ハーレム・サマーバケーション!_01
明日から、待ちに待った夏休みだ。終業式で「節度を守り、高校生らしく過ごすように」なんて耳にタコができるほど言われたけれど、ちょっと羽目を外してはしゃぐくらいは許してほしい。夏の熱気と解放感で浮き足立つクラスメイトたちの間をすり抜け、私はむせ返るような暑さが溜まった昇降口で、自分の下駄箱を開けた。
すると、自分の靴より先に、見慣れない茶封筒が目に入る。
「……ん? なにこれ」
持ち上げてみると、軽い。触ってみた感じ、カミソリや画鋲入りではなさそうだ。
首を傾げながらそっと封を開けると、中には一枚の無機質なメモ用紙が入っていた。
「ナマエへ
オマエが好きだ。
返事を聞きたい。
天竺のアジトで待ってる」
宛先を間違えて置いていったのかな、と一瞬現実逃避しかけた。けれど、バッチリ私の名前が書かれている以上、間違いなく私宛だ。
それより問題なのは、場所が天竺のアジトだということ。つまりこれ、天竺の誰かからってことだよね? 誰からだ? 全く心当たりがない。筆跡で特定できるかと思ったけど、そもそもあの人達が書いた文字をそんなによく見たことがないから、特定しようがなかった。
封筒を裏返してみても、差出人の名前は書かれていない。差出人を不明にすることで、私が気になってアジトに向かうと思ってるんだろう。よくわかってるじゃん。
ジリジリとアスファルトを焼く夏の陽射しと、やかましいセミの鳴き声が、バクバクと早鐘を打つ私の心音をさらに煽ってくる。
本当なら、今すぐ家に帰ってクーラーの効いた部屋でアイスでも食べたいところだ。
……でも、こんな爆弾みたいな手紙をもらって、無視して帰れるわけがない。
私は小さく息を吐き出すと、夏の陽射しに急かされるように、靴の踵を鳴らして天竺のアジトへと向かった。
家に帰るのは、手紙の主を突き止めてからでもいいよね、と自分に言い訳しながら。
アジトの重い扉を開けると、熱された空気が私の頬を撫でる。エアコンなんてしゃれたものがアジトにあるわけないので、当然なんだけどやっぱり慣れない。それより中が思ったより騒がしいのはどうしてだろう。そう思って視線を中央へ向けると、極悪の世代の面々がすでに勢揃いしていた。
告白の呼び出しだと思ってドキドキしていた私は、完全に拍子抜けしてしまった。
「おっ、来たなナマエ。今日も寄り道か?」
「まあ、寄り道みたいなもんかな……それより、みんなどっかでケンカしてきたの?」
鶴蝶に話しかけられてさらに近づくと、極悪の世代たちの様子が喧嘩帰りのそれであることに気づく。特攻服はよれてるし、ところどころ返り血っぽいシミもあった。
「伊勢佐木のあたりを拠点にしてた
ムーチョが横から口を出す。なるほど、三途くんが最近集会に出てなかったのはそのせいか。
「……じゃあ、あのやけに豪華な瓶は」
「オレらにボコられて震え上がった
私がイザナの前にあるテーブルを指さすと、獅音がやたらと誇らしげに語りだす。テーブルの上には、7本の瓶がきれいに並べられている。
船の丸窓を思わせる意匠が施されたそのガラス瓶の中では、ラピスラズリのような深い青色のオイルと、透明な液体が二層に分かれ、揺らすたびに生き物のように滑らかに混ざり合っていた。ラベルには黒い蓮の花が描かれているだけで、文字らしきものは書かれていない。ぱっと見、美術品のようなデザインだ。中に入っているのはなんだろう。
「ンな事よりもよぉ! 暑ぃから喉が死ぬほど乾いてカラッカラだ! 今コレ飲んじまおうぜ」
「いーねェ。オレもモッチーに賛成ー」
明らかに暑そうな顔のモッチーと、それに緩いノリで賛同する竜胆。
ガラス瓶の表面にはびっしりと水滴がついていて、見ているだけで喉が鳴るほど冷たくて美味しそうに見えた。喧嘩帰りで汗ばんでいる彼らにとっては、極上のオアシスに見えたのだろう。
「おい、待て。出どころの知れない代物だ。まずは適当な下っ端に毒見をさせろ」
そばで黙って見ていた稀咲くんが、そこではじめて口をはさむ。彼に視線を向けると、隣にはつまらなさそうな顔をした半間くんもいた。二人の特攻服はきれいなままなので、恐らく極悪の世代だけで
しかしそんなやんわりとした制止で「はいわかりました」ってなるとは考えづらいな、と私が思っていたら、案の定。
「いいじゃねえか、飲もうぜ。ちょうど7本ある、オレと鶴蝶、それからムーチョにモッチー、蘭と竜胆、獅音で丁度いい」
「さすが大将。いっただきー」
イザナのその言葉を皮切りに、蘭をはじめとした極悪の世代たちが次々と瓶をひったくる。
稀咲くんの言葉をガン無視して、彼らは次々と栓を開け、一気にその青い液体を飲み干してしまった。かなり強めの制止も聞き入れることなく。
次の瞬間。彼らの手から次々と瓶が滑り落ち、ごろりと地面に転がった。
「……え、ちょっと、大丈夫? 本当に毒とか入って……」
心配になって駆け寄ろうとした私の足は、ピタリと止まった。
アジトの空気が、急にねっとりとした重いものに変わった気がしたからだ。聞こえてくる彼らの呼吸が、先ほどまでの喧嘩の興奮とは違う、どこか熱に浮かされたような荒いものになっている。
ゆっくりと顔を上げた全員の視線が、一斉に私へと突き刺さった。
いつもと違う、どこか熱を帯びた、異様な瞳。獲物を見つけた肉食獣のようなその目に、思わず本能が警鐘を鳴らして一歩後ずさる。
「……なぁ。オマエ、こんなに可愛かったっけ?」
ポツリと、竜胆が顔を赤くして呟く。蘭は口元を歪めながら、ふらふらと私の方へ歩み寄ってきた。
「あ? なにふざけたこと言ってんだ竜胆。あいつは昔からずっとかわいいだろーが」
獅音が竜胆を睨む。普段冷静なムーチョでさえ、荒い息を吐きながら私から目を逸らそうとしない。モッチーに至っては、私を見るたびにさっと目をそらしている。
「ちょっと待って、みんなどうしたの」
「待たねぇ。おい、ナマエ。オレの女になれよ」
「なになにほんとに何!? ねえ鶴蝶イザナ止めて!」
イザナが、有無を言わせぬ独占欲を孕んだ瞳で私を真っ直ぐに見据える。私は鶴蝶に助けを求めたが、彼は彼で顔を真っ赤にして口元を覆っている。
「……イザナ。悪いけど、ナマエは、オマエにやれない」
「へえ……奴隷が王に逆らう気か?」
そこからはもう、大パニックだった。
口々に愛の言葉を囁きながら迫ってくる彼ら。どうやらあの巻き上げた戦利品は、超強力な惚れ薬だったみたいだ……!
――あれ。じゃあ、私を呼び出した手紙の主は誰なの。これじゃわからずじまいじゃん!
カオスな状況の中で、私は天を仰いだ。隣では稀咲くんが頭を抱え、半間くんが面白そうに笑っている。いや笑い事じゃないんだが。
どうやら私の夏休みは、平和に終わってくれなさそうだ。
