17.きみと突撃!



「フンヌフーン、フフンフーン」

「…ご機嫌ですね、及川君」

「週一のオフだからね。それに、今日はいんちょーちゃんと初デートだから楽しみにしてたんだ」


宣言通り、月曜日の放課後に俺はいんちょーちゃんと放課後デート。
恋人じゃないのにデートなんですか?何て言ういんちょーちゃんの問いかけは鼻唄で聞かなかった事にする。
そういうのはいいの。表面の言葉よりも、大事なのは中身でしょ!


「そういえば、いんちょーちゃんと一緒に帰るのも初めてだよね」

「そうですね。言われてみれば、及川君と登下校したことありませんね」

「いんちょーちゃんって一年の時とか誰と帰ってたの?」

「同じ委員会の人とか、クラスメイトとかですかね。図書室に寄ってると一人で帰る事も多いのですが」

「え。そこは女の子なんだから誰かと一緒に帰った方が良いでしょ。危ないじゃん」

「…そう、ですね」

「?」

「そう言って岩君が途中まで送ってくれた事が何度か」

「あの岩ちゃんが!?俺には一言もそんなこと言ってなかったのに!!」

「一年の時の話ですよ。岩君、面倒見がいいというか…優しいですよね」


俺の知らないところで岩ちゃんてばちゃっかりいんちょーちゃんと下校したことあるなんて。
女の子と話題が全然上がったことがないあの岩ちゃんが、俺の知らないところでいんちょーちゃんを送っていたなんて。
いくら一年の時同じクラスだったとしても、俺が思ってるより二人は仲が良いのかもしれない。
今は俺も同じクラスで席も隣だけど、いんちょーちゃんからしたら俺より岩ちゃんの方が話しやすいとかあるのかな…。

下駄箱で靴を履きかえながらそんな事を考えていると、数人の女の子がパタパタと駆け寄ってきた。


「及川君もう帰るの?」

「ねえ、途中まで一緒に行かない?」

「ごめんね。今日は一緒に帰る人決めてるんだ」


そう言って、上履きをしまい終えたいんちょーちゃんを自分の隣へ引き寄せる。
女の子達は「ええ!?」と驚きを露わにしたけど、次いでまじまじといんちょーちゃんの事を見詰めた。


「って、影山さんと帰るの?接点あったっけ二人って」

「同じクラスになってから友達になったんだよ。ね、いんちょーちゃん」

「はい」

「じゃあ付き合ってるワケじゃないんだ?」

「友達付き合いですよ」


にっこり微笑んだいんちょーちゃんは「それでは」と彼女達にお辞儀して一足先に歩き出す。
俺も彼女達に手を振ってその背中を追いかけた。


「いんちょーちゃんの笑顔効果すごいねー。あの子達、最後なにも言えなかったよ」

「今日までに何回もしてきましたからね。同じ質問に同じ回答を」

「ごめん。迷惑掛けてる…?」


俺に好意を向けてくれる子は多い。だから女の子の中でもよく一緒に居る事が増えたいんちょーちゃんは一番最初に目を付けられる。
最近じゃあバレー部のマネージャー希望で体験入部してるから、更に疑われる事が増えて、彼女の周りにも俺のファンの子達が度々集まるようになってしまった。
でも、いんちょーちゃんはそれについて俺に何も言ってこない。疲れたとか、迷惑とかハッキリ言ってくれて良いのに、彼女は全然言わない。
無理させてるんじゃないかと、たまに気になってこうして聞くんだけど、いんちょーちゃんは―――。


「大丈夫ですよ。本当に迷惑だと思ったら、ちゃんと言ってあげますから」


いつも同じ言葉をくれる。
いんちょーちゃんは優しい。それに対応が落ち着いてるから、彼女達を余計に刺激したり厄介事になることがない。
今こうして平穏な時間を俺が送れているのも、いんちょーちゃんが居てくれてるからなんだってよく思う様になった。
だから今日はいんちょーちゃんに日頃の感謝を込めて何か返せればと思って俺なりにプランを考えてみたんだけど……。


「ねえ、いんちょーちゃん」

「はい…?」


ここ連日関わってるのに今日もバレーなの!?
問おうとしていた言葉はギリギリ外に出る事はなくグッと飲み込んだ。

俺達が今来てるのはスポーツショップで、バレーボール関連のものが置かれている階だ。
いんちょーちゃんは興味津津に見て回ってるから良いんだろうけど、俺としては折角だから人気の喫茶店とか連れて行と思ってたんだけど…。


「……」

「いんちょーちゃん、何か探してるの?」

「はい。実は今度、商店街の集まりでバレーボールの試合が行われるんです。それに私と飛ちゃんも参加することになってて、その時用のサポーターを…」

「え!そんなのあるの!?参加って自由?」

「いえ。小さい規模で募集かけていたので、もうチームメンバーも決まってるんです」

「そうなんだ。残念だなぁ、俺も出てみたかったなー」

「年上の方ばかりですし、未経験者の方もいるので及川君にとっては物足りないかもしれませんよ?」


確かにあんまり差があるとそう感じてしまうかもしれないけど、そんな事よりも俺はいんちょーちゃんとバレーがしてみたいと思った。
部活の時は結局岩ちゃんしかトスあげてもらったことないし。俺もいんちょーちゃんの上げてくれたトス打ってみたいな。


