番外2.秋晴れ日和に並んで、
これは一年の頃に訪れた10月30日の話である。
「及川君ー!合言葉はー?」
「トリック・オア・トリート!」
「はいっ。今日のためにクッキー焼いてきたの!良かったら食べて」
「ありがとう。嬉しいなー」
「及川君ー。私お菓子持ってないの。だから…イタズラしてっ」
「ごめんね。女の子にそんなこと出来ないよ」
「えーっ。及川君だから良いのにー」
朝から女子の大群が及川目当てに列を作ってるのは何て光景か。
朝練を終えて自分の教室に向かっていた途中に目にしたその状態に岩泉はウンザリした顔を浮かべた。
腹の底では何を考えてるか分からない幼馴染は、今日も今日とて女子相手に笑顔を貼り付けてはお菓子を受け取っている。
自分には到底マネできない所業だ。岩泉は見てるだけで胸やけしそうな光景からさっさと目を離し、自分の教室へと足を踏み入れた。
お菓子よりもラーメン。ラーメンよりも揚げだし豆腐だろ。
単純だが、やはり好みが合わない以上、受け取る側でも大変な思いをしてる奴はきっといる。
だが及川はモテる自分が好きだ。モテている事に不満は微塵もなく、堂々としていて自慢さえしてくるから質が悪い。
騒がしい廊下とは違い、教室に入れば穏やかな空間に早変わり。このクラスはギャーギャー騒ぐような人があまりいないため、落ちついたクラスとなっている。
それはそれで居心地が良い岩泉にとっては、今の廊下と比べたらそれはそれは楽園と思えた。
「お疲れですか?」
「ん?…ああ、影山。おはよ」
「おはようございます、岩君」
一年の秋の終りに行われた席替えで隣の席となったのは志歩だった。この二人、最初の座席も隣同士だったため、この時には既に友人関係にあった。
女子よりは男子と話している事が多い岩泉だが、世間話でも志歩とはのんびり会話が続き、女子の中では話しやすい存在だった。
「朝から女子は元気だよなー。よくあんなに騒げるもんだ」
「ハロウィンですからね。盛り上がるイベントの一つですし、女の子にとっては一大イベントですよ」
「…そういうもんか」
「そういうもんです」
カバンを机横に引っかけて、その中から必要な教材をいくつか取り出した岩泉はページの端を折り曲げていたところで教科書を広げた。
「なあ、影山」
「はい」
「数学の宿題って、ここの問5までだよな?」
「はい、そうですよ」
「……」
「手伝いますか?」
「頼むわ」
無言の訴えが通じてしまうほど分かりやすかったのか、岩泉は自分の訴えをすぐに理解してくれたことにへらりと笑った。
真面目なのは性格だけじゃなく授業態度も同じな志歩は、コツコツと勉強もしているため成績は上位をキープしている一人。
そんな彼女に宿題を手伝ってもらうのは今回が初めてではない岩泉は、既に馴染んだように彼女の机に自分の机をくっつけて彼女の解説を聞くのだった。
***
それから時刻は昼休みとなり、岩泉は母親が作ってくれた弁当を取り出した。
無事に数学の時間も過ごすことが出来て安心して食事にありつけるのは有りがたい。
気分よく弁当を広げて黙々と食べ始めると、今まで静かに本を読んでいた志歩はパタンとそれを閉じてカバンを漁った。
「あの、岩君」
「んー?」
「さつまいもはお好きですか?」
「おお。嫌いじゃないぜ」
そんな改まってどうしたんだ?モグモグとおかずを租借しながら志歩を見やると、彼女は淡いオレンジと白の手提げから一つの包みを取り出した。
「ハッピーハロウィン、です」
シンプルなラッピングに楕円形をしたスウィートポテトが複数入った包みが机に置かれた。
予想外なサプライズに岩泉は目を丸くして彼女とそれを交互に見やる。その反応が面白かった彼女はくすくすと笑って口を開く。
「岩君には今までにたくさん助けていただいているので、その感謝の気持ちです」
「……いいのか?」
「勿論です」
ゴクリと口の中の物を飲み込んで、持っていたお弁当箱を机に置いてから彼は恐る恐ると彼女がくれたそれを手に持った。
「…こんな直々に女からプレゼント貰うの初めてだ」
「そうなんですか?岩君、カッコイイからたくさん貰ってると思ってました」
「かっ…!?べ、別にモテねぇよ、あいつと違って」
「あいつ?」
「あー…幼馴染が一人いるんだが、そいつがまあウゼエくらいにモテる」
「そうなんですか。…なんだか、苦労してそうですね」
「…分かってくれるか」
「岩君の表情が物語ってますので」
きっと日頃から苦労が絶えないんだ…。志歩は胸中で岩泉に同情し、そんな彼にもう一袋スウィートポテトを渡した。
