次回地獄のパーティ編と言ったな。あれは本当だ。
どうもこんにちはネモネです。
念願のダンデさんとのバトルも終え、あ〜〜疲れた…と草臥れていた私に『おいうち』をかけるが如くヒーローインタビュータイムだ。そもそも勝ってもないのにヒーローインタビューとは??
勝者のいない試合という異例の結果だったが、あのダンデさんと引き分けた、というのはそれほど衝撃だったのだろうか。今の所公式戦でダンデさんに勝ったのってユウリちゃんだけだもんね。
…ユウリちゃん、マジですごいな…??????師事するべきでは???
待って話題逸れたな。えっと、ガラルのメディアなんだがな、圧が!!すごい!!!!
質問も無難なものに交じってド際どいものもサラっと混ぜ込んでくる。ダンデさんとかキバナさん毎回こんなん受けてるの?良く心荒まないね??
バッサリ切り落とされた私の髪についても結構頻繁に話をお伺いされるんだけど別に皆が欲しがるような答えはないんだよなあ。
う〜〜ん質問が途切れる気配がない!抜け出せない!どうしよ…うーん…
色々理由をつけて抜け出そうとするたびメディアの群れに押し戻される。
いやあの、マジで帰して!!雨に晒され砂嵐に晒され今の私は泥まみれなんです!!!分かる!?寒いの!!!
多分スマホロトムにも鬼通知来てるだろうしシャワー浴びたいし着替えたいし化粧も直したい!!
「あの、次の予定がありますのでこの辺で…」
「ネモネさん!ガラル中央テレビです、お話宜しいですか!?」
良くねえっつってんだろ〜〜!!!話聞いて〜〜〜〜〜!!!
話聞かねえ!なんだ!?ガラルメディアは特性:ぼうおんか!?
内心キレているとモンボ達がガタガタ揺れ始めた。おい待て此処で暴れる気か?それは絶対やめろ!
その時だった。
「ネモネくん!まだここにいたのか!」
だ、だ、だ、ダンデさん〜〜〜〜!!!!!救世主が来た〜〜〜!!!!!
早速囲まれているが何のその、ずんずんこちらに来る。た、タフネス…!
「ダンデさん、貴方にもぜひお話を…」
「すまない、後にしてくれないか?先程から彼女が何度も言っているようにこれからの予定が入っているし、何より彼女はずっと身体が濡れたままだ。唇が紫色になっているのが見えないか?」
ダンデさんはそれだけでメディアを黙らせると、私をふわふわのバスタオルで包んで連れて行ってくれた。
つよい…流石10年ガラルチャンプを務めた男…メディアを黙らせるほどの圧力をかける事が出来る……
メディアが来れない場所まで来ると、ダンデさんは徐にバスタオルで私の頭をわしゃわしゃしはじめた。
「ぎゃーーっ!!抜ける抜ける!」
「すっかり冷えてしまっているな!ほら、ソニア達から着替えを預かっているからシャワーを浴びてくるといい!」
「ソ、ソニアネキ…!」
ソニアちゃん最高!!結婚してくれ!!
有難くダンデさんから着替えを受け取るとシャワー室に押し込まれた。
うーん、気遣われたかな。結構メディアに心無い事言われたりもしたしね。
明け透けな好奇に晒されるというのは、結構きつい。私は慣れてるからいいんだけどね。
「いやーあったまりました」
「あったまったな!」
私がすっかりホカホカになって戻ってきた頃にはダンデさんもシャワーを浴びてきたのか、ホカホカ状態でスポドリを飲んでいた。
ダンデさんも血色が良くなったな、えがったえがった。
でもなんか、髪のボリュームがいつもより数割大人しい、ような……
「…ダンデさん髪乾かしました??」
「え?いや、してないが」
「馬鹿ですか?風邪引きますしごわつきますよ!ウルガモス来て、ダンデさんに『ねっぷう』!」
『ぷひぃ!!!!』
「ぶっっ、熱いぞ、待て!もう少し威力を弱めてくれ!」
合点承知之助とばかりにダンデさんに勢いよく『ねっぷう』を浴びせるウルガモスちゃん、しごはや。
いやそれだいぶ加減してるんだわ。この子のとくこうが高すぎるせいで……すまんな……
しかし「無理を言うな」と不満げな顔をしながらもちゃんと威力を抑えるウルガモスちゃん、出来る子である。かわいい。
数分もせずに乾いたお陰でダンデさんの髪はいつものふわふわに戻った。良かった…ソニアちゃんにシャンプーされてしおしおになってるワンパチ思い出しちゃって悲しくなりそうだった……
「はい乾きましたよ!もう、ダンデさんしょっちゅう人前に出るんだから髪くらいは整え、」
整えないと、と続けようとして、最後まで言えなかった。
ダンデさんの手が、私の髪に触れたからだ。いつもは結っている、一房だけ長かった場所。今はすっかり短くなってしまったがこれはこれで気に入ってるんだけどな。
すごく、すごく申し訳なさそうな…顔を…いやほんと気にしなくていいんだよォ…!!
