「まあまた追い掛け回されるとは思ってなかったんですけれどもね」

エンジンシティからアーマーガアタクシーを利用してナックルシティに行った瞬間、真咲は再び女性とメディアの群れに追い掛け回される羽目となった。
幾らか規模は小さくなったが、その分しつこくなった気がする。
逃げ回っている内に大分ナックルシティの構造が分かってきた。路地裏、物陰、堀の隅などに息を潜めてやり過ごす。
変装しているのもだんだん意味がなくなって来た。もうカソックに戻ってもいいだろうか。

ここ数日の間に真咲のSNSのフォロワーが爆発的に増えた。理由は簡単だ、垢バレしたのだ。
とはいってもまだ核心的なものはないため、恐らくフォロワー達は憶測であのアカウントをフォローしているのだろう。大当たりなのだから手に負えない。
やはり自分はSNSには向いていない。

「ッはあ、ああもう、流石に疲れますね!」
『連日走ってるからなあ。あ、その路地左だぜ』
「どうも!しかし、流石に貴方に毎回助けてもらうのも後が怖いですね。空を飛べる子が一匹でもいたら違うんでしょうけど」
『それこそワイルドエリアで捕まえてこりゃいいだろ』
「私トレーナーじゃないので…ボールで捕まえるのはなんとなく気が引けるというか…」

ボールから聞こえるゾロアークの声に相槌を打ちつつ指示に従い路地を左に抜ける。
流石に疲労が溜まってきて足がもつれそうになるのを何とか踏ん張る。なんでこんなことになってるんだろうなあ、とあまりにも最もなことを遠い思考で考えていた、その時だ。

「あっ居たぞ!!」
「!」

こちらを指さす男性が数人。その中の一人がカメラを向けている、メディアだ。
後ろからも足音がする。

(囲まれた)

どうする。またゾロアークに助けて貰って、でもどこに逃げればいい。
またワイルドエリアに逃げ込むか。結局自分は街に留まることは出来ないのか。
ああ、疲れた。
もう諦めて足を止めそうになった時だった。真咲のボールラックから赤い光が弾けた。

《ッッグギャォォオオオオオオオッッッ!!!!!!》
「ひっ、ば、バンギラス!?」
「…、バンギラス、あなた」

耳の鼓膜を突き破らんばかりの咆哮を上げて真咲を守るように立ちはだかったのはバンギラスだ。
彼の瞳孔がきゅう、と絞られている。本気で彼は怒っている。
更にもう一度赤い光が弾けたと思ったら、次はオノノクスも飛び出して姿勢を低くし、彼らを威嚇し始めた。
彼らが本気で怒って、本気で真咲を守ろうとしている。
だがここで乱闘騒ぎは避けたい。
どうする。

「マサキッ!!」
「!」

その時だ、頭上から聞いたことのある声と羽音が降り注いだ。
見上げればいつか見たアイスブルーの瞳を瞬かせ、あのフライゴンに跨ったキバナがこちらへ手を伸ばしている。
掴まれ、の意を確かに汲み取り、バンギラス達をボールに戻すと真咲はキバナの腕に掴まりフライゴンに飛び乗った。
本当によく鍛えられたフライゴンだ、大の男二人乗せてもなんともない。

「フライゴン、ナックルスタジアムまでな」
《キュウッ!》

良い返事をしたフライゴンはそのままナックルシティの中心部にあるナックルスタジアムまで真咲達を運んで行った。





ナックルスタジアムの迎賓室に連れてこられると、直ぐに入り口がジムトレーナーによって封鎖される。
肉体的なものもあるが主に精神的な疲れでマナー悪くもソファーに凭れ掛かってしまった。
キバナのフライゴンが「大丈夫?」と言いたげに擦り寄ってくる。可愛い。癒される。

「ありがとうございました、本当に何とお礼を申し上げたら良いか…」
「気にすんなって、寧ろ俺らは謝らないとだしな。遠い所からわざわざ旅行に来てくれてたのにマナーがなってなくて、本当にすまなかった」
「流石にメディアまでともなれば、個々の力では限度があります。寧ろ貴方にまた助けられてしまいましたね。…貴方もありがとうございます、フライゴン」
《キュゥウ〜〜…》

