20.きみはトクベツ



2セット先取した方が勝ちの試合で、現在は1セット目の13-13の同点。
威力のあるスパイクをブッロクした時に怪我をした志歩ちゃんに代わってコートに入ったはいいものの…。


「……」

「……」


背後から突き刺さる飛雄の視線が煩い。中学の頃は俺の所に来ては「サーブを教えてください!」とか「トスを教えてください!」とかまだ可愛げあったけど。
今や完全にライバル視線というか…。何なんだろうね、同じチームなのに、この敵視されてる気分は。


「ちょっと。もう少し場の雰囲気とか理解しなよ。志歩ちゃんのために協力して勝とうとは思わないワケ?」

「勿論勝ちます。姉さんの敵は俺が取ります!」

「だったら何でさっきからずっと睨んでくるんだよ」


飛雄は俺をジト目で見たままムスッと唇を尖らせる。言いたい事があるならハッキリ言えば良いだろ。何なんだよさっきから。
余計な事へ神経を向けていたら試合に集中出来ない。本当は続けたかったはずの志歩ちゃんのためにも、ここはカッコよく勝利を掴まないと男じゃないし。

相手チームの一人がボールを受けとってサーブの位置に付いた。さてさて、どんなサーブで来るのかな。


「…最近、姉さんからバレー部の話がよく出ます」

「あのさ、今から相手のサーブが来るんだけど」

「高校入ってから、あんなに楽しそうに話す姉さん見たの久し振りで…」


俺の注意を無視して飛雄は静かに続ける。志歩ちゃんの話してるみたいだから聞きたいけど、そっちに神経向けたら―――。


「だから…」


ドッ。強烈なサーブが飛雄に向かって放たれる。


「飛―――」


振り返った瞬間、ギランとつり上がった目を光らせた飛雄は、その強力なサーブを受けとめ、


「久しぶりの試合で姉さんを退場させた山島さんに俺は負けねぇぇぇええ!!!」


気迫を詰め込んだ叫びと共に上がったボール。周りの人をも圧倒させるその迫力に一瞬飲み込まれそうになるも、俺は直に攻めの態勢をとった。


「分かってんなら決めてみせろ!」

「はい!!」


こんなこと、誰が、いつ、想像できようか。
この俺が、あの飛雄にトスを上げて、それを飛雄がスパイクするなんてさ。

中学時代に同じポジションであって、セッター同士で競ってきた。こいつのトスは本当に天才的な技術を持ってる。だけど、一番必要なものが欠落している。
それが何なのか、こいつはまだ分かってないだろう。だけど、だからこそ、俺はまだ飛雄に負けてない。負けられない理由がある。

飛雄が上げたレシーブを、もう一度あいつに上げてやる。さあ、受け取れ。お前が100%打ちやすいと思えるトスをくれてやる。


「ドンピシャ!!」


スパイカーが最高打点に到達した瞬間に、一番高い位置でそこにボールは届く。
完璧なタイミングで打ち下ろされたボールは誰の手にも触れることはなくコートの中で大きく弾んだ。


「よっしゃー!」


俺達のチームに1点加算される。悔しそうな顔をする相手チームの表情を見て、俺と飛雄は思いきりハイタッチした。
…して、我に返った。何で俺が飛雄とハイタッチしてるワケ!?
すぐ様手を離して距離をとる。ああヤダヤダ。コテンパンにしたい奴その2だって言うのに、俺は何やってんだか。


「お、及川さん!」

「…なんだよ」

「今のトス、完璧でした!すげー手に馴染んで、しっくりきて!」

「トスを上げたのは俺なんだから、そんなの当たり前でしょ」


そんな分かり切ったことを今言う必要ないと思うけど。なんて思っていたら、後ろから「及川君!」と志歩ちゃんが呼ぶ。


「ナイストスです!素晴らしいです!カッコ良かったですよ!」

「え!?ほ、ほんと!?」

「はい!飛ちゃんが打ちやすい高さに完璧に合わせたトスも、そこまでの流れも、本当に流石としか言えません!」


あ、あの志歩ちゃんが…あんなに瞳を輝かせて俺を褒めてる!しかもいつもよりテンション高くなってるせいか、ものすごく元気!
本当なら自分がやりたかった事なはずなのに、あんなにも嬉しそうに楽しそうに言ってくれるなんて…!


