16.慣れたもので
「お、及川先輩!少しお時間良いですか?」
「及川君、話したい事があるの。あの…後で時間作ってくれるかな?」
「及川君!」
「及川先輩っ」
ああ…。折角落ち着いたと思ったらまた始まった。
授業以外の時間に呼び止められたと思えば女の子達からの告白ラッシュ再来。
俺がカッコイイのは分かるけど、どうして女の子ってこうも波に乗りたがるのかな。
好きだと言われるのは嬉しい。気持ちを伝えてくれるのも嬉しい。だけど、こうも一斉に来られるとさすがの俺も限界があるワケなんですよ。
「及川君どこー!?」
「及川先輩ー!」
「…はあ、勘弁してよ」
休む暇がない。
こんなこと岩ちゃん達に行ったら「ふざけんなクソ及川!」とか言われるんだろうけど、モテすぎても大変なんだからね!?
休み時間なのに休めない辛さ分からないでしょ!…なんて思った所で追いかけてくる彼女達に伝わるはずもなく、俺は唯一の隠れ家に向かって足を速めた。
昼休みになってすぐにお弁当を食べていた彼女は今日は当番の日だ。きっといつものようにカウンターに居てくれる。
見えてきた目的の扉を勢いよく開き直に中に飛び込む。
廊下と違って静かすぎるその場所にそぐわない俺の足音を聞きつけ、カウンターの奥にある部屋から彼女が顔を出し、俺を見るなりやれやれと肩を竦めた。
「図書室ではお静かに、ですよ」
「いんちょーちゃん匿って!」
「今日もですか?ここのところ連日じゃないですか」
「お願い!もうそこまで追っ手は迫ってるんだよ!」
早く早く!と彼女の背を押してカウンターに居てもらい、俺はさっきまで彼女が居た奥の部屋に逃げ込む。
ここは図書委員や先生しか基本的に立ち入らない場所だから、俺の追っかけの子達は入ってきたことが無い。
だからきっと今日も大丈夫。そう思っていたら、追いかけてきていた何人かの女の子達が図書室に入ってきた。
「前から怪しいと思ってたのよねココ」
「うん。及川君を見失うのって大体この辺が多いもんね」
―――ば、バレてる!?俺の数少ない安息の地が暴かれ様としている…!!
咄嗟にいんちょーちゃんに目を向ければ、彼女はいつも通りカウンターにいて図書カードの整理をしていた。
まるで俺がどうなろうが知った事ではないと態度で表してるみたいで内心ひやひやして仕方無い。
女の子達はゾロゾロとやってきて図書室をグルリと回っている。ここで見つかったら間違いなく囲まれる。それだけは避けたい。
「…仕方ありませんね」
何かをボソリと言った様に聞こえたいんちょーちゃんが静かにこちらにやってくると、俺の横を通り過ぎる際にブラウスの裾をクイッと引っぱった。
促されるまま彼女を追うと、いんちょーちゃんは部屋の奥にあるソファの前に立ち、座席部分を持ち上げた。
中は収納スペースになっていて、そこに人一人入るには十分な余裕があった。
「とりあえず、彼女達が出ていくまで及川君はここに居てください」
「いんちょーちゃん…っ」
「貸し一つで良いですよね」
「眩しいほどの笑顔だね!いいよ!」
「では、どうぞ」
俺が収納スペースに入ると、いんちょーちゃんは座席部分を元のように上に被せた。
一気に暗くなった視界の分、聴覚が敏感に研ぎ澄まされる。いんちょーちゃんが遠ざかって行くと、その後にあの子たちが彼女に話しかける声が聞こえた。
俺のことを聞かれてるのかもしれない。内心ドキドキしながら聞き耳を立てていると、ついにあの子たちがゾロゾロと足音揃えてこちらへ入ってきた。
「へえ。図書室の奥ってこうなってたんだ」