「…本当に気にしないでくださいってば。怪我もないですし、ダンデさんのせいでもドサイドンのせいでもないですよ」
「だが、君がいつも髪を綺麗にしていたのも知っている。…謝らなければ気が済まない」
確かに、いつも綺麗には、してたけど。
シャンプーやトリートメントだって髪質に合ったものにしてたし、乾かす時だって向きを考えて、9割乾いたら冷風を当てて艶が出るようにしていた。
綺麗になるようには、努力はしてたけど。…改めて言われると、なんというか、ええと、恥ずかしいな!?
でも私がもしダンデさん側だったら多分死にたくなるな…相手の髪を自分が指示した技のせいで切っちゃったら…
「…うーん、じゃあ、前の髪型より今の髪型が似合ってるって言ってください」
「え?……前より、今の方が、似合ってるぞ…?」
「ありがとうございます!嬉しいのでこれでチャラです!」
「!?いやそれは流石に」
「嫌です〜これ以上の謝罪は受け付けません〜〜!」
満面の笑みでそう返してやるのだ。私はどんな髪型でも似合うネモネちゃんだからな!
これ以上は受け付けんと強硬姿勢を貫いていると、あんまり納得してなさげだったけど何とか飲みこんでくれた様子だった。
「本当に君は大物だとつくづく思うな」
「えっ私大物だと思われてたんですか???」
「ああ、初めて会った時からな!」
その話はやめろ。何処で思ったのか一瞬で分かったわ。
あの日の命知らずな自分は本当に今でも埋まりたいレベルの黒歴史だが、あれがなければ今私は此処にいないんだよなあ。
そもそもここまでダンデさんと関わる事もなかっただろうし。縁とは不思議なもんだ。
うーむ…と感慨深い気持ちになっていたところを、ダンデさんの「あ、」という声で思考が浮上する。
「こうしてはいられないな、準備に行かないと間に合わない。君も急いだほうがいいぜ」
「?準備?」
「バトルタワーを貸し切って打ち上げパーティをするんだ。スポンサーや一部メディアも来るからドレスコードはセミフォーマルで、と言っただろう?」
わ、わっっっっっっっっっすれてたわ!!!!!!!!!!!!
馬鹿!!!試合の事で頭いっぱいになってるんじゃねえ!!!!馬鹿!!!!そうじゃん!!!!!
そうやって聞いてたからドレスいるわよってルリナちゃん達から言われてたしドレスも持ってきてたじゃん!!
完全に忘れてた…一気に気が重くなってきた……周りガラルの人だらけなのに私だけ超アウェイ再び…
「君は今回素晴らしい活躍だったからな、きっと囲まれるぜ」
「急に気が重くなってきた…」
「ははは!俺もああいった華やかな席は苦手だ。適度に受け答えをして隙を見て抜け出せばいいさ」
それが出来たら苦労はしねえんだよ!!!私貴方みたいにタフネスじゃないの!!!!
あのメディアに押し込まれて二進も三進もいかなくなってた私を思い出して!!
ニコニコと笑っているダンデさんには大変申し訳ないがもう既に帰りたい気持ちでいっぱいであった。
ダンデさんのいるところってなんで毎度私にとって過度なプレッシャー溢れる場所なんだろうな。バトルタワーとか。つらい。
「しまった……」
私は再びやらかした。
ドレスはね、問題ないのよ。メイクも問題ない。完璧であるという自信がある。
しかもこのドレスね、私が一番最初にデザインして作ったガブリアスイメージのカクテルドレスなのだよ…!
このカラーリング!ヒレや腕の鎌をイメージしたギャザーやフレア!胸元や裾にふんだんに使われたエンプロイダリー!力作ですよ!これで誰でも立派なガブリアスになれる!
