番外.甘さと悪戯をどうぞ



「トリック・オア・トリート!」


10月31日。今日はハロウィンである。
その昼休み。今日も今日とて女子に囲まれている及川。たくさんの女子からお菓子を貰いご機嫌な様子だ。
相変わらずモテモテの彼を面白くなさそうに遠くから見やる岩泉と花巻だが、そんな彼等の下に一人の女子が近づいてきた。


「岩君、花君」

「ん?どうした、いんちょー」


いんちょーというあだ名でお馴染みの影山志歩だ。男子バレー部のマネージャーであり、図書委員でもある。
岩泉とは一年の頃から同じクラスであり、花巻とは岩泉繋がりで知り合い、今では友人関係にある。


「あの、お二人は甘い物は食べられますか?」

「ああ、平気だけど」

「どうしたんだ、改まって」


両手で淡いオレンジと白で彩られた手提げを持っている彼女は、その中から一つの包みを取り出した。


「お二人には一年の頃から仲良くしていただいてるのも含め、今ではバレー部でもお世話になってます。これはその感謝の気持ちです」


二人の両手には志歩が作ったシンプルにラッピングされたスウィートポテトが手渡された。
スウィートポテトは一般的には丸みを帯びた細長い形をしているものが多いが、彼女が作ったのは楕円形で所々に模様が刻まれている。
よく見ればそれはまるでバレーボールの柄に見えた。良い焼き色をしていて、とても美味しそうに仕上がっている。


「おお…!!」

「ほ、ほんとに貰っていいのか?」

「勿論です。嫌いじゃなければ受け取ってください」

「ありがとな、いんちょー!いや、マジで嬉しいわ」

「サンキューな!」


素直に喜ぶ二人を見て志歩も安心した様に微笑む。差しいれを貰う事はたまにあるものの、こうして真っ直ぐに気持ちを向けて贈られるのはやはり嬉しいものだ。
早速頂こうと包みを開けようとした二人だったが、彼等の下に松川がやってきた。
彼に気づいた志歩は二人と同様に同じラッピングがされたスウィートポテトを手渡す。三人の男はほっこりと心温まる瞬間を迎えた。


「それにしても、及川君はすごいですね。あの大量のお菓子はちゃんと持って帰れるんでしょうか」

「去年も凄まじい量だったよな。さすがに食べ切れないとかで俺等も手伝ったっけ」

「ま、そんな俺達も甘いもの尽くしで途中放棄したけどな」

「貰う側も大変だよね」


教室のドアの前でいく人もの女子に囲まれながら賑やかな会話を繰り広げる及川。ハロウィンお馴染みの呪文を何度も答え、その度にお菓子受けとっている。
あれはあれで疲労がたまりそうだ。乾いた笑みを浮かべる岩泉達の傍で、志歩だけは神妙な顔をして及川を見つめた。


「あ。すみません。私そろそろ図書委員の当番があるので行きますね」

「そっか」

「これ、ありがとな!」

「今お菓子持って来てないから、今度オススメのあげるよ」

「ありがとうございます」


三人にペコリとお辞儀をした志歩は一度手提げを机に置いてから、及川達がいるドアとは反対のドアから教室を出て行った。
その後少ししてやっと解放された及川は、三人が美味しそうにスウィートポテトを食べている事に驚いた。


「どうしたのそれ!誰から貰ったの!?」

「女子だ」

「女子だな」

「女の子」

「いや、俺が知りたいのはそういう事じゃなくて!」


誰にもらったの?と尚も聞いてくる及川に、志歩から貰ったと敢えて教えない三人は意地悪に笑う。
両手の大きな紙袋にいっぱい入ったお菓子の山。お前はそんだけもらえてるんだから別にいいだろ、と彼等は言う。
しかし、納得いかない及川は三人の持つスウィートポテトをジト目で見やるが、彼はそのポテトの形がバレーボールの模様をしている事に見覚えがあった。