さすがに悪い。と断ろうとした岩泉だが、部活後に小腹空くでしょう?と言われれば確かにそうだと頷いてしまう。
「ありがとな影山。ご馳走になるわ」
「感謝の気持ちですよ。お口に合うと良いんですけど」
「平気だろ。お前の弁当いつも美味そうだし。弟にも作ってんだろ?」
「はい。なので不味くはないはず…です」
「ははっ。そこは断言しとけよ」
穏やかな時間を過ごしていた二人だったが、志歩は図書委員の当番があることを思い出し、お弁当を軽く食べてから岩泉と別れて教室を出て行った。
彼女を見送った岩泉は、折角だから一袋食べよう。もう一袋はカバンにそっとしまい、ラッピングの紐を解いたところで、
「岩ちゃーん!」
ドサッ!そんな音を鳴らして幼馴染の及川が両手に大きな袋を提げて岩泉の前へと現われた。
「何しに来たんだよ」
「えー、何そのつれない感じ!岩ちゃん一人でお昼過ごしてると思って、この優しい及川さんがこうして会いに来てあげたんじゃん!」
「頼んでねぇよ。つか、その袋邪魔だ。どっか置けよ」
「仕方無いじゃん!女の子がいーっぱいくれるんだからさ!」
ブーブー言いながらも床に袋を置いた及川は岩泉の前の席のイスを借りてドッカリ座る。
そこできょとんとする。何故なら、今向かいに座っている岩泉が何やら珍しい物を食べているからだ。
「岩ちゃん、それ何?どうしたの?」
「あ?ああ、これか。貰ったんだよ」
「誰に?まさか女の子!?」
「…だったら何だよ」
「えええええ!?あ、あああのっ、あの彼女居ない歴=年齢の岩ちゃんが!あの岩ちゃんが女の子からプレゼントとか、あべし!!?」
「テメエはいつも一言余計なんだよクソ及川!」
叩かれた頭を摩りながらも身を乗り出した及川はマジマジと岩泉が持つスウィートポテト見やる。
岩泉には似合わないお菓子。それが今、彼の手に乗っている。しかもスゴク美味しそう!
「…岩ちゃん、」
「やらねぇからな」
「まだ何も言ってないけど!?」
「どうせ言うつもりだったんだろ。断る」
「ええー!1個くらいイイじゃん!」
「お前、そんだけ貰っておいてまだ欲しがるとか…どれだけ貪欲なんだよ」
「いや、だってそれ明らかに手作りだよね!?岩ちゃんに手作り物あげるって、そうとう物好きな子だよ!?」
「…お前、よっぽどぶん殴られてぇらしいな」
「ちょ、待った待った怒らないで!俺はただ興味が沸いたんだよ、その子に」
「はあ?」
「岩ちゃんに手作りのお菓子を渡すなんて……それって、俺のファンにはいるけど、岩ちゃんのファンでは見たことないもん」
いつになく真剣な顔をして考え込む及川だが、岩泉の彼を見やる目はゴミを見る目だ。
何気に自慢を織り交ぜて喋るあたり流石はクソ及川だと思っているだろう。
彼の呟きなど右から左へ流しつつ志歩がくれた最後の1つとなったスウィートポテトをパクリと頬張ったところで及川が「ああ!」と声を上げた。
「俺のスウィートポテト!!」
「俺のだバカ川」
ワザと少し大きめの声で「あー、すんげぇ美味かったわー」と言えば及川は悔しそうに眉根を寄せる。
大量のお菓子を貰っていながら、幼馴染のたった1つのスウィートポテトを羨ましがる体の大きい子供。
ズルイズルイ!と喚く彼をゴチン!と殴った岩泉は、さっさと席を立って移動しようとした。が、そこでも及川は簡単には行かせない。
「ちょっと岩ちゃん!結局誰から貰ったのそれ!」
「お前には言わねぇよ」
「何でさ!」
「どうせその女子見つけてからかいにでも行くんだろ」
「し、しないよそんなこと!」
「うろたえてる時点でアウトだ」
これ以上は聞く耳持たんと背を向けて教室を出た岩泉は、ポケットからスマホを取り出してLAINの上から三番目の友だち宛にコメントを送った。
≪美味かった。あっという間に完食しちまった。ところで今日少し時間あるか?良かったら帰りに寄り道しよーぜ≫
暫くしてスマホから震動が伝わる。画面を開くと先ほどの友だち【志歩】から返事が来ていた。
≪肉まんを希望します≫
「察し良すぎだろ」
月曜日は部活がオフ。貴重なオフを捧げるにしても十分すぎる存在だ。何せ宿題の手伝いだけじゃなく、サプライズまで用意してくれたのだから。
「世話になってるのは俺も同じだからな」
学生で、部活に力を入れてるためお小遣いは限られている。
そんな懐事情さえも読んでくれている彼女からの返信には思わず笑ってしまうが、だからこそ出来る範囲での礼は返したいと思うのは自然。
秋終盤。揃って靴をはき替えた二人は、紅葉の並木道をのんびり歩きながらホカホカの肉まんを揃って頬張るのだった。