このドレスの為のメイクだってちゃんと作っておいたんだぜ!!!
ついでに言うとこのドレスが最も似合うスリーサイズは上から81、58、83だ。何が言いたいのかわかるな?私の現在のスリーサイズだ。
この!!ドレスが!!最も似合う女になる為に死ぬ気で!!私は!!!このサイズをキープしてきたんだよ!!!!!!
ガブリアスドレス何が何でもこのサイズで着れる女じゃないと認めないとか当時の私は最高に強火担だったんだよな。当時の私は気が狂ってるとしか思えない。
まあそのおかげで今こうして私は最高の形でドレスを着れているので感無量だ。
しかしここで私は最大の失敗をやらかす。
「……髪留めが、つけられん…だと………」
ワックスもスプレーもつけて準備万端って時に私の今の髪では結えないという悲しい事実だ。
いや、試合前の長さだったら計算範囲内だ。だが今の私の髪では無理があった。
ここで食い込んでくるか!!ストーンエッジ事件!!
しかし出来ないのであれば仕方がないので、代用案でなんとかしよう。デザイナーなんでね!!臨機応変に!!!
髪留めは一応ブローチにもなるやつなのでブローチとして使おう。
アネモネの花を象ったものなんだけど、なんとなくこのドレスにつけるには浮くなあ……失敗した……
せめてゴールドとかなら完璧だったんだけどなあ。まあ無理なら仕方ない。諦めよう。
「ヒョワァルリナちゃん…え…?傾国の美女か…??」
「あんな凄まじい試合をしてた子と同一人物とは思えない台詞ね…」
ルリナちゃんバチクソ美人過ぎて拝んだ。古い時代だったら生きた女神とか言われて拝まれてただろうから私は正しい。
え…?白のレースの長袖でターコイズブルーの…マーメイドドレス…???天才か?このチョイスした人に金一封贈るしかない……
セクシーなのにいやらしさはまったくない。寧ろ清楚さすら感じる。間違いなく天才である。
「貴方のそのドレスどうしたの?ガブリアスみたいね」
「ガブリアスドレスです………」
「まさかそれも自分でデザインしたの?やだ、すごいじゃない!ねえネモネ、私にもカジリガメドレスをデザインしてくれない?」
「エッルリナちゃんに!!?流石にそれはちゃんとしたとこでオーダーした方が良くない!?」
「あら、私の事を一番よく知ってるデザイナーは貴方だと思うけど?それにチャンピオンカルネは良くて私は駄目なの?」
「待って何で知って、カルネさんさてはポケスタにいらんこと投稿したな????」
「トリミアンドレス……(ボソッ)」
「喜んでおつくりさせていただきます………」
「いい値で買うわ!」
お買い上げ…ありがとうございます………(屈す)
やべえ…とんでもねえでかい仕事二つも抱えちまった…!!うっどうしてこんなことに!!
いやでも…うーん…ルリナちゃんがいつになく嬉しそうだしいっか……(思考放棄)
私達は先に会場に着いていたのだが、続々とスポンサーの人や要人、あとはそれぞれ着飾ったジムリーダーたちが入場して来る。
あっメロンさんが手を振ってる。ドワッッセクシーすぎるドレス…お似合いですゥ………
人が集まり切った頃にはかなりの広さがあった筈の会場は人でいっぱいだ。もうかえりたい。
ダンデさんが壇上に上がって乾杯の音頭を取るまではあっという間に過ぎていった。ダンデさんのスーツめっちゃ上等なやつだった。
乾杯が終われば各々が立ち歩いて食べ歩いて飲み歩く。立食式なんでね。
私?私は早々に目当てのご飯とお酒を取って壁際陣取って壁の花決め込んでますよ。場違い感スゲー!!
ルリナちゃんはスポンサーとお話があるからってどっかいっちゃったしね。さびしいんじゃあ…
あっこのザロクシャンパン美味しいな。私あんまお酒得意じゃないんだけどこれはすいすい飲めちゃうな。
そうやって壁際で一人ご飯を楽しんでいると、スーツ姿の男性数人が私の前までやって来た。え、誰?
「こんばんは、ネモネ様。私はキバナさんとスポンサー契約をさせていただいているガラル銀行の者です。委員長とのエキシビジョン拝見しました、本当に素晴らしかったです」
「あ、ありがとうございます」
これを皮切りにして、一斉に大勢が私の所に来て各々挨拶をしてくる。私がいちいち対応するような人間だとわかれば更に踏み込んでくる。
ひえええええやっぱり押しが強い!!直ぐに女優モードに切り替えにこやかに対応するけど限度があるわな!
