15.それってどうなの!?
朝練のために早朝から体育館に行くと既に来ていた後輩達の中に予想外な人物を発見して思わず目を丸くした。
「影山先輩!手伝います!」
「ありがとうございます。ですが、これもマネージャーの仕事になると思うので、自分でやりますね」
「そ、そうですか」
「気持ちはとても嬉しいです。ありがとうございます」
「は、はい!!」
後輩達に囲まれてる志歩ちゃんがいる。
ボールやネットが準備されてるからやる事はやってくれてるけど、後輩達のいんちょーちゃんを見る目が、もう…。
「……。志歩ちゃん!」
気付けば彼女の名前を呼んでいた。
俺の登場に後輩達が慌てて準備運動やら他の用意やらに慌ててその場から去っていく。
一人残されたいんちょーちゃんは俺を見るや否、あのきれいな微笑を浮かべて挨拶してくれた。
「おはようございます、及川君」
「おはよ」
「…どうかしましたか?」
「えっ」
「何か気に入らなさそうですね」
「!?」
「顔によく出てますよ」
昨日と同じように髪を結び、ジャージに身を包んだいんちょーちゃんが自分の眉間をチョイチョイと指さして俺が同じ事になってる事を教えてくれる。
そんなにも顔に出てたのかと内心動揺したけど、俺は何をそこまで気に入らなかったのかよく分からない。
ただハッキリしてるのは、いんちょーちゃんを見る後輩達の目がうっとり状態になっていたのが何か嫌だった。いんちょーちゃんは見世物じゃないっつの。
「てか、いんちょーちゃんこそどうしたの。朝練にまで体験に来てくれるなんて思ってなかったよ」
「放課後は図書委員の当番があって遅れることがありますが、朝なら日直じゃない限りは最後まで居られるので見ておきたくて」
「ほんと真面目だね、いんちょーちゃんは」
「皆さんが一生懸命練習しているんです。マネージャーをやらせて頂くにあたって、それをサポートするのが仕事です。真面目なくらいが丁度いいでしょう?」
にこりと笑ったいんちょーちゃんはそう言い残して体育館の出入り口へと駆けて行った。
三年生の主将に声をかけてる。たぶん朝練の事を伝えてるんだと思う。笑顔で頷いてる先輩を見る分、快く許可を貰えたんだろう。
「あいつ見てると俺達も負けてられねぇな」
「ああ」
いつの間にか来ていた岩ちゃん達もいんちょーちゃんの頑張る姿を見てやる気が高まったようだ。
それは他の部員も同じらしく、今日の朝練はいつもより気合いの入り方が違って朝から活気に溢れる時間となった。
***
昼休みになり、飲み物を買いに一度教室を出て戻ったら岩ちゃんとマッキーが俺のイスと机にそれぞれ座っていんちょーちゃんと何やら話していた。
「何をしているのかな君達」
「おー、及川」
「影山が部員の名前覚えたいから特徴教えてくれってさ」
「うひゃー。昨日と今朝の二回目でもう名前覚えようとしてんの!?すごいね、いんちょーちゃん」
「顔と名前が一致しないとドリンクやタオルを渡す時に困るかと思いまして」
「あ、そりゃあ色んな意味で困るな。主に俺達が」
「スコアブックもお前がやるとなると、覚えておく必要あるもんな」
「俺達にとっては当たり前になってるけど、いざ0からのスタートとなると結構大変なんだね」
真面目な志歩ちゃんは部活用としてわざわざ用意してくれたのか、真新しいノートに昨日と今日で得た情報を細かく書いていた。
うわ…字もきれいだな。女の子って丸みのある特徴的な字を書く子が多いけど、いんちょーちゃんのはただただきれいでスゴク読みやすい。
「ここまでやってくれてんだから、もうさっさと正式に入部しちゃえばイイじゃん」
「一応体験期間が一週間設けられてますから」
「ねえ、いんちょーちゃん。名前や特徴が書いてる左の余白は何を書くつもりなの?」
「これは、出来れば顔写真が欲しいところなのですが…」
「似顔絵描けばいいんじゃねぇの?」
マッキーの何気ないその一言に、いんちょーちゃんの表情は無になった。
「…あれ?どうかしたか?」
「花巻。影山は真面目だから本人の顔がちゃんと分かるようにしたいんだよ」
「そりゃあ分かるけど…」
「ああ、そっか。マッキーは美術を選択してないから知らないんだっけ。…分かってあげて。いんちょーちゃんにも得手不得手があるんだよ」
「? そ、そうか」
そっと同情の眼差しでいんちょーちゃんを見つめたら、ものすごく細められた目が俺を見据えていた。
聞き間違いじゃなければ「チッ」て聞こえた気がするんだけど、気のせいだよね?そうだよね!?
「ほんとお前う○こ野郎だな」
「ちょっと!いんちょーちゃんの前でその呼び方やめてよね!」
唯一いんちょーちゃんの画力レベルを知ってる岩ちゃんは俺をゴミを見る目で見ては吐き捨てる。
ほんとここ最近の岩ちゃんの口の悪さは拍車がかかってる気がする!主に俺にだけ!!幼馴染として悲しいよ!
