14.ちょっと待ってください
六月初旬。いんちょーちゃんを部活見学に誘ってから数日が経った。
いんちょーちゃんは真面目な性格なため、バレーボールにもう一度関わるなら、読書を封印する決意を示した。
それを0にするのはやり過ぎだと岩ちゃんからも言われた彼女は、ほどほどにを心掛けて生活するようになった。あと変わったのは……。
ポン、ポン、ポーン。
昼休み。図書委員の当番が無い日は外に出てボールに触れる時間を増やす様になった事かな。
誘ってくれればいいのに、最初裏庭で一人でトスの練習してたりするの見て少し驚いた。
「いんちょーって、このくらいの速さで、平気?」
「はい。丁度良いです」
「オッケー。じゃあ続けるわ」
今日の昼休みもそう。女の子から呼び出しがあって抜けてる間に、いんちょーちゃんとマッキーが裏庭で楽しそうにバレーしてるし。
俺が恨めしそうにジーっと見てるのに、マッキーは気づいてて続ける。いんちょーちゃんの場合は本気で気づいてないっぽい。
「そんで?いつマネージャーになんの?」
「まだ決めてません」
「はい!?」
「なぜなら、まだバレー部の監督さんにお話しすらしてませんから」
「そうなの!?俺はてっきり及川がしてると思っ…」
「――勿論してるけどね!!!」
ここぞとばかりに窓枠に足をかけて飛越えれば華麗に裏庭に着地した俺をやっと視野にいれるいんちょーちゃん。
きょとんとしながら「え。そうなんですか?」と少し驚いてる。
「当たり前でしょ!この及川さんだよ?きっちりお話通してますから!」
「まあ、そうだよな。誰よりもいんちょーのことバレー部に入れたがってる奴だもんな」
若干呆れたような、苦笑交じりに言うマッキーに当然とばかりに頷いて見せる。
いんちょーちゃんはここでバレーから離れるのは勿体ない。飛雄や家族のことがあるにしても、そこまで距離を取ってしまうほどじゃないと思うんだ。
だから選手としてよりマネージャーの方が運動量も少ないし、居残り練習とかもないから、いんちょーちゃんの事情としては悪くはないと思う。
「今までもマネージャー募集はした事あったけど、みーんな及川目的だったからなぁ」
「俺が悪いみたいに言うのやめてよねマッキー!…まあ、モテる男の辛いところではあるけどさ」
「ところで、その監督さんは今日何時頃いらっしゃるんですか?」
「いんちょーちゃんスルースキル身につけすぎじゃない!?及川さん悲しい…っ」
「部活始まる時間には来るかはずだから、一緒に行くか?」
「ありがとうございます、花君。助かります」
「ちょ!俺が話したんだから俺が一緒に行く!ね、いんちょーちゃんもそれで良いよね?ね?」
「……」
「何でそこで無言の笑顔!?嫌なの?拒否ってるの!?そんなにマッキーのが良いの!?」
「完全に手綱握られてんな、お前。だからペットと主人って言われんだよ」
「それ言ってんのマッキーだけだからね!?」
いんちょーちゃんはあまり話さないけど、今日までの間に家族とはちゃんと話しあったって言うのは聞いた。
両親は快く受け入れてくれたって嬉しそうに言ってたけど、飛雄は苦虫を噛んだような顔だったらしい。見たかったなぁ。
「まあ、慣れない内は俺達も手伝うから気軽に声かけろよ、いんちょー」
「はい。ありがとうございます」
「いんちょーちゃんはサポートに慣れてるだろうから、あんまり俺達の出番なさそうだけどね」
「…だろうな」
その日の放課後。予め監督達に話をしていた俺はジャージに着替えていんちょーちゃんを待っていた。
「お待たせしました、及川君」
「ん。全然ー…って、」
何度か体育の時間で見た時と違って、いんちょーちゃんの髪型が違う。ただ後ろで結んでるだけだけど、雰囲気変わるなぁ…。
「? どうかしましたか?」
「いや、髪結んだだけでも印象変わるなーって」
「そうですか?家ではこうしてる事も多いんですけどね」
「そうなの?じゃあ、眼鏡も外したり?」
「視力は元々そんなに悪くないんですが、先生によって見えにくい字の時もあるので、そのために」
「ああ…クセの強い字を書く先生いるいる。確かにあれは読みづらいね」
気楽に話せる異性のいんちょーちゃんと居るのは、やっぱり居心地が良い。彼女はどう思ってくれてるのか分からないけど、会話が続くって事は悪くないって事だよね。
「あ。丁度良い所に。監督ー!」
俺は志歩ちゃんを手を握って入畑監督の元へ駆け寄った。
***
「まだ正式ではないがマネージャー希望で体験に来てくれた影山志歩さんだ。色々教えてあげるように」
「はじめまして。二年の影山です。よろしくお願いします」
部活の準備をしていた部員を集合させて監督は志歩ちゃんを皆に紹介した。
あまり緊張してる感じもなく、志歩ちゃんは落ち着いていて、部員を一度ぐるりと見渡してからお辞儀をした。