メディアがジムリーダーズの所に集中してて助かった。ここでメディア対応までしろって言われたら死んでた。
パーティだからポケモン達連れてきてないの超心細い…!
まあスポンサーの人達の良い所は、メディアみたいに色んな所をつつき回さないところだ。メディアなら確実に踏み込んでくるであろう部分を、まあ俗にいうグレーゾーンって所を彼らは決して踏まない。
だからこそ中々に薄っぺらいやり取りばかりだったが、腹の内を読まれた後の事を考えずに済むのは気が楽だった。
一通り挨拶が終わって、もう完全に疲れ切ったので私は颯爽とバルコニーに避難した。
誰もいないので落ち着いて休めるな…と気を抜いていると、私の隣に誰かが来た。
ええ、次は誰……
「大人気だったな!」
「!あっダンデさん!挨拶回り終わったんですか?」
「一通りは。少し疲れたから腹ごしらえしようと思ってな。…ネモネ君、君少し酔ってないか?」
「え?なんで?」
「顔が少し赤い」
えっそんなにいっぱいシャンパン飲んだつもりないけど!?
いや待って、おしゃべりしすぎて口乾くたびに一口ずつは口に含んでいたような…あっそこそこ飲んでるな?
ちょっと飲むの控えよう、んで代わりに食べよう。私もお腹すいた。
ダンデさんもいくつか取り分けて来ていたので一緒に食べた。このローストビーフあまりに美味しい…
一緒にもぐもぐしてると、ダンデさんがじっと私のドレスを見ている事に気付く。
「君の着ているドレスはもしかしてガブリアスをイメージしたのか?」
「あ、そうです!これを着たら皆ガブリアスになれる!というイメージです。ダンデさんはそのスーツめっちゃいいとこのやつじゃないですか?」
「あー、流石にこういう場では相応のスーツでないと怒られてしまうんだ。動きにくくて肩がこる」
あー、だよなあ。私もこういうフォーマルな場はどうしても動きにくい。
ハイヒールだって動き回る用のものじゃなくて足に映える事を重視したものだし。立ちっぱなしだと足が痛くて痛くて死ぬ。
ダンデさんのスーツもすごく上等なものだって分かるけど、やっぱり動きにくいよなあ。
じっと観察していると、一際目を引く胸元に輝くものに注目する。
「……?あれ、ダンデさんそのブローチ、綺麗ですね!タンポポ!」
「!ああ、これか?そうか、カントーではこれをタンポポと呼ぶんだったな。ガラルではこれはダンデライオンと呼ぶんだ」
「ダンデさんの花ですね!素敵ですよ、お似合いです」
臙脂色の上品な光沢のスーツの上に、細かな意匠が施されたタンポポのブローチ。ウーン、天才だな。
ゴールドで象られたそれは決して嫌味な輝きはなく、スーツの臙脂を際立たせるかのように控えめに、だが確かな存在感がある。
これ作った人めっちゃいい仕事してるなあ。そしてこれめっちゃ高いんだろうな…!!
「ブローチといえばネモネくん、首元のブローチが取れかけてるぜ」
「えっ!?アッホントだ…うーんやっぱりこの生地だとちょっとの衝撃でとれちゃうな…つけない方がいいかなあ…」
「ブローチの裏についているピンは?」
「あ、これ髪留めなんですよ。ブローチにも使えるって代物です。……あっ」
やっべ、言わんでもいい事を!!これ髪切れたから髪留めに使えなくなったって言ってるようなもんじゃん!!
ウッッッワ私嫌味な女になってしまう!!!!あかん!!あっほらダンデさんも意味に気付いちゃった顔してるじゃん…!!
「……重ねてほんとうにすまない…」
「いやっ本当にもういいんですってばぁ!2wayで使えるものだから!ね?」
何が「ね?」なんだろう…(自問自答)
やだ本当に私ダンデさんに謝って欲しいわけじゃないんだってばよぉ!!!ええ〜ん!!
しょんぼりしたワンパチみたいな顔されると私が罪悪感で死にそうになる…!!
「…ああ、そうだ。お詫びの代わり、にはならないかもしれないが。このブローチ、君がつけてくれ」
「エッ????」
このブローチって…その、ダンデさんがつけてる奴???WHY????