「岩ちゃん、それに似たやつ一年の頃にも貰ってなかったっけ?」

「……よく覚えてんな、お前」


驚く岩泉を余所に「え、何。一年の頃もコレ貰ってたの?」と問う松川。岩泉は少し驚いたままコクリと頷いた。


「普段あんまり女の子と接触しない岩ちゃんが、あの岩ちゃんが去年も貰ってたんだよ!これと同じようなやつ!あの!岩ちゃんが!!」

「クソ及川ぶん殴るぞ」

「じゃあ、別に俺達が言わなくても、コレを誰から貰ったか分かるんじゃないの?」


松川の問いかけに及川は悔しそうに首を振る。


「残念ながら去年も俺が気づいた時には受け取った後で、それをくれた子はもうその場には居なかったんだよ」

「へえ。そりゃ残念だな」

「あの時は岩ちゃんだけ貰ってたけど…今年はマッキーとまっつんまで受けとってるし…」


及川は顎に手を添えてしばし考え込むと、不意にハタとして顔を上げた。


「ねえ、もしかしてそれくれたの…」

「及川君ー!」


タイミングが良い事に、及川が全てを言いきる前にまたしても女子の群れが彼に会いにやってきた。
ぐぬぬ…と残念そうに表情を歪める彼を「ざまあ」と笑う三人は助ける気は一切ない。
後ろ髪引かれる思いを持ったまま、及川は自分を求めてやってきた女子達に渋々笑顔を浮かべて向き直った。
三人はそんな彼を見送り、いい焼き色をしたポテトを頬張る。


「ん!うっま」

「久々に食べだけど、スウィートポテトってこんなに美味かったっけか」

「…おかわり無いんだっけ?」

「松川もう食べたのかよ。早すぎだろ」

「美味かった」

「ああ、まだいけるな」

「岩泉まで…。お前等、俺のは絶対やらないからな」

「あの子に聞けばまた貰えるかな?」

「影山のことだから、まだくれそうだけどな」

「…少しは遠慮しろよ」


呆れた眼差しを浮かべる花巻だったが、無言で掌を差し出してきた二人を見て彼はそっと席を立った。


***


その日の放課後、及川は戦慄していた。
部室に行けば先輩後輩達が緩んだ顔をしては、その両手に大事そうにシンプルにラッピングされた包みを持っているからだ。
しかも何度も瞬いても目を凝らしても彼等が持っているものは昼休み岩泉達が持っていたアレと同じだ。
自分だけが貰っていないそれ。及川は自然と沸き立つ悔しさに体を震わせながら誰よりも先に部室を飛び出した。

あれを配ってる人は見当がついてる。自分が把握した限り、男子バレー部員が主に貰っていた。
あとは女の子数人だったから、おそらく彼女の友人だろう。それなのに自分だけ貰えないのは何故だ。授業の合間の休み時間だって教室に一緒に居たのに。
もしや、自分がたくさんの女の子からお菓子を受け取っていたからだろうか。だから彼女は遠慮して…それでくれないんだろうか。
あくまでもポジティブ思考でいくが、脳裏を過るのは部室でニヤケていた部員たち。
普段及川を見てはズルイ、羨ましいと嘆いている彼らなのに今回は逆だ。彼等が羨ましいと思ってしまう。

体育館が見えてきた所で、今まさに自分の頭の中を占めていた彼女の後姿があった。
ふわりと揺れる髪。華奢で細い肩。自分よりも小柄で小さな手。けれども、その内に秘めるバレーへの情熱と他人を思いやれる優しさを持つ彼女。
及川は一瞬の躊躇の後、後ろからその体を抱きしめた。
刹那、鼻孔をくすぐるのは彼女の香り。ほのかに甘い、落ちつく匂い。けれども今日は少し違う。幾人もの人の手にあったあの甘さと同じ香りを纏っていた。


「びっ、くり…しました…。及川君でしたか」


本当に驚いたのだろう。目を丸くして振り返ってきた彼女は僅かに緊張から肩を跳ねさせていた。
少し罪悪感が芽生えたが、今はそれを上まる子供みたいな気持ち。
顔を上げず、彼女の首下に顔を埋めたまま及川は何も言わない。ただ彼女を抱きしめる腕だけがギュッと力強さを増した。


「…及川君?」


渡り廊下のど真ん中で大胆なことをされていると自覚がある志歩は少し困惑しながら彼の名を呼ぶ。
しかし、彼は声を発することはなく、黙ったまま志歩を抱きしめる…というよりは、抱きついてる状態だ。
このままこうしていて、もし誰かに見られでもしたらちょっとした噂になってしまうかもしれない。
しかも、その相手が及川のファンなら、彼が休む時間は今よりももっと減ってしまうだろう。

