今も臨終の時も
※夢主の自死描写が含まれます
舞い上がっていた私がバカだ。滑稽だ。愚かだ。勘違いも甚だしい。今すぐ消えたい……。だからどういう足取りで家に帰ったかよく覚えていない。気がつけば家にいた。いつの間にか着替えて、意識が途切れていた。
次に目を覚ましたのがベッドの上。夜通し泣いていたせいか頭が痛い。鏡を見たら目が真っ赤だ。今日がバイト休みでよかった。まあそんなことより、私にはやるべきことができた。終わらせるための準備だ。
顔を洗う。少しでも目の腫れが引くことを願って。着替える。せっかくだからもったいなくて袖を通せていなかった洋服を引っ張り出した。
財布をつかんで、外に出る。目についたお店に向かって、あれはありますか、これはありますかと店員に聞いていく。用途を聞かれたけど、うまく答えられなかった。でもちゃんと売ってくれた。
家に帰って、買ったものを早速眺める。練炭、七輪、それから火をつけるためのマッチに、着火剤も欠かせない。あとはガムテープ。空気が外に漏れないように。
まぶしいからカーテンを閉めた。窓もキッチリ閉めた。空気が外に逃げないように。
シュッ、とマッチを擦って着火剤に火を近づけた。練炭がぽうっと赤く光る。少しずつ、部屋が温まってきた。
それと連動して、次第に頭の奥が重くなってくる。痛みから逃れたくて、私はそっと目を閉じた。
こんな時に思い出すのは、なぜか楽しいことばかりだった。
「ただいま電話に出ることができません。ピーッという発信音の後に、メッセージを……」
通話終了ボタンを押す。いつも1コール鳴らせば電話に出ていたくせに。じらしてるつもりか? 姑息な手でオレの気を引いたつもりか? もう一度かけてみたけど、やっぱり出なかった。
ナマエにつながらないなら、あいつにかけるか。ナマエを連れてきた女なら、何か知ってるかもしれない。そいつに電話を掛けたら、2コール目で出た。
「もしもし蘭? どーしたの?」
「オマエが連れてきた女のことで話がある」
「連れて来た……ナマエちゃんのこと?」
「そ。あいつ電話に出ないんだけどなにしてんの」
「えーなにそれめずらしーね。あたしも知らない。てかあの子今日バイトなのにサボっててあたしも今日会ってないわ」
店長めっちゃキレててウケる、という言葉を聞きながら電話を切る。何があったか知らないが、いじけて家に閉じこもってんのか。なら力ずくで迎えに行ってやればいい。場所は知っているから、今から車を出して走らせればすぐだろう。
タクシー代わりに適当な奴を呼び出して、ナマエのアパートの住所を告げる。
信号待ちの間に、もう一度電話をかけた。出る気配はない。舌打ちして携帯を強めに閉じる。
「……ホント、手間かけさせやがって」
こんなめんどくさい性格の女だったのか。誘いは断らない、渡したものは身につける、御しやすい女だと思っていたのに。
なぜ無視できずに、家まで向かってるんだか。
アパートの前に車を停めさせ、オレはナマエが住んでいる部屋に向かう。ドアの前に立って三回ノックする。反応がない。もう一度強めにノックする。
「居留守でも使ってんのかなー。いるのはわかってんだよ、ナマエ」
ドアノブをガチャガチャ回そうと思ったら、すんなり開いた。鍵がかかっていない。
「おーい。鍵もかけずにふて寝とかいい度胸してんなぁ」
湧き上がる違和感を無視して、オレは家に上がり込んだ。しんと静まり返った室内に、足音と何かがはぜる様な音がこだまする。そう、例えるならちょうど焚火みたいな音――焚火?
突き当りのドア、曇りガラスの部分から赤い光源が見える。嫌な予感がして駆け寄り一気に扉を開けた。
熱を帯びた空気が顔にまとわりつく。焦げ臭さを吸い込んで、咳き込む。夜中だからということもあって。真っ暗だ。赤い光だけが、ぼうっと部屋を照らしている。
その隣で、何かが倒れている。視界が熱でゆがんでいるのか、形がうまく認識できない。暗闇に目が慣れて、ようやく理解が追いついた。
ぐにゃりと倒れていたのは、ナマエだった。
気づけば、外にいた。パトカーが何台か停まっていて、規制線が張り巡らされている。数分で警察が何十人もやってきてあわただしく出入りしているのをぼーっと見ていた。誰かに肩をつかまれて、何かを聞かれた。どう答えたか、数分前のことなのにはっきり思い出せない。
ブルーシートにくるまれた、人間だったものに目をやる。人が死ぬのをこの目で何度も見ている。だから慣れたつもりだった。
どうしてか、今回は違った。理由はわからない。わかりたくもない。
