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義勇に、『痣』が出た。
痣の概要は耳に入れたが、最後まで話を聞いたかどうかはわからない。呼び止める声も聞かず、足が動くままにあの子の姿を探した。
産屋敷を飛び出し、蝶屋敷を探し回り、そこにもいないとなれば。
気が付いたら俺は義勇の屋敷へと帰ってきていた。
(義勇、義勇、義勇…!)
俺らしくもない、足取りは縺れて息を切らして。柱がなんて様だと宇髄に呆れられそうだなんて声も過ぎる余裕もなくて。
屋敷の中を走り回っていると流石に異質な気配を感じ取ったのか、部屋の奥から足音が近づいて来る。
馴染みのある足音。
「無垢、なんだ騒がし―――」
片割れの姿を認識した瞬間、俺の身体は弾かれたように動き出す。
突然飛び込んできた俺に流石の義勇も困惑を隠せないようで「おい、」「無垢?」「どうした」と途切れ途切れの声が振ってきて、ぷつりと止まった。
俺の身体が震えていたからだ。義勇は、途端に目を伏せてしまった。
どうして俺が震えているのか、その理由を理解したのだろう。いつだって気丈に振舞うようにした、人と接すること世を渡ることを苦手とする義勇の分まで。そんな俺が平静を失って弟にしがみ付いている。
「…………お前が苦しむ必要はない、無垢」
「義勇、…義勇………どうして……どうして、どうして…」
「…鬼殺隊に入った時から覚悟はしていた。その刻が定まっただけの事だ」
「……っ」
――――『痣』が浮き出た者は、例外なく、25歳になるまでに死ぬ。例外なく、だ。
ずっと一緒だった。共に産まれ共に生きた。苦楽を共にした。だが、ああ、あんまりだ。
最早肉親は義勇ただ一人。蔦子姉さんの分まで、戦いが終わったら義勇には幸せになってほしかった。
錆兎の件で笑顔を失ったこの子に、笑顔を取り戻せるくらいの、明るく暖かな未来を見てほしかった。
かわいい義勇。かわいいかわいい弟。大切な片割れ。俺の唯一。
「……ひどい面だ。初めて見たな」
「………そういうお前も、ひどい面だ。今する顔じゃない」
俺の顔を覗き込む義勇は、薄ら微笑んでいた。俺が嘆く理由を分かっているはずなのに。
いつだって表情が薄くて俺じゃないと碌に感情も読み取れないくらいに表情を動かさないくせに。
「無垢が俺の為に泣いている。…それが嬉しい」
嬉々として痛いくらいに俺を抱きしめてくる。
俺は常に微笑みを絶やさなかった。余裕を崩すまいとした。誰かの死の淵だったとしても、逝く者が俺を現世の未練の一つにしないように。
それは義勇の前でも同じで、いつも人に好かれようとしない義勇と他者を繋ぎ止める為に笑みを絶やさなかった。
でも今の俺には、とてもじゃないがそんな余裕なんてない。
だって義勇が死んでしまうのだ。その瞬間は今ではない、だけれど!
「お前はいつからか、俺にも素を隠すようになった。俺は疎いが、お前の事くらいはわかる」
「義勇、」
「だが、やっとお前の心を視る事が叶った。それが、嬉しい」
「義勇!」
「ずっとお前の心に触れたかった」
――――いつの間にか届かないくらいに遠くへ行ってしまったお前に。
義勇はそう言う。違う、それは俺の方だ。俺はいつだって義勇の背中を追い掛けていた。
この子が独りになってしまわないように。この子が一瞬だけでも立ち止まって辺りを見渡した時、必ず俺が傍にいられるように。
ふと俺を見つけた時の心底安堵したようなこの子の顔を守りたくて、この子の陽だまりで在ろうとした。
この子は人一倍頑張って来たのだ。錆兎の分まで必死で、血反吐を吐きながら努力で柱までのし上がって。鬼殺隊に入って平和な終わりを迎えるなんて贅沢だって分かってる。でも。この子は、この子には生きていて欲しかった。
生きてくれと願いながら、俺はずっと刃を振るってきたのに。
「…『俺達は共に産まれた、ならば共に生きよう』と。俺達はあの日誓った」
「………?」
「俺はあの約束を違えるつもりはない。お前はどうだ」
今日の義勇はいつになく饒舌だ。ああ。あの約束を覚えている。
俺と義勇は双子だ。共に産まれた、ならば共に生きるのは定めだ。――――つまり。
そこまで思考して、息を呑んだ。義勇の青鈍色の瞳は変わらず真直ぐに俺を射抜く。
俺達は確かに誓った、共に生きると。つまり、片割れがこの世を去った時は―――――――
「……嗚呼。ああ。俺も、違える気はない………でも、」
痛い。義勇の抱きしめる腕の力が痛い。だが俺達は双子だ、気持ちは痛い程によく伝わる。
俺達の『死』は、別れじゃない。彼と共に歩む永遠の一歩にすぎない。でも、でも。
見せたいものもあった、幸福になって欲しかった。所帯を持ち、愛した女性と添い遂げてほしかった。子供を抱き微笑むお前が見たかった。誰よりも俺が見たかったんだ。
涙は止まったが感情が安定しない俺を見て何を思ったのか、義勇は俺の顎を持ち上げて俺を覗き込んできた。
「?義勇……」
「……どちらかがややでも産めたなら良かったか」
「は?」
何を言っている???としみったれた空気なんぞ吹き飛んでしまった。
いつも通りの言葉の足りなさだ、だが俺はそれ流石にフォローできねえぞ。