いやっまってそれドチャクソ高、言った傍からつけるな〜〜〜!!!あ〜〜〜〜!!!喉元にウン百万の輝きが!!!!
あのブローチがあったところに、代わりに私のブローチをつけた。えっ似合うな…?そのスーツの色に合うな?
待てそうじゃねえ!!!!そうじゃないのネモネ!!!!
等価交換のつもりなのかもしれないけど私のブローチと貴方のブローチでは価格格差が天と地ほどあるんですよ!!貴方にそんな安物つけさせられねえ!!!
「良かった、よく似合うぜ!」
「ありがとうございます、いやそうじゃなくて!!あのっ本当にそこまでしていただかなくても、」
「いや、詫びというのは、建前なんだ。俺が、君にそのブローチをつけてほしかっただけだ」
「え、」
「本当に、よく似合っている。綺麗だ」
ま、待って。
待って、待って待って…!
いや、お世辞、お世辞ですよね?そんな、万感の思いが籠ったように、溜息を吐くように言われると。
「ダ、ンデさん、酔ってます…?」
「いや、まだ一滴も飲んでないぜ。君こそだいぶ酔いが回ってないか?顔がカジッチュみたいに真っ赤だ」
だって、私があの控室で半ば無理矢理言わせたような「似合ってる」じゃなかった。
瞳の金色が、たんぽぽの色が、どろりと蕩けている。直視したらこちらまで浮かされそうな熱を孕んでいる。
どうしよう、壊れ物に触れるように優しくブローチが飾られた喉元を撫でる手の感触が熱くて、私が息を呑む時の喉の動きをなぞってくる。
な、なんで私今こんなにどぎまぎして?別にこの人のこの目を見たのは初めてじゃない。あの時はこんなに心臓がとんでもないことになってなかったはずだ。こんなに、今にも心臓が潰れて死んでしまいそうなくらいに重たくて熱い熱を感じなかったはずだ。
喉に触れる手が熱い。なんでこんなに熱いの。
「どうしたんですか、ダンデさん、なんだか変です」
「変?いつも通りだぜ」
「酔っ払いは皆そう言うんですぅ…!」
「はは、頑なだなぁ」
やだ、そんな風に笑わないで。駄々っ子を甘やかすような顔をされると私が逃げられなくなる。
金色の目をした怪物が、舌なめずりをしているのが見える。でも私は今、ポケモンを持っていない、所謂ただの女だ。
背中に冷たい感触がした。バルコニーの手すり?
気が付いたら私はダンデさんに手すりまで追いやられて、腕で仕切られ、完全に逃げ場をなくしていた。
ダンデさんの背後の会場の明かりが逆光で、ダンデさんの顔は薄暗いのに瞳だけが煌々と燃えている。縫い付けられたように私の足は動かない。
怖い。ダンデさんが怖い。怖いのに、私の足は何故か動こうとしない。どうして。
男の人へ抱く「怖い」って、逃げ出したいとか、目を合わせられないとか、そういうのじゃないの。私はこの恐怖を知らない。
「君が今の俺を酔っ払いと言うなら、俺は半年前から酔っ払いという事になるな」
「…半年前、」
「君が気付かなかっただけだ。だから、何度も忠告したんだぜ。それでもどんどん懐に入ってくるものだから、なかなか我慢も大変だった」
我慢、なんの、と聞きたいのに、彼の表情がその問いを喉の奥で堰き止める。
バトルの時の目と同じだ。腹が減って仕方がないと訴えかけてくる。トレーナーとしての私を見てたんだと思ってた、でも、今はどう考えたって違う。いやでも理解させられる。
この人は今私を、私自身を食おうとしているのだ。
私がその結論に漸く至るには致命的に遅くて、喉元にあったダンデさんの手が頬に、太い親指が目尻に添えられる。
覆い被さられる姿勢になってしまって、ダンデさんの髪がすだれのように私の視界を覆う。
目と目が合わさる。これ以上は、これ以上はまずいと本能が告げていた。戻れなくなると。
漸く動いてくれた腕が彼の胸を押したのに、岩のようにびくともしなかった。え、待って、全然動かない、なんで。
「ま、待って…っ」
不穏な動きをしていた頬の手がピタリ、と止まる。
それを言うのに何でこんな私肩で息してるんだ。息が止まっていたのか。
私のあまりに必死な様子が面白かったのか、息を抜くようにダンデさんが笑っていた。でも退いてくれない。
「いいぜ。心の準備が出来たらいつでも言ってくれ」
「こころのじゅんびってなに……」
「君は待てと言っただけだ。「良し」と言ってくれるまでは待つさ」
「そんなワンパチみたいな…!」
「どうしても嫌なら、俺を拒めばいい」
拒んでるじゃないですかあ!!!!!胸押してるでしょ…!びくともしてないんですう…!!