「いや、お前がデリカシーに欠けてるだけだよね」
「うっ」
放課後の部活でまっつんに昼休みの事を話したらバッサリ切り捨てられた。
まさかまっつんまで岩ちゃんの味方をするとは思わなかった。…いや、俺も分かってたよ。自分の発言にはさ。
でも、いんちょーちゃんって普段冷静だから、一度あの慌てたり恥ずかしがった様を見ちゃったらまた見たくなっちゃうんだよ!仕方ないよね!?だって可愛かったもん!
「それ本人に言ったらどうなるんだろうな」
「ちょ、マッキー余計なことしないでよ!?」
「はは。どうしようか迷うなぁ」
「いんちょーちゃんに嫌われたら絶対ショック受けるから!あの丁寧な物言いで言われたら心臓が一刀両断にされると思わない!?」
「あー…。まあ、分からなくもないな。普段から敬語使ってる分、威力高そう」
「そうそう。いつもは怒らない人ほど、いざ怒ると絶対怖いもん…!」
想像したくないけど、すると自然と恐怖によって体が震える。
あのいんちょーちゃんが絶対零度の眼差しで「あなたなんか嫌いですよ」なんて言われてごらんよ。立ち直れる気がしない…!!
「及川君、」
「うわあ!?お願い嫌いだなんて言わないで!!」
「はい?」
「ブフォオ!!こ、こいつ…条件反射しすぎだろっ」
「声かけられただけなのに怯え過ぎでしょ」
「…っ!!う、うるさいな!仕方無いだろ!?」
「…大丈夫ですか?顔赤いですけど」
「な、何でもないから!それで、俺に何か用?」
「あ、はい。次の練習、及川君の番ですよ」
「え、もう!?ありがとう、行ってくる!」
ああもう。絶対顔赤い。だってすごい熱いもん。こんなカッコ悪いところいんちょーちゃんに見られるとか最悪…!
走ってコートに入ると溝口君が「何だお前、熱でもあるのか?」と首を傾げて聞いてくるもんだから、それを聞いたマッキーとまっつんがまた笑いだした。
ああもう、もう!ホントやめてほしい!っていうか、俺より溝口君の方がデリカシー無いんじゃないの!?絶対そうだよ!
「よく分からねぇけど、マネージャーが来てくれてるからって浮足立つなよ」
「そんなんじゃないから!!てか溝口君、ほんとデリカシー無さすぎ!!」
「はあ!?俺のどこがデリカシーないんだ!?」
「それだよ、それ!まさにそれ!!」
「及川お前…っ。この完璧な男前にんなことあるワケねーだろ!」
「お前達、真面目に練習しないと休憩させないぞ?」
背後からの監督の黒い笑みを浮かべた一言により俺達は強制的にスパイク練習を始める事となった。
溝口君はコーチだけど年齢がまだ若いから親近感があるんだよね。だから兄弟みたいな言い合いはちょくちょくあるけど、これで完璧な男前とは思いたくないよね。
一度深呼吸をして気持ちをリセット。未だに笑いを堪えてるマッキーとまっつんは後で文句言うとして、今は練習に集中しないと。
「よし、始めるぞ!」
「お願いします!」
溝口君に向かってボールを放る。高々と上げられたトスと自分のジャンプの最高打点が合わさった時、強烈なスパイクは決まる。
勢いよくコート内ギリギリで弾んだそれは再び高く上がり、ちょうど通りかかったいんちょーちゃんが両手でキャッチしたのが見えた。
「ナイスキー。及川君」
眩しい笑顔。グッと親指を立ててナイスと言ってくれたいんちょーちゃん。
たったそれだけの事なのに、なんだか無性にくすぐったくなった。
「ああ!俺もマネージャーちゃんに言われてえええ!」
「おい!俺にもトス上げろ!」
「自分にもやらせてください!マネージャーが見てくれてる今!!」
「お前等下心丸出しすぎだろ!!」
まさに紅一点のいんちょーちゃんは部員から叫ばれる言葉に驚きと、そしておかしそうにクスクス笑う微笑が浮かぶ。
読書してる時よりも、今、バレーに関わってからの彼女はやっぱり楽しそうだ。好きな事が共有できるのって、すごく良いね。
「影山。ちょっといいか」
いんちょーちゃんの応援で益々士気が高まった時、一度監督に呼ばれた彼女は隣のコートに岩ちゃんと一緒に入って行った。
…何するつもりだろう。そう思っていた矢先、岩ちゃんはボールをいんちょーちゃんに放り、それを見て彼女がトスを上げた。
「え」
ドッ!良い音を立ててコートに弾んだ岩ちゃんのアタック。いんちょーちゃんは岩ちゃんと何か話すと再びトスを上げた。
いや、いやいやいやちょっと、ちょっと待って!!
「監督!何で岩ちゃんだけいんちょーちゃんとスパイク練習!?二年生エースだけ贔屓!?」
「じゃあ三年エースの俺にも権利ありますよね監督!?」
「下心ある奴等にはやらさん!」
「岩ちゃんが一番下心あるのにそれってどうなの!?」
「クソ及川ぶん殴るぞボケがぁ!!!」
直後、岩ちゃんがブン投げてきたボールが見事に後頭部に命中するのだった。