「はい、お水」
准「ありがと」


部屋に常備してあるペットボトルを渡せばそれを受け取った准くんは、蓋を開けて2口ほど飲んだ


「ねえ、これって右?右手?」
准「どこ?」
「長野くんと坂本くん逆なんだけど」
准「健くんは右」
「右手かな…こういうこと?」
准「こうじゃない?」
「あ、こうか」


映画をとりながらも映像みて振りを覚える、それが楽しいのはきっと准くんが一緒だから
でも、今日は少しだけ、2人の間を流れる空気が違うのは、きっと気のせいではなくて
この空気に気づかないふりをしていつも通りに振るまうことが少しわざとらしいことは分かってるのに、そうしなければならないのだ
今日は、自主練習にすればよかったなあと下唇を噛んだ


准「まりな?」
「…ん?」
准「疲れてる?もうやめる?」
「あー、そうかも、」
准「…」


頭の中で先ほどの映像を反芻させながら、ワンツーと手を動かす
うん、覚えてきた


准「…頼みがあります。一生の頼みです」


静かに、静かに響いた声色がそれが、准くんではないことを、容易に教えてくれた


「何でございますか」


准くんが浮かべてる表情は優しくて芯が通ってるのに、わたしは震えそうになるのを懸命に抑える
それは明日撮影のシーン

次の言葉を聞きたいような、でも聞いたらいけないような、二つの気持ちが入り交じって、ぐちゃぐちゃになる
姿は准くんなのに、その目が連想させるのは、算哲そのもの、のはずなのに


じっと見つめて、次の言葉を待つ
准くんが、口を開いた

ピリリリピリリリ

鳴り響いた着信音に、ふっと空気が軽くなったのを感じる


「、ごめん」


鳴り出したのは私の携帯で、サブディスプレイを確認すれば、健ちゃんの名前


「もしもし、健ちゃん?」
健『もしもしまりな?今平気?』
「ちょっと待って、」

准「健くん?」
「うん」
准「いいよ、今日は帰るね」
「ありがと、」
准「おやすみ」
「おやすみなさい」

持ってきていたものを手にし、立ち上がるのを確認して、ベッドに腰掛け耳に意識をもっていく


健『岡田?一緒なの?』
「振りみてたの。どうかした?」
健『いや、元気かなって』
「なにそれ〜」
健『あと今日の坂本くんが面白かったから』
「なになに?おしえ、て、」


あいていた手に、ぬくもり小さく目を見開らく。准くんの手が重なっていた


健『まりな?』
「っん?」
健『疲れてんの』
「大丈夫、なあに?坂本くんがどうしたの?」


意識を健ちゃんに集中させたいのに、左手に触れる准くんの手がそれを邪魔する
小さく睨めば、面白そうににやにやと笑ったまま私をみた

完全に、遊びモードだ

健ちゃんがはなしてる言葉は、右から左状態。ごめん健ちゃん


お、こ、る、よ、


口パクでそうえば、おもむろに私の手をもちあげ、そして


「なっ、」


ちゅ、と小さな音

こいつ…っ

かぁ、と赤くなったのが自分でもわかった。触れたところがあつい

私の反応に満足したのか、准くんは、一度だけきゅ、と力を込めると簡単にその手を離した


「っ〜〜〜〜!」
准「おやすみー」


そのまま、何事もなかったかのように出ていった准くん
私はといえば、健ちゃんどころではなくて


「…ごめん、やっぱり明日でもいいかな?」
健『おう、なんかごめんね?』
「ううん、ほんとごめん…」



わずかに残るのは、唇のあたたかさと、手のぬくもり。どうやら平常心でいられなかったのは私だけなのかもしれない

楽しそうに私を掴む准くんを恨めしく思いながら、携帯を閉じた