「ていうか、男女混合なの?」

「はい。真面目な試合というよりは皆でワイワイ楽しむお遊びって感じらしいです。なので、男女混合です」

「へえ。そういうの暫くやってないから新鮮かも。…あ。じゃあさ、当日誰か急遽休みが出たら代行できるんじゃない?」

「…そうですね。人数が必要なので」

「じゃあさじゃあさ、もし空きが出たら俺に連絡して!」

「えっ」

「だってそれに参加したら、いんちょーちゃんともバレー出来るんでしょ?俺やりたいな」


素直に想ったままを伝えたら、いんちょーちゃんはきょとんとした。俺なにか変なこと言ったかな?
なんて思ったのも束の間。瞬いた後に目にしたいんちょーちゃんの表情は今までにないほど柔らかな笑みが浮かんでいた。


「そんな風に言ってもらえるなんて嬉しいです。ありがとうございます、及川君」


不意打ち、だった。本当に嬉しそうに笑ってくれるから、俺の心臓は予告もなくキュッと弾んだ。
普段目にするちょっと意地悪だったり、圧をかけるような笑顔じゃない。純粋に喜んでくれてる笑顔。それがこんなにも心臓を締めつけるなんて思わなかった。


「…ちょっとそれはズルイ」

「え?」


いんちょーちゃんは無自覚。でも、俺からしたら今まで見てきたどんな笑顔より魅力的で可愛く見えた。
異性の中で一番仲良しだと思ってるいんちょーちゃんだけど、こういう一面見ると普通の女の子なんだって遅れて痛感する。
この子は強敵だ。一筋縄ではいかない。ちょっとでも隙を見せれば全部持って行ってしまう、そんな魅力を持ってる。


「志歩ちゃん、今のは反則だから」

「なんの事ですか?」

「不意打ちは反則なんだよ!」

「???」


怪訝そうに首を傾げるいんちょーちゃんは、こっちの事に関しては鈍感らしい。
しっかりしてそうで、たまに抜けてるところがある。こういうところがあるから、きっと放っておけないと思うんだ。岩ちゃんがいい例だ。
普段あまり女の子と接点無いのに、いんちょーちゃんの事は途中まで送ってあげたりしたのは、きっとそういうのがあるから。


「もう今日は買いもの終わり!それより俺に付いてきて」

「ちょ、どこに行くんですか及川君…っ」

「付いてくれば分かるよ」


志歩ちゃんの手を握って早々にスポーツショップを後にし、向う先は予め調べておいた人気の喫茶店。
賑やかな通りを先導切って進み、いんちょーちゃんに振り返って見えてきた建物を指さす。それを見た彼女の瞳は分かりやすく光った。


「甘いもの、好きなんでしょ?」


何も知らなかったワケじゃない。俺だってリサーチくらいちゃんとする。
いんちょーちゃんの好きなものや苦手なものは、彼女の友達に聞いて回ればすんなり分かった。


「ここ、紅茶とケーキが美味しいって人気なんだ」

「そ、そうなんですか…」

「でもここ、ちょーっと条件付きなんだよね」

「どういう事ですか?」


人気なお店ほど、予約が必要だったり、他のお店には無い条件が提示される。このお店は店内を見れば一目瞭然だ。


「ここ、カップル限定なんだよね」


いんちょーちゃんは無言で俺を見上げた。


「……及川君、」

「志歩ちゃん。今は徹って呼ぼうか」

「私達、」

「ああダメダメ。お店近いんだから余計な事は口にしちゃダメだよ」

「ですが、」


いんちょーちゃんは嘘をついて入店するのに抵抗があるらしい。
あと十歩でも歩けばお店に辿り着く距離から見えるそこの看板には、入店時に【カップルとしての証明をしていただきます】と書かれている。
たぶんハグとか恋人繋ぎとか、そういうのをして店員さんに見せればいいと思うんだよね。簡単なことだし、そんなに深刻に考えることないと思うけどな。


「もしかして、好きな人いるの?」

「いえ、そういった人はいませんが…」

「じゃあ良いじゃん」

「よくありません。ここ、うちの学校の生徒もたくさん通りますよ。及川君が誤解されます」


自分より俺の心配するあたり、さすがいんちょーちゃんだね。分かってはいたけど、ほんと他人優先しすぎ。
こういう真面目なところも俺は好きだけど、今日は柔軟な対応をしてほしいから俺はこのペースを崩してあげないよ。


「でも、俺もここのケーキ食べたいし、いんちょーちゃんも食べたいでしょ?利害は一致してるよね?」

「う…」

「条件のことなら俺が何とかするから、いんちょーちゃんは大船に乗ったつもりでいなよ」


もうこれ以上は聞きません!
俺は彼女の後ろに回り込んでその背中をグイグイ押して突き進んだ。


「ま、待ってください及川く…」

「徹ね」

「っ、」


お店の入口手前でそっと彼女の耳元で注意し、ついにお店のドアを開けた。
さあ、志歩ちゃん。いつもの君の対応力を期待してるからね。

笑顔で俺達を迎えてくれた女の店員さんに笑顔を向け、俺は志歩ちゃんと手を繋いで堂々と足を踏み入れた。