「まあ、この及川さんにかかれば、例え飛雄だろうと上手く使ってみせるよ。期待して見ててよ」

「姉さん!俺だってトスなら及川さんに負けてない!」

「どこを見てそんなこと言ってんだよ!?お前なんかまだまだだバーカバーカ!」

「ッ!す、少なくとも!姉さんに上げるトスなら誰にも負けません!!!」

「今その志歩ちゃんコートにいないじゃんか!!」


って、飛雄とこんなこと言い合ってる場合じゃないだろ。1点取り返しただけなんだから、ここで気を抜いてられない。
それに、学校じゃ絶対見られない志歩ちゃんのあのワクワクした姿、今日しっかり見とかないと当分見られない気がする!


「志歩ちゃん!この試合絶対勝ってみせるから、そこで俺の事しっかり見ててよ!」

「!! 及川さん、姉さんとどういう関係ですか!?さっきから名前で呼んでますけど、付き纏ってたらいくら及川さんでも許しませんからね!!」

「人をストーカーみたいに言うな!!」


この後も飛雄は何度かつっかかってきたけど、それでもバレーのセンスは腹立つくらいあって、流れは完全にこっちのものになった。
そして流れは切られることなく俺達は2セット先取し、第一試合目を見事勝利した。

チームの人から「よくやってくれた!」とたくさん褒められ、中には背中を思い切り叩かれたりしたけど、ちゃんと貢献できて良かった。
気分が良いまま俺は怪我をしてしまった志歩ちゃんが気になってコートの外に目を向けた、けど―――。


「飛ちゃんさすがだね!もう見ててすごく興奮したよ…!トスだけじゃなくてストレート決めるの上達したね!」

「姉さんが練習付き合ってくれたお陰だ。あ、あと、怪我…大丈夫か?」

「うん、手当してもらったから心配いらないよ。ありがとう、気にかけてくれて」

「あ、当たり前だ!姉さんは俺にとって誰よりも大事な人だ!姉さんのことだったら何でも気にかける!」


真顔でとんでもなく危ないニオイのする発言してるの気づいてないだろあいつ…。
けど、あんなにも志歩ちゃん第一な発言聞いてると、まるでシスコンだな。もしかしてマジなの?重度のシスコンなの!?
いや、それよりもさっきから志歩ちゃんの近くにいすぎだろ。姉弟なんだから別に不自然じゃないんだろうけど、なんだろう…すごくムカツク。

俺は早足で二人との距離を縮め、こちらに背を向けてる彼女に躊躇なく腕を伸ばした。


「志歩ちゃーん。及川さんつかれたー。癒してよー」

「ひゃっ…!お、及川君…!?」


背後から志歩ちゃんに抱きついて彼女の頭に自分の顔を寄せる。細い肩だなぁ。腕もそう。華奢な体なのに体力あるし、サーブの威力も高い。ホントすごいよね。


「ちょっと及川さん!姉さんが困ってるじゃないですか!離れてください!!」

「ヤダね。バーカバーカ!」

「はあ!?」

「俺は今試合の後で疲れてんの。その疲れを取るためには、こうして志歩ちゃんに癒してもらうのが一番効果的なんだよね」

「そ、そんなの俺だって同じです!」

「お前はさっきから志歩ちゃんとたくさん話してただろ。今度は普通に考えて俺の番じゃん」

「順番とか関係ありませんから!つか、ほんと及川さん姉さんの何なんですか!?」


クワッと大口開けて問い詰めるだけじゃなく、志歩ちゃんから俺を引き剥がそうと腕を掴んで来る飛雄はホント鬱陶しい。
俺達の間で困惑してる志歩ちゃんは、どうにか俺達の争いを止めようと何か言ってるけど、今の俺達はお互いに火花を散らして敵意むき出し状態。
そう簡単にお互い譲ったりできないんだよ。何せ俺達は揃ってセッターであり、ライバルなんだから。