どれだけ力を込めてもびくともしない。素の力に違いがありすぎる。
「「嫌だ」と言ってくれ。そうしたら俺は、身を引こう」
「…え、」
「決して君に無理強いをしたいわけではないんだ。それでは、あの男と同じになってしまう」
金色の熱がそう言いながらも寂しそうな色を灯す。
欲しくて欲しくて、でもどうしても手に入れられないものを眺める子供のような目をしている。
そんな追い縋るような目をして、「嫌と言ってくれ」と言われて、私にどうしてほしいというのか。
この目を、寂しげに揺れる金色に、押し続けていた腕の力が緩む。手の行き場がない、どうしよう、私の手は縋るものを求めて目の前の臙脂色のスーツを握り締めた。
どうしたらいいのかわからない、私どうすればいいの。あまりに混乱してしまって涙がじわりと滲む。
ああいやだ、泣きたくない。また情けない顔見せたくない。泣き顔なんて可愛くない。
いや可愛くないってなんだよ、そんな場合じゃないでしょ。でも可愛くない顔を見せたくない。
(……私、ダンデさんに、)
―――――可愛いと思って欲しいのか?
…あ、まずい。自爆した。どうしよう私、どうしよう、顔がどんどん熱くなっていってるのが自分でもわかる。
本当に情けなくなって顔を逸らした。目からとうとうぼろぼろと涙があふれてくる。メイクが落ちちゃう。
こんな浅ましい私の頬に触れる手に力がこもる。触れるとか添える、というより、掴むに近くなった。少し痛い。
え、何。一瞬構えた私の目を、べろ、と熱い濡れた肉の塊が攫った。
え?
「…ファンデーションか?苦いな…」
「………ぇ、あ、なに、なにして、いま、」
「いや、すまない。…泣いてる君の目が、どうしても綺麗で、飴のようだと思ったらつい」
ついって何!?ひっ上唇舐めるのエッッロ、いやそうじゃなくて、駄目だ私もう混乱してわけわかんない事言ってる。
今アイシャドウとかアイライナーとかマスカラも一緒に舐めちゃったんじゃ、ちがうそうじゃない。
飴、あめ?人がこんなに混乱してんの誰の所為だと思って。誰の、アンタのせいだよ……!
思考がまとまらなくてぐるぐるしていた時だ。ハイヒールが床を叩く高い音がすぐ近くから聞こえた。
「あら?ダンデ、そこにいたのね」
「一抜けしてたのかよ。迷っちまったのかと思って無駄に探し回ったじゃねえか」
「……ルリナ、にキバナか」
「…………!」
ルリナちゃん、にキバナさん?え?嘘、この状況で?
