18.歩幅一歩、特別になる
恋人じゃないけれど。
甘いイチャイチャしたこともするような関係じゃないけれど。
「さてさて、何を食べようか志歩ちゃん」
「……悩ましいですね、徹君」
「あの、お客様。彼女さん、遠くを見つめてらっしゃいますけど大丈夫ですか…?」
――カップル限定喫茶店。入店条件、カップルである証明をすること。
外装はいたってシンプルなのに、内装は淡いピンク系に統一された女の子が喜びそうなお店。
二時間食べ放題で、初々しいカップルのためなのもあり、一つ一つのテーブルの横に半透明の仕切りが施されているんだ。
ちょっとした個室な空間って感じだから、周りの目を気にする必要もない作りになってる。
そんな喫茶店に俺といんちょーちゃんは今まさに来てるワケ。
いんちょーちゃんは甘い物が好きらしく、このお店はケーキと紅茶が美味しいと評判なのもあり、俺はここをチョイスした。
まあ、入店するためには俺達がカップルである事を認めてもらわなくちゃダメなんだけど、そこは流石はいんちょーちゃん。俺に合わせてくれたから無事入店。
そのままお店の奥の端の席へと案内され、志歩ちゃんはカバンを置くと安堵の息をついた。
「はぁ…。最初からクライマックスと言うのは、こういう事なんでしょうか」
「あれれ?もしかして疲れたの志歩ちゃん」
「私は君と違ってこういった事に慣れてませんから…」
「残念ー。俺もこういうお店は初めてだよ」
うわ。そんな目を丸くして驚くほど意外だった?
けど、今までバレーボール一色と言っても過言じゃない生活を送る俺が、こういう所に来るって言うのもなかなか難しいものだと思わない?
まあ、誘われた事は何度かあるけど気乗りしない時に言われてもやっぱり足が向かないもんだね。
「でも無事に入れて良かったね。及川さんの言った通りだったでしょ?」
「…君は最初からノリノリでしたもんね」
「フフン。どうやって入ったら一発OKか考えてたからね。仲良しな印象があれば簡単だよ」
その場の勢いっていうのもあるけど、志歩ちゃんと手を繋いで肩がくっつく距離で体を寄せ合って笑顔。
志歩ちゃんの笑顔は時に有無を言わせない圧力があるから、女の店員さんもすかさず通してくれたもんね。
「思ってたよりも落ち着きのある雰囲気なお店ですね」
「そうだね」
「及川君は、」
「徹」
「……入店出来たのにまだ続けるんですか?」
「当たり前だよ。怪しまれたら追い出されちゃうよ?」
「え。そうなんですか?」
「志歩ちゃんは知らないみたいだから教えてあげるけど、こういうお店は嘘がばれたら即追い出し」
「…!」
「あんなに美味しそうなケーキがたくさんあるのに、一つも食べられずに帰らされるんだよ?そんなの嫌でしょ?」
「…そ、そんな恐ろしい罰が、このお店にはあるんですか…!?」
うわあ…。こんなに信じてくれるなんて思わなかったけど、やっぱり好きな物が目の前にあると違うなぁ志歩ちゃんは。
これが作り話だってバレたら怒られるかもしれないけど、今の志歩ちゃんの反応新鮮だからこのまま通そう。
「うん。分かってくれた?」
「…理解しました」
ふう、と一度深く呼吸した志歩ちゃんは顔を上げた瞬間キリッと真剣な表情で告げた。
「では、ケーキのために続けましょう。徹君」
「ウェーイ!」
たしっ。俺と志歩ちゃんはハイタッチを決めて、それぞれ大きめのお皿を持って出陣した。
***
もきゅもきゅもきゅ。そんな効果音が似合うくらい、今向いに座ってる志歩ちゃんは幸せそうにケーキを頬張っている。
お皿にきれいに並べられた色とりどりのケーキというケーキ。それを一口サイズに切って食べてる志歩ちゃんは、まるでハムスターのようだ。
こんなに緩んだ顔をする志歩ちゃん、初めて見た。普段とのギャップがすごい。なんだろう、見てるとこっちまで自然と表情が緩む。
「志歩ちゃん、そのケーキそんなに美味しい?」
「はい、とても」
真面目でどちらかというと大人な雰囲気の志歩ちゃんが、年相応な感じで、今までで一番近い距離に感じる。
普段いんちょーって呼ばれてるから、しっかり者ってイメージも強いけど、こう見ると志歩ちゃんも普通の女の子なんだよな…。
「このチョコのケーキ、甘すぎなくて美味しいですよ。こっちのチーズケーキも後味サッパリしてて食べやすいです」
「あ、人気トップ2のだね」
「及か…徹君も良かったら食べてみてください。美味しいですから…!」
すごい!あのいんちょーちゃんが、志歩ちゃんが、眩しい位に瞳を輝かせてお皿ごとケーキを俺に差し出している…!!
