1.出会いは図書室
青葉城西高校。
この春、私はここに入学した。男子バレー部が強いと有名で、毎年勝ち進んでいるようです。
でも、生憎と私は運動がそんなに得意ではないので、正直なところあまり関係が無いのだ。
それでもこの高校を選んだ理由は―――家から通いやすいからである。
「おはよう!相変わらず早いねー」
「静かな教室で本を読むのが好きなので」
この学校に入学してから出来た友人に挨拶を返しながら、まだほとんど誰もいない教室で最近買ったばかりの本を取り出す。
私は読書が好きな、所謂、本の虫というやつで、時間があれば本を読んでいる人間。
今読んでいるのは推理物。シリーズが人気で、完売してる所もあるらしい。評判が高いだけあって、私もこのシリーズを愛読している。
「ね、ね、いんちょー」
「はい」
「…いんちょーは、最近のラッシュどう思う?」
先程挨拶をしてきた友人が私の机に両手を乗せてイスにも座わらず机と同じ高さから顔を覗かせて、おそるおそると尋ねてくる。
…最近のラッシュと言うのは、この学校だけなのかは分からないけれど、何でも女子の間で告白ラッシュというものが流行ってるらしい。
私はあまり興味無いけれど、想いを寄せる相手がいる人にとっては、それに便乗して一世一代の勝負に出てる人がいるようだ。
「咲ちゃんは、誰かに告白するんですか?」
少し頬を染めて私に質問を投げかけてきた相手・咲ちゃんは、何かに迷ってるようで眉根を寄せて唸っている。
こういう恋愛の事で悩むと言うのは、なんだか青春って感じがして良いですよね。自分は関係無くても、友人が頑張ろうとしているなら応援したくなる。
「あ、あのね、3組の及川君っているでしょ?すごくカッコイイ人!」
「…そんな人がいるんですか?」
「ええ!?いんちょーってば、及川君のこと知らないの!?入学してからどれだけ経ってると思ってるの!もう冬だよ、冬!」
「そうは言われても、一学年だけで七組もあるし、全員を覚えるのは難しいと思うけれど」
「そ、それはそうなんだけど。及川君って言えば、イケメンでスポーツ万能で、すっごくモテるんだよ!入学した日から超有名なのに」
…なるほど。咲ちゃんは、その及川君と言う人に少なからず好意を寄せているんですね。
本人がここに居る訳でもないのに、頬を染めて一生懸命話す姿は同性の私から見ても可愛いものだ。
「ま、まだ好きかどうかは分からないんだけど…見てるとかっこいいなぁって、思わず目で追っちゃうんだよね」
「おーい、影山ー!」
そんな時、丁度教室へ入ってきたクラスメイトの岩泉君に名前を呼ばれてしまった。
咲ちゃんは「続きはまた今度ね!」と区切りを付けてくれたので、私はそのまま彼の下へ向かった。
「おはようございます、岩くん。どうしたんですか?」
「さっき図書室の先生から伝言預かって、今日の当番の人が欠席らしいから代わりを頼みたいって言ってたぜ」
「そうでしたか。分かりました。後で直接返事は伝えます。教えてくれてありがとう」
「おう」
岩くん事、岩泉君は男子バレー部に所属してる一人で、入学してすぐは席が近かったので結構話す仲になりました。
男子の中で一番会話するのは岩くんかもしれません。
***
「ごめんね影山さん。急に代わりを頼んじゃって」
「いいえ。当番じゃなくてもきっと足を運んでたので気にしないでください」
その日の昼休み、私が入ってる図書委員の当番のために図書室に来た私は、カウンターに座り、本を借りる人、返却する人のために昼休みの間はここに居る。
学校自体が大きいから、図書室もそれなりに広く作られていて種類も豊富。本の虫の私にとって、ここはとても居心地がいいのだ。
先生は他にやる事があるそうで図書室を後にし、今ここに居るのは見える限りじゃ10人程度。
静かな空間で好きなだけ本を読めるって素晴らしい…そんな思いに浸っていたら、急に廊下から騒がしい物音が聞こえてきた。
そして図書室の扉は勢いよく開き、そのドアが閉まる直前にバッと誰かが滑り込んできた。
「はっ…はぁ…ごめん、ちょっと匿って!」
「えっ?」
飛び込んできたや否、その人は呼吸も整わぬままいきなり私が居るカウンターに走り込み、そのままカウンターの下にある隙間に滑り込んだ。
「ちょ、ちょっと…」
一体何が起きてるのかさっぱり理解出来ない私に、彼は自分の口に人差し指を立てて「しーっ」と声を抑えるよう訴えてくる。
この人は一体何をこんなに慌てているのだろうか。匿ってと言うからには誰かから逃げてるのだろうけれど…。
そうしてる内に騒がしい声はどんどん大きくなる。おそらくこの声の主達がこの人を追いかけているのだろう。
よく分からないけれど、見つかりたくなさそうですし、ここは彼を守ってあげるべきですかね。
何も見なかった事にして先ほどと同じように元の席に座り、本を読む体勢になった直後、数人の女子生徒が図書室にゾロゾロと入ってきた。
「どう?いる?」
「んー…見当たらないよ」
「おっかしいなぁ。どこ行っちゃったんだろう」
誰かを探してる様子の彼女達は図書室内を見渡すと駆け足でカウンターの前へやってきた。
「あ、あの」
「はい」
「こ、ここに及川君来ませんでしたか?」
おいかわくん…。そう言えば今日、咲ちゃんが朝話していたような…。
でも、名前は聞いたことあっても顔は全く分からない私からしたら知らないも同然。
「ごめんなさい。及川と言う人は分かりませんが、今居る人達しか出入りしてませんよ」
正直にそう返すと、彼女達は驚いた顔をしたが素直にそれを受け入れた様で「そうですか…」と少しガッカリして出ていった。
…あんなにも目を丸くされるほど、及川くんという人の事を知らないのは衝撃的だったんでしょうか。
すっかり足音が聞えなくなったところでチラリと下を見れば、何故か信じられないものを見る目を向けてくるあの人と目が合う。
途端、ガッ膝を掴んで身を乗り出してきた彼は「俺を知らないって本当なの!?」と問うてくる。
その声の大きさに本を読んでいた生徒が振り返る。
図書委員の一人である私は、自分の仕事を全うするべく、今のでずれかけた眼鏡をかけなおし、あくまで笑顔で告げた。
「”及川君”、図書室ではお静かに」