「おや、お目覚めかな」

――――――誰?

意識が浮上する前にそう声が掛けられる。知らない声。聞き覚えは…あるような気がするが、其れでも知らない声だ。
私の視界は真っ暗で、声を出そうとしても喉元に何かが突っ込まれていて碌に声も出せない。
ならば腕、と考えて腕は何かにぐるぐる巻きでガッッチガチに固定されて後ろ手に拘束されているようだった。全く動かせない。

「気分はどう?身体の痛みは治まったでしょ。まあまだ熱は高いけどさ」

――――――気分はどう、と言われても。何が何だか。

「はは、だよねえ。たかが『寝起き』の、それも手負いの結界師に対して施すような拘束ではないんだけどね。まあうちの老人共は臆病でね、平常時は君のあらゆる術式を行使する術を封じておきたいらしい。馬鹿だよね」

一体何の話なのか九割方わからない。そもそも私は一言も言葉を発していないのに、相手は私の言いたい事を手に取るように理解して、会話が成り立っているのが意味が分からない。傍から見たらこの人が一人で喋ってるんだろうけど。
いつもの私ならこの軽薄な喋り口を不審に思うのだろうけど、何故か今はそれも感じなかった。それよりもずっと不信で恐ろしいものを見たからだろうか。あれが夢だと信じたい。
はるちゃんもトモちゃんも生きている。先生も。何事もなく生きていて、いなくなった私を、探している。そう信じていたい。

――――――ここはどこですか。貴方は誰なんですか。

「五条悟。呪術高専で一年を担任していてね。一度会った事がある筈だよ、君の住んでいた集落で、あの診療所で僕は君を助けた。そしてここは高専内の地下牢だ」

ああ。あの人、目隠しをした男の人。五条、五条悟。呪術高専…高専?学校?聞いた事がない。
そもそも呪術なんて眉唾物だけれど、其れなら私が見たあの化け物こそが眉唾だ。私の幻覚であるなら、私だけがおかしいと説明がつく。
でも彼は、助けたと言った。私を助けたと。

―――――先生は。トモちゃんは、はるちゃんは。村は。

「君が意識を失っている間に葬儀は済ませたよ。村は今の所被害は軽微だ。改めて調べたらとんでもない村だねあそこは、一定以上の呪力を持つ存在から認知されにくくなる――意識を逸らすとでもいうのかな。強力な幻術がかけられていた。道理であの村の呪霊被害が異常に少ない筈だよね」

彼の語り口の軽さも相俟って俄かには信じがたい話だ。呪いや呪力、幻術―――それでさえフィクションの中のものであるのに。
でも今の私の状況の意味の分からなさを考えても全て頭ごなしに否定が出来ない。信じる事は出来ないけれど否定も出来ない。
これが新手の宗教勧誘だとしたら相当のやり手に違いない。
五条さんはクスクスと笑っているようだ。声が聞こえる。私の考えとか読めてたら怖いな。

―――――私は、どうなるんですか。

「良くて秘匿死刑、普通で廃人、最悪洗脳…といったところかな。また絶妙に猶予のつけ辛い手打ちだけど、まあそこは安心してよ。今すぐじゃない」

―――――警察に引き渡されるんじゃないんですか。きっと呪いとかそんなの誰も信じてくれません。

「あの現場はちゃんとこっちで処理したし、彼らの死の直接的な原因は君ではなくあの呪霊だ。彼らが死んだことに関しては君は裁かれる事はないよ。でも呪術師ってのは末代まで染み付いた遺伝子レベルの臆病者なもんでね、君のご先祖がやらかしたツケを末裔の君に払ってもらいたくて仕方がないってわけ」

―――――ご先祖?

私の先祖。昔お母さんからぼんやりと聞いただけだけれど、私の家系はなんと遥々平安時代から続いているらしい。
嘗ては都で白拍子をしていたが、どういう理由か身を隠し、私の今住んでいる集落を築いたのだという。
私は平安時代から、ご先祖様から代々伝わる白拍子の舞をお母さんから受け継いだ。私は運動神経が致命的にないけれど、舞は血反吐を吐いてでも完璧に踊れるようにお母さんに叩き込まれた。今となっては教えてくれたお母さんの声の方がもう記憶から随分遠い。
一度も絶える事の無かった血脈。私のご先祖様が、平安時代に一体何をしたのだというんだろう。

「君の家系は最古の結界師の家系なんだよ。始祖といっていい。特に君の直系の先祖はその最高峰の結界師でねえ。その時代に考案された結界術の一部は今尚現代の呪術戦に置いて主力を保っている。そんなとっても凄い君のご先祖が何をしたのかというとね、有り体に言うととんでもない化け物の子を産んだのさ」

―――――化け物、って…この前の、あんな?

「あれなんかよりももっととんでもないものだよ。呪術全盛の時代、術師が総力を挙げて挑んで尚叶わなかった化け物共の王だ。それとの子を為したとされてはいるが肝心の『子』は行方知れず、君の先祖も雲隠れだ。そうして1000年経って、ある日突如、君は見つかった。あの集落で」

―――――あの化け物が急に現れたのと何か関係でもあるんですか。

「理解は早いね。君今すごい熱があるだろう?その前に身体に異変とかなかった?メッッッッチャクチャ死ぬほど痛かったとか」

―――――ありました。気が付いたら気を失ってて、そこをはるちゃんが、助けてくれて、…

「あれはね、とある事がきっかけで君の身体…いや、血かな。そこに刻まれている1000年もの間沈黙していた術式がこじ開けられたんだ。身体の情報がリアルタイムで書き換えられていたんだから死んでいてもおかしくないレベルの肉体負荷が掛かっていたんだよ。現に今メチャクチャしんどいでしょ?それ反動」

―――――術式って?

「まあそれはおいおい。呪術師の家系には大体ある相伝のものだとでも今は言っておこうかな。ま、君の術式が開いた影響で村を覆っていた術が突如消滅、呪霊共が雪崩れ込んで君は今ここで拘束される羽目になったわけだ。そして君のご先祖様のやらかしの尻拭いとして末裔である君は今、呪術界から死刑か肉体の明け渡しを要求されている」

―――――結局、私は死ぬという事ですか。

「そうだね」