なに、ショック受けてるの
たいしたことじゃない
メールの返信をもらえなかったことくらい
そんなことわかってるのに、ショックを受けた自分にショックを受けた

割り切ってると思ってた
准くんに忘れてくれと言ったのは私の方なのに
一体何度目だっていうんだろう
私は、いつになったら、ちゃんとこの気持ちを大切にできるんだろう
ただ想うだけでいいと、いつになったら思えるんだろう

あんな失敗は、もう二度としないと決めたのに
どこかで准くんを求めてしまっていることを、私はいつも、思い知らされる


***


准くんの誕生日会と称した7人だけの打ち上げは、翌日仕事だというメンバーを気遣って早々に終了した
メンバーでいるときあまり話さない准くんも、心なしか楽しそうで、…やっぱり、誕生日は特別なのかもしれない
そんな准くんを見ていると、やっぱりメールの返信なんてどうでもよかったんだ。と思う

用意したプレゼントは、渡せず仕舞いだったけど

今日は准くんにカメラついてたし、話しかけるタイミングを逃したのが正直なところ。ステージでサプライズするってなってたし…


坂「まりな〜、タクシー来たぞ」
「は〜い」


いつも、私がちゃんとタクシーに乗るのを確認しないと気が済まない坂本くんが、何故か今日は一緒にタクシーに乗った。坂本くんだって疲れてるはずで、酔っぱらってるはずなのに


「坂本くんさぁ」
坂「ん?」
「明日も稽古じゃん」
坂「だな」
「なんで一緒に乗ったの?」
坂「ついで。いいだろ〜別に」
「いいけど…」


何か話があるのかと思ったが、そういうわけでもないらしく楽屋にいるみたいに、意味のない会話をぽつぽつ交わす


「次会うのは舞台行くときかなぁ」
坂「結構開くな」
「ツアー中だとずっと会ってるもんね」
坂「健と来るんだっけ」
「一応そのつもり。仕事ないと思うし」
坂「ほんっと…仲いいな」
「ふつうでしょ?」
坂「変わんねぇな〜」
「健ちゃんと居るとさぁ、ずっと子供みたいだよね」
坂「あいつ自身がガキなんだよ(笑)」
「私まで若くなるよ」
坂「まだ若いだろ(笑)」
「んふふ」


酔っ払い坂本くんは、ご機嫌らしく、終始笑いが絶えなくてその雰囲気に呑まれて、私まで笑顔になる

…落ち着く

例えばタクシーから降りるときの優しい視線だとか
振り返るとしっかり送り出してくれるところだとか
おやすみ、の優しい声だとか
私がエントランスを抜けるまで発車しないタクシーだとか
そういうひとつひとつに、守られてるなぁって感じがする
まるで、いつまでも子供のように

きっと坂本くんにも、…他のみんなにも
今日私が何かにショックを受けてたことに少なからず気づいていて、だから余計こんな風に心配をかけてしまってるんだという自覚はある
でもきっとみんなは、私がこんな自分勝手なことで傷ついてるなんてきっと思わないだろうなぁ

コンサートの高揚感が抜けた身体の中を占めるのは、やり切った満足感とそれからあのどうしようもない感情
私だって、もっと成長しなくちゃいけないのに
坂本くんのおかげで、いつも虚しくて仕方のない帰りのタクシーがとても楽しいものだったことに気づき、健ちゃんよりよっぽど自分の方が子どもだよなぁと思う

プレゼントが入ったままの大きな鞄を投げるように部屋の隅に置く
同じメンバーとしてなら、どんなことでもできるのに
新城まりなという一人の人間は、すぐに怖気づいて何もできない
あんなに悩んだ、プレゼントを渡すことさえできない

ヴーヴー、という僅かな振動音に反応して鞄に手をかける。携帯かな


「…え」


なんで?
サブディスプレイに表示された文字を二回読み直した。間違いなく准くんだ


「…もしもし?」
准『まりな?』
「…准くん?」
准『ん。もう着いた?』
「さっき。准くんは?」
准『俺も着いた。坂本くんは?』
「そのまま私降ろして帰ってったよ」
准『そっか』
「うん」
准『…まりな』
「うん?」
准『メール、ありがと』
「届いてた?(笑)」
准『届いてたよ。…一番に』
「んふふ」
准『ごめん。昨日、返せなくて』
「…返す気、あった?」
准『あったよ!』
「そっかぁ」


返す気、あったんだ
それだけで、嬉しい。ほら、単純


「私も、ごめん」
准『何が?』
「実は、今日持ってた。プレゼント」
准『ええっ?』
「渡しそびれた」
准『…渡しそびれる?普通』
「そーびーれーるのー」
准『ふうん?』
「次会ったときに渡すね」
准『楽しみにしとく』
「んふふ。楽しみにしといて」


耳もとで聞こえる准くんの声に、少しずつ心がおだやかになっていく、気がする


「びっくりした?今日。ケーキすごかったでしょ?」
准『あのケーキはすごかったね…』
「誕生日当日なんて最初で最後かもしれないよ」
准『まりなはまだないもんね』
「いつかやってみたいな〜。その時は准くん、ろうそく着てくれる?」
准『それは長野くんの仕事でしょ』
「いやいや、坂本くんにとっての長野くんは、私にとっての准くんでしょ」
准『え〜…』
「そしたら感動して泣いちゃうかもね。准くんみたいに」
准『待って。俺泣いてないよ?(笑)』
「泣きそうだったじゃん。手紙(笑)」
准『あれは…ずるくない?ほんと焦ったんだけど!』
「私が書くっていう案もあった」
准『…それは、怖い(笑)』
「泣く?」
准『泣かないけど』
「うそだぁ。泣かす自信あるよ」
准『無理だって』


あ、今たぶん、すごい笑ってる。声でわかる
ご機嫌なのかなぁ。酔ってる?帰り際の准くんを思い出そうと思ったけど、よくわからない

あれ…もしかして酔ってるのは私の方?解散してからどのくらい経った?っていうか


「准くん明日撮影何時からだっけ?ごめん、電話してもらっちゃって」
准『まだいいでしょ…』
「…え?」


おやすみ、その言葉が准くんの言葉によってかき消される


准『もうちょっと。もうちょっと話したい』


その言葉が、セーフか、アウトか


「…そうだね」


お誕生日だもんね。そんな甘えたセリフを心の中で呟いた