「お前の姉さんにとって、俺がどんな存在なのか、そんなに気になる?」

「っ、当たり前です!大事な姉さんに害虫を付けるワケにはいきません!!」

「誰が害虫だ!埋めるぞホント!」

「ちょ、二人共…!」


俺達のやりとりを聞きつけて、試合じゃない人達が「何だ?どうした?」と少しずつ集まってくる。
思い返せば志歩ちゃんと出会ってから飛雄の存在は気に入らなかったんだ。だったらここで、少しでも姉離れしてもらうとしようか。


「ねえ、志歩ちゃん。俺達がこの前行ったお店…覚えてる?」

「え!?」

「楽しかったよねぇ、あそこ。男と女が二人きりの空間を作れて、他の誰の邪魔も入らない特別な場所」

「お、及川君っ、その話は…!」

「何の話しですか?まさか……姉さんを怪しい店に連れ込んだんですか!?」

「話しがややこしくなるからお前は入ってくるな飛雄!」


志歩ちゃんにとってあの時の放課後デートの話はまだ恥ずかしさを引っ張ってる。
このドシスコンの飛雄と俺の差を一気に突き放すにはもってこいの話題だ。志歩ちゃんも察しがついてるから早速頬が赤くなってるし、良い調子。


「あのお店の入店条件、覚えてる?そんじょそこらのお店と違って、そう簡単には入らせてもらえなかったよね?」

「及川君、一体何を企んで…」


俺は怪我を負ってしまった志歩ちゃんの手をそっと撫でるように持ち、その手を俺の頬へ触れさせた。


「特別な関係じゃないと入れなかったよね。…でも、俺達は入れた」


―――それがどういう意味を表してるか分かる?飛雄ちゃん。

そうして視線を飛雄に向ければ、あいつはプルプルと震えながら目を細めて俺を睨みつけてくる。
お。珍しく理解したのかな。こういった事に鈍感な飛雄が…。


「やっぱり姉さんに付きまとってるんじゃないですか!!俺の姉さんから離れろくださいコラァ!!!」

「日本語どこに置いて来たんだよお前は!?」


悲しい事にこのおバカちゃんは全く理解してくれなかった。
志歩ちゃんと俺はお前が思ってる以上に特別な関係なんだよバーカ!って分からせてやろうと思ったのに、どこまで無知なんだよこいつ!
ああもう!折角志歩ちゃんの珍しいところ色々見れたと思ったのに、飛雄のせいで散々だ!なんなのこいつ、少しは空気読めよ!


「面倒くさいなもう!志歩ちゃん、逃げよう!」

「え!?ちょ、ちょっと待っ―――ひゃあ!?お、下ろしてください及川君…!」

「及川さん!姉さんを抱えてどこに行く気ですか!?姉さんが嫌がってるでしょうが離せって言ってんですよコラァ!!!」


飛雄の相手をするのが面倒で仕方なくなった俺は志歩ちゃんをお姫様だっこして逃走。
けど、ドシスコンの飛雄は志歩ちゃんを奪還するべく俺を追いかけてくる始末。ああもう!どっちが害虫だよ!お前の方がよっぽどゴキ○リ並みにしつこいじゃんか!!


「あらやだ。志歩ちゃんがイケメンにお姫様抱っこされてるわ!いつの間に彼氏作ってたのかしら」

「今までいなかった方が不思議なくらいだ。あんな良い子、放っておく男がいるワケないだろ」

「うふふ。飛雄くんは、どうやら認めてはいないみたいだけどねぇ」


体育館の中を騒がしく走り回ってると、いつの間にか色んな人が俺達を見てて笑ったり応援してくれたりしてた。
少し横を向けばさっきよりも顔を赤くして恥ずかしがってる志歩ちゃんと目が合う。


「なんだかバレーしてる時と同じくらい楽しいね、志歩ちゃん」

「も、もう…下ろしてくださいぃぃ…!」


あまりの恥ずかしさからか、俺の肩に顔を埋めながら震えた声で「及川君のボケェ…っ」と言う志歩ちゃん。
ああ、なんだろう。志歩ちゃんの照れたり恥ずかしがったりする一面見ると、もっともっと見たくなって、同時にテンションが上がる。


「ねえ、志歩ちゃん」


俺、もしかしたら自分が自覚してないだけで、君にがっつりハマってるかも。