ジムトレーナーの一人に水を手渡され、飲み干す。そこで漸くひどく喉が渇いていた事に気付いた。

「バンギラスとオノノクスは大丈夫か。だいぶ怒っていたようだったが」
「ああ…いえ、寧ろよく抑えてくれました。彼らも街中だったからこそ威嚇で済ませてくれたのでしょう」
「それにあんたの影の中からゲンガーも顔を出してたぜ。バンギラス達よりはそっちをケアした方がいいかもな、シャドーボールを出しかけてた」
「えっ」

バッと己の影を見ると、ゲンガーが明後日の方向を向いていた。
何故誰も止めようとしなかったんです、と視線を向ければ言い訳するようにバンギラスとオノノクスのボールが揺れた。
いや、だがしかし真咲を守ろうとしたからこそああなったわけで、寧ろ根本は真咲が蒔いた種だ。
ゲンガーが若干しょんぼりした様子で「だめだった?」というような視線を向けてくる。

「………………………………人に、向けなければ、大丈夫です………」
「屈したな…」

怒れるわけがなかったのである。許されたゲンガーは嬉しそうに真咲の足にすり寄ってくるので真咲はメロメロだ。
表情が崩れないように腹と表情筋に必死に力を籠める。効果は抜群だ。

「にしても、傍から見てたがあのバンギラスとオノノクス、良く育ってるな。本当にジム巡りした事ないのか?あのゾロアークを見てても思ってた事だが、相当練度の高いポケモンと何度も戦ってないとあの育ち方は出来ないぜ」
「本当にないんですよ。一度とあるジムに行ってみた事がありましたがタイミングが悪くて。正式なポケモントレーナーともあまりバトルをした経験はありません」
「正式なポケモントレーナー、ねえ。ならどんな相手と?」
「なんでそこまで気にされるんです…」
「ン〜…俺もジムリーダーなんでね。強いポケモンはごまんと見て来た、トレーナーも然りだ。だがあんたのようなタイプのトレーナーは正直初めて見る。どんな手練れのブリーダーでもそこまで実践向けの鍛え方は余程バトル慣れしてなきゃできねえはずだ。それがどうも気になってな」
「………密猟者ですよ」

予想していなかったワードなのか、キバナが驚いたように目を見開いた。
足にすり寄るゲンガーを撫でながら、どこか遠い眼をしてしまっている気がするが、口に滑らせる。

「皆がそうではないですが、私が連れているポケモン達やシンオウに置いてきている子達の殆どがハンターによって親を殺された子や…身勝手な欲望でトレーナーから捨てられたり、偏見によって迫害されたポケモン達です。無論例外もいますが」
「……そんな奴らとばかり戦ってきたのか」
「ええ。皆理不尽に傷つき、痛みに泣き、飢えに苦しみ、寒さに震えていました。彼らは理不尽に対してあまりに無力でした。私はそんな彼らを放っておけませんでした。理不尽を撃退するには強くなるしかありません。だから私は彼らと知恵を絞ったのですよ」

ゾロアークも、バンギラスも、オノノクスも、アブソルも。
明確に人に苦しめられた記憶を持つ子達。今があるのは奇跡のようだが、それは総て彼らの努力で彼らが手に入れたものだ。

「そりゃ、強いわけだな」
「易い道ではないですけれどね。………それにしてもこのフライゴン人懐こいですね…?」
「アー…」

先程からフライゴンが真咲の後ろを行ったり来たり、たまに擦り寄ったり髪の毛を弄ったりサングラスを持って行ったり返却したり。
要は構って、構って、とアピールしているのである。
とてつもなく可愛いので全く気にしないのだが、随分懐かれたものだ。

「普段は寧ろ進んで人に寄っていったりはしないんだけどな。珍しい事もあるもんだ」
「そうなんですか?その割には、あ〜ちょっと降ろしてもらっても、フライゴン…」
《キュゥ〜》

遂に抱え込まれて宙づりになり、キバナの前に差し出されてしまった。
どうぞご主人とでも言いたげである。供物か何かだろうか。
その時だ。バン!と音を立てて迎賓室の扉が開かれた。

「キバナさん!マサキさんを………えっと?」
「キバナ、マサキが………ん?」
「おやユウリさん、ダンデさん。こんにちは」
「こ、こんにち…は……?えっと…?この状況は…?」

真咲を心配してきたのだろう、新旧チャンピオンについにキバナは頭を抱えた。

「フライゴン、ちとマサキを降ろしてやってくれ…」
《キュ》
「ハハハ、キバナのフライゴンに懐かれたのか!すごいな!」



.