「本ばっかりだね」
「及川君が隠れられそうなところないねー」
「納得してもらえましたか?」
「う、うん。見せてくれてありがとう」
思ったよりもあっさり引いて退室してくれたようだ。でも、いんちょーちゃんが来てないから安心するのは早いかもしれない。
そう思っていたら急に視界が明るくなり、いんちょーちゃんが俺を見下ろしていた。
「帰りましたよ、彼女達」
「ふいー…。ありがとう、いんちょーちゃん」
体を丸めて縮こまってたから少し疲れた。ぐっと背筋を伸ばしていると、いんちょーちゃんが俺の前に小さなペットボトルを差し出してくれた。
「大人しく良い子にしていたご褒美です」
「…なんか最近いんちょーちゃん俺のお母ちゃんポジション狙ってない?」
「お母さん、ですか?」
「だって俺、いんちょーちゃんにお世話してもらってる感じじゃん」
「こんな頻繁に図書室に逃げ込んで来る息子を持った覚えはありませんけどね」
「ホント良い笑顔するよねいんちょーちゃん!けど圧力半端ないよ!?」
「匿うのは良いのですが、入ってくる時は忍び足でお願いします。一応ここ図書室なので」
「忍者になれるかな俺…。だって見てよ、このイケメンすぎる見た目。隠しようがないよね」
いんちょーちゃんはそんな俺の頭をよしよしと撫でた。
「いんちょーちゃんのスルーの仕方が逆に傷つく…!!」
「え?」
「笑顔で首傾げるあたりワザとだよね!?」
「ところで、いつまでその中にいるつもりなんですか?フタしちゃいますよ?」
「だからその笑顔っ…」
いや、ちょっと待て徹。いんちょーちゃんの弱みなら俺も握ってるじゃないか。
「そんなイジワルなこと言っていいのかな、いんちょーちゃん」
「…?」
「いんちょーちゃんの絵、あの後美術の先生が何て言ってたか知ってる?」
「! ……君、いい性格してますね」
「いやぁ…いんちょーちゃん程じゃないよ」
お返しとばかりにクスクスと笑えば、いんちょーちゃんは嫌そうに表情を歪めつつ、差し出していたペットボトルを俺の頬にブニッと押しつけてきた。
「事が解決したのですから、君も早々にそこから出てください。片付けられませんよ」
「あ、待ってよ志歩ちゃん」
飲み物を受け取りつつ、踵を返そうとしたいんちょーちゃんの手を咄嗟に掴む。少し驚いた様子で振り返った彼女を見上げながら俺は漸く立ち上がった。
「ね。今まで何回も匿ってもらってるからさ、今度お礼させてよ」
「いえ、そういうのは…」
「今度の月曜日、部活がオフだから学校終わったら一緒に遊びに行こう。いんちょーちゃんも図書室当番じゃないでしょ?」
「それは、そうですが…」
お礼をしてもらう程の事はしてないと言いたいんだろうけど、俺はもっと君と過ごしてみたいと思ってるんだよ志歩ちゃん。
美術の時に見た恥ずかしがったり慌てたりするところや、バレーをしている時の真剣で生き生きしてるところ。
俺は君の事をまだまだ知らなすぎる。だから、ねえ、もっと君の事を教えてよ。知れば知るほど、いんちょーちゃんに興味が沸いてくるんだ。
「じゃ、今度の月曜日。学校終わったら俺と放課後デートね」
「えっ」
「はい約束。そんじゃねー」
「ちょ、ちょっと及川君…!?」
逃げるが勝ちってね。困惑してるいんちょーちゃんは走り去る俺を追ってはこれない。だってまだ当番の時間は続いているから。
でも教室に戻れば結局顔を合わせる事になるんだけど、それはそれでその後いんちょーちゃんがどんな行動に出るか少し楽しみだ。
「さてさて…どこに行こうかな」
今度の月曜日が楽しみだ。