物腰が柔らかくて丁寧な対応は皆に好印象を与えたようだ。監督とコーチもうんうんと頷いてるし、出だし好調だね。
「生憎とここの男子バレー部にマネージャーはいないんだ。とりあえず今日は見学だけで構わないから、色々見て回ってくれ」
「はい」
「監督、監督。いんちょーちゃんは高校入るまでバレー部入ってたからバレーには詳しいし大丈夫ですよ!」
「ああ、そういえばそう言ってたな。なら、備品やそれぞれの物の置き場所を教えてあげた方が良いかもしれんな」
監督は溝口くんにいんちょーを任せて俺達の練習を始める事にしたみたい。
それぞれがウォーミングアップを始めると、ヒソヒソと何人かの部員がいんちょーちゃんを見て話している。
「あのマネージャー候補の人、すげえ美人だったな!」
「真面目そうだけど、さっきの自己紹介の時の笑顔…素敵だったな」
うん、それは分かる。いんちょーちゃんて、可愛いというより、どっちかというとキレイ系の女の子だからね。
笑顔は……たまに圧力あるけど、それはあの一年生達が言う様に素敵な笑顔だからこそかかるものがあるんだよね…。
「今まで来たマネ候補って基本及川狙いだったからなぁ。あの子は大丈夫そうだな」
「ああ。真面目に仕事してくれそう」
「キャーキャー騒いだりしない感じだし、俺達も集中出来そうだ」
遠まわしに俺を攻める様な言い方をする三年生達はワザとらしくこっちをチラっと見て言うから意地悪い。
好意を持ってもらえるのは嬉しいけど、他の皆に迷惑がかかるような子はマネージャーには向かない。
だから俺も、それからはマネージャーになりたいと言う子には募集してないと伝えるようになった。
だけど、彼女は違う。ひたむきに、ただ純粋にバレーが好きで。そして、俺達のバレーを応援したいという気持ちが真っ直ぐにある。
志歩ちゃんは今まで俺に嘘を言った事がないから、面と向かって伝えてくれる言葉の一つ一つはいつだって正直なものだ。
だからこそ俺は、俺達は彼女にマネージャーになってほしいと頼んだんだ。
「おーおー。いきなり人気だな、いんちょー」
「真面目だけど話しやすいし、馴染むのも早そうだな」
岩ちゃんやマッキーも安心してるみたい。まあ、普段の彼女を知ってれば誰だってそうなるかもね。
「あれが【いんちょー】か」
「あ、まっつんは初めましてか」
「一人だけクラス違うもんな」
「噂で聞いたけど、女子バレー部の主将が認めるほどすごいサーブ打つって本当なの?」
「「「それはマジ」」」
「へえ、見てみたいな」
まっつんもいんちょーちゃんが少なからず気になるみたい。
たまにいんちょーちゃんにもボール打たせてあげたいな。きっと喜ぶに違いないから。
そんな事を話していると、溝口くんが一人で体育館に戻ってきた。
「ん?彼女はどうした?」
「いや…それが……」
「?」
溝口くんは珍しく言い淀んでいる。いんちょーちゃんに何かったの?
思わず聞き耳を立てると、納得のいく言葉が出てきた。
「実は、部室や管理室があまりにも汚れていて……それを見た彼女が今掃除してくれてます」
「…そんなに汚れていたか?」
「ここ最近、スケジュール詰めてましたからね…」
監督は額に手を当て溜息を吐いた。少し練習を見たら俺も行こうと話し、監督は今日の練習メニューをそれぞれに言い渡した。
それから時間は過ぎ、一旦休憩になったところで俺達は瞬いた。
普段は後輩達が用意してくれるタオルやらスポドリ等がいつの間にか用意されている。
それは後輩達も驚いてる様で、皆して誰がやってくれたんだ?と話している。
「…畳み方が丁寧だ。シワが無ぇ」
「ドリンクの味も丁度良いよ!」
「…つまり、これは…」
俺達だけが察した事実。そこへ軽い足音と共に体育館に戻ってきた、今まさに頭の中に浮かんだ人物が首にタオルをかけて入ってきた。
「あ。ちょうど休憩になりましたか。ではワイピングしますね」
少し汗をにじませたいんちょーちゃんが微笑してそう告げると、テキパキと床を拭いていく。
ちょ、ちょっと待って。今もしかして掃除してたんだよね?で、このタオルやらドリンクも用意してくれたんだよね?なのにそのままワイピング?
「ちょ、皆っ、いんちょーちゃんを休ませてあげて!床拭きは俺達でやろう!」
「そ、そうだな。それがいい」
「いんちょー、それやるから代われって」
慌てて彼女を追いかけるも「いえ、仕事ですから」と平然と言う彼女に疲れは微塵も見えない。
こんな華奢な体してるのに、どこにそんな体力隠してるの!?いや、とりあえず良いからその仕事を寄こしなさい!
いんちょーちゃん、男子バレー部体験初日。あまりの仕事の出来っぷりに俺達部員は彼女を休ませる事に頭を悩ませる事となった。
「監督!いんちょーちゃん言う事聞かないから監督から言ってください!」
「良い子だから休みなさい」
この真面目さとやる気の高さに、志歩ちゃんは監督達にも気に入られるのだった。