう?…うん、楽しいよ」
「でも、ちょっと痩せた?」
准「そうかな。役作りもあるし…」
「ちゃんと食べてる?」
准「心配せんでええよ」
「、するよ、…するに決まってるじゃん」


だめだ冷静を装え。できるでしょう。演技の仕事なんていくらでもしてきたじゃない
なのになのにあの時の准くんの顔がちらつく
准くんを見れなくて、外に視線を向ける

知らない
あんな准くん、知らない

公開日に一人で訪れた映画館で生まれたこの感情を、私は持て余したままだ


准「…まりな?」
「、え?」
准「…もしかして、疲れてる?ごめん今日やめよっか?」
「え?」
准「だって、…なんか変。そういえば最近ずっと…」
「そんな、ことないよ」


キッ、とブレーキがかかる。信号は赤だった


准「嘘ついても分かる」
「っ、」

准くんの手が、私の顔にかかる横髪を撫でた。促されるように視線を向ければ、准くんはまっすぐ私を見ていた

あ、だめだ

頬に触れる指先が、まっすぐ射貫くような視線が、どくどくとなる心臓が、頭を真っ白にする。頭の中で警報機の危険信号音が鳴っているのが聞こえるのに
わかってる、だめだめ、だめ、この先に進んでは。そう、わかってるのに

准くんがふっと目を逸らして前を見た。再び発進する車の揺れを感じて、ぽすりと身体を沈める

警報機が、まだ鳴っている。ずっと鳴り続けてる
はじめて、この隣の人にときめいたときから、ずっと

でも分かる。今、この時が、今までで一番大きい音だ

私はたぶん間違えた。この車に乗ってはいけなかった。頭では、分かってるのに―――…


「……じゅんくん」


すきだ。すきだ。このひとが、どうしようもなく、すきなんだ


「おとがする」


心臓の音が血が逆流する音が警報機の音。ずっと、おとがする

突然准くんが車をよくわからないところに停めた


「、准くん?」
准「俺も、」


手が伸びてきて、私の頬に触れた


准「ずっと、音がしてる」


准くんの手のひらがあつい。じんわりと目が熱くなる。顔が、あつい


准「嫌なら、拒んで」


そんなのずるい。拒めるわけ、ない。拒まなきゃいけないのに…拒みたくない
映画と同じ目に私だけがうつる。准くんの唇が、そっと私の唇に触れた

ぽろりと、涙が零れる


「、っ」


准くんの手に自分の手を重ねる。目を見れば、少しだけ上がった口角。目から伝わる。その目が、私を好きだといってくれている
すぐに振ってきた二度目のキス。三度目は私から

准くんが私を抱き寄せる。警報機が、また大きな音をたてた


准「まりな」


大好きな声が私の名前を呼んだ。いつもより落ち着いていて、いつもより低くて、どこか熱っぽい
…まるではじめて呼ばれたみたい

今目の前にいるのは誰だろう。私の知ってる准くんは、照れ屋で、恥ずかしがり屋で、すぐ赤くなるなのに、いつもとは違う空気を纏う准くん。スクリーンの中の准くんと重なる


「、…抱いて」


勢いよく離れた准くんが、驚いた瞳で私を見た。自分が何を言ったかわかってるつもりだ。准くんは仲間で、メンバーで…決して好きになってはいけない人。でも、この一人で決して処理できない想いを、私はどうすればいいのか、分からないの
今夜だけでいい。私だけの准くんでいてほしい。准くんのものになりたい。准んが好き。好きで好きで好きで、もうどうすればいいのかわからない。准くんから感じた思いが、本物だと肌で感じたい


「おねがい」


声が震える。心臓が痛い


准「…後悔しない?」


真意を、確かめるような不安に揺れる目が私を見る。そんなの分からない。するかもしれない。でも今は考えたくない。今私は芸能人でもジャニーズでもV6でもなくて、ただの女の子で、ただの新城まりなでいたい

こんなの、ただのわがままだ

准くんを真っ直ぐ見つめ返して、頷いた。警報機の音はもう聞こえなかった