こんなにも主張してくるなんて今までなかった。きっとそれだけこのケーキは志歩ちゃんにとってお気に入りになったに違いない。
「ありがとう。それじゃあ一つ貰うね」
「いえ。一つと言わず、二つでも三つでも」
「いや、そんなに取ったら志歩ちゃんのが…」
「そんなこと気にしなくて大丈夫です。あっちにはまだ山のようにありますから…!」
「じゃ、じゃあ、貰うね。あ、志歩ちゃんも良かったら俺が取ってきたスパゲティー食べなよ。たまにはしょっぱいもの食べて口直ししたら?」
彼女と同じようにお皿ごとスッと前に出したら、志歩ちゃんの表情は打って変わって真剣なものになった。
「今ここでスパゲティーを食べたとしてその後の胃袋にはあとどれくらいケーキが入るんでしょうかもしかしたら三つ分は埋まってしまうかも否もしかしたらもっと…」
「志歩ちゃん。また連れて来てあげるから、とりあえず深刻に考えるのやめようか」
俺が思ってた以上に志歩ちゃんは甘いもの好きだった。
少し躊躇しながらも志歩ちゃんは俺が勧めたスパゲティーを小皿にとって食べ始めた。
麺がもちもちしてて美味しいです、だって。でもケーキ食べてる時の表情を比べると圧倒的にケーキの方が幸せそうなんだよね。
俺も折角だし志歩ちゃんが勧めてくれたケーキをフォークで刺して一口で頬張る。
勿体無い!って顔が訴えてる!すごいね志歩ちゃん。普段からそんなに表情に出てたら印象ガラリと変わりそうだよ。
「あんなにも美味しいケーキを、たった一口で食すなんて…」
「でも美味しいのはちゃんと伝わってるよ!」
「…もっと味わえたでしょうに…」
「大丈夫。俺より志歩ちゃんが味わってるなら問題無いよ」
「…どういう意味ですか?」
「だって、俺よりもずっと甘い物が好きな志歩ちゃんが表情緩むくらい美味しそうに食べてくれてるんだし、作ってくれた人も、ケーキも本望でしょ」
志歩ちゃんは突然自分の顔を両手で挟んだ。
「私…そんなに緩んでましたか?」
「うん。可愛いくらいにね」
にっこり笑顔で告げると志歩ちゃんはグググっと眉間に皺を寄せた。
「何で!?」
「そんなだらしないくらいに緩んでいたなんて…。お恥ずかしい所をお見せしました」
「いや、全然だらしなくないから。ほんとに可愛かったから気にする必要無いよ」
だからその手をどけてどけて。抵抗する志歩ちゃんの手首を掴んでヒョイと外せば、彼女は物言いたげに俺をジッと見つめてくる。
何だか今日は志歩ちゃんの方が子供っぽいね。自然と伸びた手は彼女のサラサラの髪を優しく撫でた。
「お、及川君にあやされてる…!?」
「何でそこで衝撃受けるの!?俺がこうすると普通女の子は喜ぶんだからね?あと【徹】ね!!」
やっぱり志歩ちゃんはちょっと変わった女の子で面白かった。
その後も彼女は色んな種類のケーキを持って来ては美味しかったのを俺に勧めてくれた。
甘い物は別腹と言うのはこういう事を言うのか。志歩ちゃん、学校で見てるとそんなに食べないのに今回は驚くくらい食が進んでる。
ご機嫌な時にこういう事聞いたら不機嫌にさせてしまいそうだけど、志歩ちゃんなら大丈夫かな。
「ねえねえ志歩ちゃん。ケーキいっぱい食べてるけど、体重とか気にしないタイプ?」
「ここでそういった話題を出してくるあたり、徹君はデリカシーがありませんね」
「いや、それは分かってたんだけど!志歩ちゃん、普段じゃ絶対食べてない量食べてるから気になっちゃって」
また一口ケーキを口に入れた志歩ちゃんはハムスターみたいにもきゅもきゅしながらフォークを置いた。
「前にもお話したかもしれませんが、運動をしていないワケじゃないのでその辺は心配要りません」
「飛雄とバレーやってるから?」
「それもありますけど、お風呂上りに柔軟だったり筋トレも取り入れてます」
「そうなの!?」
「バレーをやってた頃の習慣はそう簡単に抜けませんからね」
眩しいくらいににっこり笑顔を浮かべた志歩ちゃん。
まるで、残念だったな弄れなくて、とでも言いたげな圧のある笑顔だ。くっ…なんかちょっと悔しい!