志歩はまだ辺りに誰も居ない事を確認してから、今度は自分を包む彼の手にそっと触れて名を呼んだ。


「あの、及川君」

「……」

「この状況…さすがに話しを聞かせてもらわないと分かりません」


触れ合っている彼の手がピクリと動いた。のっそりと顔を上げ、くっついてた体の距離が僅かに離れる。


「…志歩ちゃんは」

「…?」

「……俺だけ、除け者デスカ」


覗きこんだ彼女の表情は、意味が分かりません。と訴えていた。


「だって俺にだけくれてない!俺だけ貰ってないー!」

「何をですか?」

「誤魔化したって無駄だよ!岩ちゃん達にはあげてるのに、俺にだけ…!だから、スウィートポテト!」


皆まで言い切った及川の頬はぷっくり膨れ、拗ねてますと分かりやすく伝えている。
時々目にするこの子供っぽくなるところを志歩は密かに可愛い人だなと思っているが、本人にはあまり伝えたことが無い。
現に今も僅かに上がりそうな口角を何とか抑えているのに、自分の背中にぐりぐりと額を押し付けてくる及川に彼女はとうとう堰(せき)を切ってしまった。


「ふ…っ」

「…なに笑ってるの」

「だって……ふふっ。及川君、」


隠しきれない笑みを零しながら志歩は緩んできた及川の腕を解いてくるりと向い合せになった。
不意打ちの彼女の行動によって至近距離で見つめ合う状況になった及川は思わず目を丸くする。
けれども志歩は相変わらず笑みを浮かべたまま、そんな彼に穏やかに笑いかけた。


「そういうところ、可愛いですね」

「はい!?」

「素直に気持ちを真っ直ぐに伝えてくるところ。とても和みます」


甘いお菓子はたくさん貰った。
女の子達からの甘い好意の言葉も貰った。
けれど、志歩がくれたのはそれとはまったく違って。何よりも自分に溶けきれない甘さと熱を乗せた眩しい程の笑顔。
自然と体が熱くなっていくのが分かる。及川は顔に集まってくるそれを冷ます術もなく、彼女から逃げるように三歩下がり両手で顔を覆った。


「男を可愛いとか言わないでよ…」

「事実です」

「それでも言わないの!」


今の場合、果たしてどちらが男なのか。優勢が志歩なのは一目瞭然。
空いた距離を埋めるように志歩は二歩近づく。指の隙間からチラリと窺ってきた及川のジャージの裾を彼女はクイッと引いた。


「及川君、」

「…なに」

「後で渡したい物があります」

「…!…」

「部活が終わったら少しだけ時間を頂けますか?」


小首を傾げて問うてくる声は甘すぎる程に優しく丁寧。悔しくもこの状況で彼女に敵う術も持ち合わせていない及川は口唇を横にきゅっと結んだまま小さく頷いた。


「でもその前に聞きたいんだけど…」

「何ですか?」

「…どうして、俺にだけ…」

「だって及川君、お菓子持ちすぎでしたし」

「…?」

「両手いっぱいにお菓子を抱えていました。それを短期間で食べるとなると、体に良くありません」

「えっと……つまり?」


やや困惑気味の及川に志歩は淡々と告げる。


「ですから、私がスウィートポテトまで渡せば、及川君はお菓子尽くしになってる中、更にお菓子と言う糖分摂取をする事になってしまいます」


それは栄養バランスを悪くするので渡せません。そう言いきった志歩は腰に手を当てて「分かってくれましたか?」と逆に尋ねた。
それでも及川は暫く口を開けたまま黙る。頭の中で彼女が自分の体調を気遣って渡さないでいたんだと理解した時には、自分の子供染みた考え方に更に恥ずかしくなった。


「ごめん、志歩ちゃん。俺…出来る事なら今すぐ穴に入りたい…」

「分かってくれたのなら、それで十分です。それと…こういう及川君、私は好きですよ」

「えっ!?」


ふわふわと柔らかに髪を撫でてくる彼女は、やっぱり余裕があって、今の自分を可愛らしいと思っているんだろう。
ふわりと浮かんだ微笑がそれを物語っている。こんな彼女に敵う筈が無い。
及川はくすぐったさを上まる照れと高揚する心臓に耐えきれず、自分に触れる彼女の手をサッと離し、逃げるように体育館に駆け込んだ。