でもダンデさんが二人に気が向かっている今しかない。
ダンデさんの腕を振り切って、脇目も振らず私はバルコニーから会場へ逃げ出し、そしてそのまま外へ走った。
後ろから「えっネモネ!?」なんてルリナちゃんの声が聞こえるけど今はとてもじゃないが答える余裕がない。
私の今の最優先は、あの腕の中から逃げ出す事だった。
「はぁっ、は、はぁ、はぁ……」
バトルタワーを抜け、シュートシティの町中まで走り抜けた所で足を止めた。
ハイヒールで走って死ぬほど足が痛い。靴擦れ出来てるなこれ。
肺が痛い。足も痛い。目元もついでに痛い。
涙は止まらない。それ以上に心臓が止まらない。助けて、鼓動が激しすぎて心臓が痛い。
油断したらあの熱に浮かされた表情を思い出してしまって顔が熱を持ってしまう。なんなんだこれ、なにこれ、たすけて。
「ぅうう〜〜〜〜………」
変な呻き声を上げてしゃがみ込んでしまった。こんなに自分の感情を制御できないなんて初めてだ。
悲しいわけじゃない、なのに涙が止まらなかった。
ダンデさんが、決して嫌いなわけじゃない。でも、怖かったのは確かで、それ以上にあの人をあの瞬間でなければ振り払えなかった私自身が一番怖くて。
あの寂しそうな瞳が、私まで泣きそうになるくらいに悲しくて。
私はどうしたいの。私をどうしたいの。わからない。今は私は何も分からなかった。
泣きながら私はポケットボックスを開いてガブちゃんを直ぐに引き出し、何も言わずにガブちゃんを呼び出すとその腕の中に飛びついた。
『ガブッ!?ガゥ、ウ』
「えぇええんガブちゃん、ぇええん…」
『ガ、ガブ………』
突然腕の中で泣き出した私に狼狽えていたガブちゃんだったけど、抱きしめてあやしてくれた。
ごめんね、わけわからんよね。ごめんね。
よしよし、と撫でてくれる手は慣れたもので、安心して更にギャン泣きしてしまった。
ガブちゃんはいつもなら私が泣きだすと気が立つんだけど、今日はそうでもなさそうだった。私が傷つけられて泣いている訳ではないと気付いているのかもしれない。頭のいい子だから。
『ガブ』
ぐず、と鼻を鳴らして、私は目を閉じた。ガブちゃんの腕の中は暖かかった。
安心するはずなのに、目を閉じると暗闇の向こうで彼の腕の中を思い出してしまってどうしても落ち着かなかった。
「ダァッハハハ、こいつ遂にやりやがった!逃げられてやんの!」
「こんな所でとかほんと信じられないわよ貴方、スポンサーもメディアもいるのよ?」
心底あきれた様子のルリナのド正論がダンデに突き刺さる。仰る通りすぎる。
今の光景がメディアに見られれば連日週刊誌大歓喜案件間違いなしだ。第一発見者となってくれた二人には感謝するべきである。
炎上常連組のキバナからしたら炎上とは無縁のライバルの初炎上が熱愛報道とはもうしばらく笑いのネタに出来るレベルである。
というのは冗談だ。バンバドロには蹴られたくはない。
「何だよさっきから口元忙しいな、ビンタでもされたか?」
「いや…ファンデーションが苦くてな。初めて知ったぜ」
「お前………どこを舐めた……?」
「目だな!」
「そりゃあ逃げられるわ馬鹿ダンデェ!!手順を飛ばし過ぎなんだよ!!!下手したらトラウマだかんな!!」
突然覆い被されて逃げ場を失いあの何もかも見透かすような怪物の目に射抜かれながら目を舐められるとか、どこまでも同情しかない。
接し方がポケモンのそれだ。危惧はしていたがここまできたかとキバナは天を仰いだ。
一方ダンデはあのカジッチュのように真っ赤にゆで上がった顔を思い出していた。
―――キバナのフライゴンが花を彼女にあげた時の反応を思い出して、少々物は違うが、彼女に花を渡してみたつもりだったのだがやはり彼女はああいったものに弱いらしい。
可愛そうなくらいに赤くなっていた。潤んだ目に突然強烈な喉の渇きを感じて、気がつけばその赫灼の瞳に舌を添わせて吸っていた。
想像していた味では全然ないし、しょっぱいし苦くはあったが、うん。可愛らしいなと思った。
ダンデは「可愛いもの」の定義はポケモンが基準だ。ヒトカゲは可愛いし、ワンパチも可愛い。だがリザードンやドサイドンも可愛い奴だと思う。ダンデの思う「可愛い」はキュート、というよりもLOVEの派生だった。
だからこそソニアが時折ワンパチに向かって言う「食べちゃいたいくらい可愛い」の意味が、実のところダンデはよくわからなかった。
だが、ネモネを見るとどうしても喉が渇く。腹が減る。彼女に対しては決して良くないやり方だと分かっていても、この飢えを抑えられなくなる。どうしても手を伸ばしてしまう。俗に言うキュートアグレッションという心理現象である。
それで漸く「彼女は、俺にとっての『かわいい』なのでは?」と検討をつけた。
