ポロン、とピアノがなる。指が自然とメロディーを奏でていく

自然と歌詞口ずさむ。みんなが歌えば、きっともっと素敵な曲になるんだろう。想像するだけでどきどきする

作曲しないか、と渡された詩を見た瞬間、あまりにも、あまりにも思い出すことがありすぎて思わず笑ってしまった
ばかみたいだ。あの日から、私はまったく変わってない
一度溢れた想いに再び蓋をすると決めたはずなのに。仲間でいると決めたはずなのに

歌詞ひとつでこんなに揺らいでしまうんだもん


准「あれ、曲まとまった?」
「わ、」
准「あ、ごめん」
「事務所来るの珍しいね?」
准「お互い様でしょ」
「話し合い、あったから寄ったの。気分転換に」
准「さっきの?」
「うん、あとちょっと」
准「…久々だよね、まりなが作曲」
「そうか、も」
准「…楽しみやなぁ」

鍵盤に触れていた准くんの手が私の手に重なって、その指を抱きしめた。息がとまる

准「もうちょっとここにおってもええ?」

邪魔しないから、そう言う准くんに小さく頷いた。この距離感がいつでも緊張してしまうのに、どこか心地いい気がしているのは、私が甘ったれだからだ
あの日の目が、気のせいじゃないと、思わせてくれるこの瞬間が、堪らなくうれしいと思ってしまうからだ


***


パート撮りが始まった。みんなにはそれぞれ好きな人を想像して歌ってほしいとお願いした
好きな人、居なくても居るって妄想して!と言ったら剛くんにどつかれたけど

ヘッドホンをつけ、健ちゃんの声に耳を傾ける
うん、いい声。やっぱり、想像以上だ

坂「まりな、この俺のソロのとこ、どんな感じがいい?」
「んー?」
坂「お前の意見聞かせてくれよ」
「そうだな、私のイメージだと、」
健「ちょっと坂本くん!まだ順番じゃないじゃん!今は俺のパート撮りなの!まりなに意見もらうのは俺なの!」
坂「いや、今歌詞確認してたじゃねーか」
健「いいから邪魔しないでよね!」
「はいはい、健ちゃんさっきのとこもう一回お願い」


***


いつもは私も聞く立場なのに…、曲に対する誠実な姿勢がみんなにあることがいつもよりずっとよく分かる
その姿勢は何も変わってないはずのに、私の立ち位置が変わるだけでこんなに見えるものがある

歌い終わった健くんが、私の顔色を窺った。それに笑顔でOKのサインを出せばとたんにドヤ顔。さっきの井ノ原くんもそうだったなぁ



准「まりな」

後ろで順番待ちしていた准くんが、私の名を呼んだ
タイミングがいいのか悪いのかメンバーは誰もいない

「なーに?」
准「俺も、みんなと同じでいいの?」
「え?」
准「好きな人、想いながら歌っていいの?」
「…うん、お願い」

行ってらっしゃい!と背中を叩く。少しだけ緊張した空気がほぐれた、ような気がする
たぶん緊張してるんだ。私も、准くんも


誰を、想いながら歌うの。なんて、頭を掠めた疑問を口にすることなんてできるわけもなく


スタジオの中で、歌詞を確認する准くん。スタッフの合図に合わせて音楽が流れる
准くんが、私を見た。今まで、何度だってあった。あの日を、連想させる目で
准くんが、じっと私を見ていた。鏡越しに、目が合う
耳元に届く声が優しく、語り掛けるようで

私に向けられたものだと、思いたくなる


ずっと、ずっと思ってる
たとえ准くんにとってはそうでなくても、私にとってはこの恋は一生で最後の恋だって



准「まりな〜?」
「えっ、ハイ!、ごめんなに?!」
准「今のとこ、もう一回いい?」
「うん?准くんが納得いかないんなら」
准「じゃ、お願い」

おねがいします、とスタッフに声をかければ再びメロディーが流れる
さっきと同じだ。准くんがまっすぐ私を見つめる。さっきよりも熱っぽい視線に、居づらくなって顔を背けたいのに、准くんはそれを許してくれない


ほら、やっぱり
どうしようもなく、愛おしい気持ちが溢れそうになる。だって、届く。分かっちゃう。気のせいなんかじゃない

准くんの声が、目が、視線が、教えてくれる
確かな言葉なんてないのに、それでも伝わってきちゃう


***


准「お疲れ」
「え、」

スタッフさんたちと今日のレコーディングしたものを確認して、帰路につこうとした私にかけられた声
だって、終了してからかなり時間はたってる

准「今日、もう終わり?」
「うん」
准「じゃあ、送る」
「え、でも」
准「代わってもらった」

マネージャーが居ないと思ったら、どうやら准くんに嵌められたらしい
耳に届く准くんの声が、さっき聞いた歌声と被った。あのまっすぐな目を思い出して心臓がどきどきする

「…だめ」
准「え」
「今日はだめ」
准「…どうしても?」
「どうしても」

こんな日は、一緒にいるべきじゃないって。それが無駄な抵抗だとわかってるのに

准「ふーん…?」
「…だめだって」
准「じゃあどうやって帰るの?」
「……タクシー」
准「俺が、じゃあまたねって帰ると思う?」
「…思わない」
准「はい、観念して帰るよ」
「…はーい」

にこにこしてる准くんは、たぶん私が断れないことを知ってる
大人しく助手席に座り、准くんの運転に身を任せる

准「どーだった?」
「え?」
准「レコーディング。確認してきたんでしょ?」
「んふふ、最高だったよ」
准「うわ、ずるいなぁ。俺も聞きたい」
「私もはやく完成したの聞きたいよ〜」

准「そういえば、ドラマ、どんな感じ?」
「うーん、今は体作り中かな。空手やってるよ」
准「え、あれ本気だったの?!」
「あたりまえじゃん」

話題が代わり、空気も変わる。意識しすぎた私が悪い。心地良い空気に緊張がほぐれていく。心の中で准くんに謝った

「あ、ここでいいよ」

家の近くで人通りが少ない場所に差し掛かったところで准くんに声をかける

准「でも、もうちょっと近くまで行くよ?」
「大丈夫。ほら人いないし。それにまだ明るいでしょ」
准「…ん」
「ありがとね」

准「まりな」
「ん?」

准「俺にとって、これが一生で最後の恋だよ」


「…は、」

扉を開け、降りようとした私の手が止まる。今、准くんは何と言った?

准「まりなもでしょ」

「…どうだろうね?」

准くんの言葉を聞く前に、車を降りようと再び背を向ける。その腕を准くんが引いた


「抱きしめたら、だめだよ」
准「抱きしめないよ」

「…離して?」
准「やーだ」
「…准くん」
准「まりなが振りほどけばいいでしょ」
「…やだ」

腕をつかむ准くんの手が、簡単に振りほどけるくらい優しいことは気付いてる、気付いてるけど

准「それ、離したくなくなるから」
「困るね?」

私がからかうように笑えば、准くんも同じように笑った

准くんが、手を滑らせて私の手を握る。指を絡める准くんに、応えるように私も力を込めた


ああ、だめだ。許されない、はずなのに
この距離を甘んじて受け入れてしまっている私は、やっぱり甘ったれだ