「い、今の事!絶対に岩ちゃん達には言わないでよ!?絶対だからね!!」

「ふふ…。分かってますよ」

「や、約束だからね!?信じてるからね!?」

「はい。約束です」


いつになったらこの顔に溜まる熱は下がってくれるのだろう。
大事な友人。自分にとって他の異性とは違うタイプの珍しい彼女の存在。打ち解けているからこそ見せてしまう内側の自分。
恥ずかしいところばかり見られている気がしてならない及川は、岩泉達が来る前にこの気持ちをどうにか落ち着かせようとボールを持ってコートに立った。


「別に…独占欲とかじゃない…はず」


高く放られたボール。助走をつけて飛び上がる。しかし、視界にほんの少し彼女が映り込んだ瞬間、ボールに当たるはずだった振り下ろされた手は空しくも空を切った。


「及川空振りかよ。だっせー」

「何してんだよオイ」

「あ。もしかして…」

「違うから!全然そんな志歩ちゃん関係じゃないから!!」

「いや、別に影山の名前一度も出してねぇけど…」


こうして墓穴を掘った事で及川はニヤニヤと距離を詰めてくる花巻達に更なる追い打ちを食らう事となった。
部活後には約束通り志歩から彼女手作りのスウィートポテトを貰えた及川だが、渡される直前にも彼は羞恥を味わう事となった。


「及川君。トリック・オア・トリート」

「えっ、お菓子…!?何か持ってたかな俺……って!貰ったやつ全部部室に置いてきちゃった!」

「お?これはいんちょーの悪戯決定か?」

「いや寧ろ悪戯していいぞ影山。日頃のストレスぶつけちまえ」

「ちょっと!俺そんなに日頃からストレス溜めさせるようなことして……ない、よね?」


彼女は返事の代わりに無言で満面の笑みを浮かべた。


「志歩ちゃん!?」

「お菓子、ないんですか?」

「うっ」

「…そう、ですか。では仕方ありませんね」


悩ましげな表情をする一方で彼女の両手はワキワキと怪しげに動く。
一体何をするつもりなのか。じわじわと距離を詰めてくる志歩からジリジリと離れる及川を、両サイドから松川と花巻が取り押さえた。


「それでは、いんちょー」

「どうぞお好きなように」

「ありがとうございます」

「え!?ちょ、ちょっと…何?何する気!?」


直後、及川は志歩によるくすぐりの刑を暫くの間味わう事となった。
低抗が許されない状態の中、彼女が満足するまでくすぐられた及川はゼーゼーと荒呼吸。クールビューティーが見る影無い。
完全な敗北を叩きつけられた及川は、これまた悔しそうに唇をかみしめた。


「来年はこうはいかないんだからね!覚えとけよお前等!」

「では、来年のために別の悪戯を考えておかないといけませんね」

「そうだな。作戦練っておかないとな」

「俺イタズラされるの決定事項なの!?」


同情さえもしてくれない友人たちに笑われながらも、及川は自分の傍にいる志歩をじっと見つめ―――パクッ。
無防備な彼女の耳朶を甘噛みした。


「っ!?」

「言ったでしょ?【あんまり余裕ぶってると、噛みついちゃうよ?】って」

「…!?」

「やられっぱなしで俺が終わるワケないじゃん」


さあ、形勢逆転。下剋上。
ニヤリと悪戯に笑った及川に今度はジリジリと詰められる志歩。完全な不意打ちを食らい、彼女の頬は赤く動揺している。
しかしそんな中、一瞬だが及川は忘れていた。この場は決して二人きりの空間じゃないという事を。


「松川、花巻」

「おう」

「任せろ」


がしっ。再びサイドから動きを封じられ、正面には志歩を庇うように君臨した岩泉が黒オーラを纏って立ちはだかる。


「辞世の句はさっきのでいいか?」

「え…ちょ、ちょっと待っ―――」

「マネージャーに手ェ出してんじゃねぇぇえ!!」


高校二年のハロウィン。及川は何度も味わってきた幼馴染みの鉄拳で幕を下ろすのだった。