なるほど、可愛い。しっくりくる。
ダンデにやめてもらうために「嫌だ」ではなく「待て」と言ってしまう所だったり、拒む為に「嫌だと言え」と伝えれば可愛そうになるくらいに目を見開いて、ダンデの胸を押していた手がスーツを弱々しく握ってしまった所とか、形容できないくらいに可愛くて仕方がないのだ。
だって、あれで抵抗したつもりなのだろう。あんなに可愛らしい抵抗で何が防げるというのか。
「…逃げられた割には機嫌良さそうね。随分と余裕じゃない」
「ん?ああ、まあそうだな。だって俺から逃げた時の彼女の顔がカジッチュみたいに真っ赤だったんだ。最初の頃みたいに真っ青な顔して逃げられてた時代を思うと可愛らしいものだろう」
「うわっお前が可愛らしいとか言うとスゲー寒気する……」
「ガラルから逃げられるかもしれないわよ。あの子行動力はすごいから」
「それはきっと大丈夫だ。彼女とは、またいつかバトルをする約束をしているからな。その約束がある限り、彼女は俺から本当に逃げたりはしないさ」
彼女にとって、ダンデは得難い存在である。
自らに並ぶ相手、越えるべき相手。そして鎬を削り合う相手。生粋のトレーナーである彼女は、何があろうとダンデという存在を手放す事を躊躇うだろう。
躊躇う時間、ダンデは思うように行動できる。
彼女には、怪物を人間にしてしまった責任を取ってもらわなければならない。
もっと満たしてほしい。もっと慈しんでほしい。それを叶えてくれるからこそ彼女がいとおしい。
「……一応聞くけど。あの子捕まえてどうするつもり」
「勿論大事にするぜ。彼女にもいったが、無理強いをするつもりはないんだ」
「手すりに追い込んで襲いかけてたくせにそれを本気で言ってるのがお前の怖い所だと思うな俺さま…」
わざとらしく腕を擦るキバナに、ダンデはうっそりと笑んだ。
キバナとルリナはうわ、という顔をしていたけれど彼女は今まで反応が薄かったから、やはり彼女の鈍さは天下一品だ。
だが、そんなところも愛らしいのだ。
「何れは、彼女も俺無しでは生きていけなくなって欲しいと思ってるぜ」
そんな恐ろしすぎる事を、恋焦がれる無垢な青年の面持ちで言うのだから、たまったものじゃない。
ただ好敵手を追い求めていたバトルだけを見据えていた、良くも悪くも純粋な怪物だったダンデは、半年前に死んだ。
殺されてしまった怪物を憐れむべきなのか、殺してしまった無邪気な娘に祈ってやればいいのか、もうここまで来てしまっては二人にもわからなかった。
・だからそういうのに弱いっていってるでしょ…………
(色んな意味で)地獄の打ち上げパーティだった。心身共に持たない。たすけてくれ。
やっとこさ危機感を手に入れたがあまりにも遅すぎてもう手遅れです。だから若干手を出されかけるのである。
キャパオーバーしてにげだした。恩人で、優しい人、だった。あの金色の瞳の中にずっと住んでいた熱の正体を知ってしまった。あんな熱量知らない……
やる事も言ってる事も全部強引なくせに結局最後はこちらに委ねてくるのが、すごくあの、ずるい。
ずるずる押されて流されないように頑張って踏ん張れ。
割かし本気でモダモダバタついてるのに全部「可愛らしい」で済まされている。かわいそう。
・キョダイレンジョウの使い手
これが…「可愛い」…!
割かし本気のバタつきを全部「可愛い」「か弱い」「愛らしい」で全部済ませる恋は盲目最終進化系にメガシンカ。Bボタンキャンセルなんてなかった。
純然たる怪物だった自分を殺した相手に恋をしたのが運の尽き。半年間も我慢した自分を褒めてやりたい。
腹が減って仕方がないしそれをわざと隠さない癖に、律儀に待てをするし「嫌」を聞き入れる甲斐性もチラ見せして相手の正常な判断力を奪うずるい男。ブチ破ってこじ開けて土足で踏み荒らしながら決定権だけを与える暴君。
でも本気で無理強いをするつもりはない。嫌な事じゃないと刷り込めばいいだけの話だからな!(????)むりじいはしない。
ちょっとキュートアグレッションが暴発して逃げられてしまったけど、顔が初期のように真っ青じゃないのでニコニコ。本気で嫌がって逃げている訳ではないんだから、そんな可愛い鬼ごっこならいくらでも待てるぜ。
ところで、いつまで待っててほしい?
・アイデア成功した二人
静かに十字を切った。成仏してくれ。
ダンデがネモネちゃんのブローチを持ってて自分の金のブローチを持ってないのに気づいて引いた。
自分の名前の花のアクセサリーを贈るとかもうお前…………フライゴンでもそんなことしなかったぞ……
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