「あ、バレーで思い出した!志歩ちゃん、スマホ出してスマホ」
「どうするんですか?」
「俺達こんなに仲良くなったのに未だに連絡先知らないんだよ。ほら、部活の連絡網とかもあるだろうから教えてよ」
「それもそうですね。分かりました、ちょっと待って下さい」
カバンからスマホを取り出した志歩ちゃんからそれを受け取り、俺はささっと彼女のアドレス帳に自分のを登録した。
そしてLAINにも友だち登録完了!…一番上に飛雄があるのが何かムカツクけど、これは仕方無い。消したら間違いなく怒られる。―――って!!
「何で岩ちゃんとマッキーとついでにまっつんが俺より先にLAINに登録されてるの!?順番おかしくない!?」
「この前の部活後に聞かれたので。あ、グループにも入れてくれたんですよ。花君が招待してくれまして」
「おのれマッキー…!これワザとだな…!!俺にだけ内緒にしてたの絶対ワザとだな…!!」
「及川君は女の子の名前でいっぱいだからこれ以上友だちの数を増やせない可哀想な奴なんだって言ってましたよ。なので仕方のない事だと思いますが」
「それマッキーの嘘だから!友だち登録数の上限超えるほど登録してないし!それにそんなに親しくもない女の子を登録してないから!」
勢いに任せて言い切ったせいか息がゼーゼーと荒くなってる事に気づいた。クールビューティーで売ってるのにこんな様は良くない。
慌てて呼吸を整えて身なりを正したは良いものの、志歩ちゃんはそんな俺を見てくすくすと笑っていた。
「…志歩ちゃん、何笑ってるのさ」
「ふふ…。だって及川く…」
「と・お・る」
「すみません。…だって徹君、忙しなく表情ころころ変えて、見ていて飽きないんですもん」
あの眩しくて圧のある笑顔じゃない、志歩ちゃんの素の笑顔。大きな口を開けて笑うんじゃなくて、控えめで、けれど、心からの笑顔。
そういうのを不意打ちで見せられると俺はいつもくすぐったくなる。笑われてるのに、こっちまで胸が温かくなって嬉しくなるんだ。
「ねえ、志歩ちゃん。このお店気に入った?」
「あ、はい。とても」
「じゃあ、また来る?」
「え?」
「勿論、俺とね」
ちょっとした駆け引き。きっと俺の表情を見たら志歩ちゃんは察しがつくだろう。今まで何度か繰り広げたやりとりだからね。
それでも伸るか反るかは彼女次第。だけどね、俺はこれから君が何て言うかだいたい察しがついてるんだ。
「徹君は、私とまたここに来たいと思ってくれたんですか?」
「え、」
「今日、君にここへ連れて来てもらえて本当に嬉しかったです。美味しいケーキと楽しい時間をくれたのは、全部徹君ですから」
……あれ、どうしよう。なんか全然違う。さらりと一言言われるだけと思ってたのに。
「最初は戸惑いましたが、思い返せば貴重な体験もできましたし、有意義な時間を過ごせました」
「え、あ、うん。そっか、それなら良かっ…」
「で、徹君はまたここに私と来たいのですか?」
―――負けた。
志歩ちゃんに言わせようとしていた言葉を、俺が言うターンにされた。さすが志歩ちゃん。そう簡単には受けてくれないよね。
「…そうだね。また志歩ちゃんと来たいよ」
「ふふ。分かりやすいくらいに拗ねてますね」
「志歩ちゃんが思い通りに言ってくれないからでしょー」
「ああもあからさまだったら、私じゃなくても同じ展開になりそうですけどね」
穏やかに笑った志歩ちゃんは俺を見つめながらペコリとお辞儀した。
「今日は本当にありがとうございます、徹君。次の機会があったら、君に恋人がいない時にお願いしますね」
「及川さんはモテモテだからねぇ。俺が彼女作るか、それとも志歩ちゃんが誘惑に負けるか。どっちが先かな」
見つめ合った俺達は同時に笑みを零した。
この居心地の良さに浸かってしまったら、例え志歩ちゃんの事を女の子として好きになっても当分は恋人になるには時間がかかりそうだ。
「今度は岩君達とも一緒に来たいですね」
「そんな事したら志歩ちゃん何股だと思われるか分かって言ってる?」
うん。恋愛にはまだまだ遠いのは間違いない。