1.ひ・み・つ
これは及川と志歩が知りあって日が浅い頃のお話。
「………」
「………」
一年目の冬休みを目前に控えたある日の昼休み、今日も図書室の当番で本に囲まれる時間を過ごしていた時のこと。
カウンターの奥にある部屋にて新作として入ってきた本を数冊手に取ってカウンターに戻ったら、そのカウンターに隠れるように一人の男子が身を潜めていた。
見覚えのある髪型からして、おそらく最近名前を知った及川君という人だと思う。
友人の咲ちゃんからの情報では、彼は女の子にすごく人気で、最近の告白ラッシュのせいで追われる身となっているそうだ。
冷たく言ってしまえば私には関係のないことなのだけど、こうして隠れなきゃいけないほど追われるのも大変だなと思う。
今日は天気が良いのもあってか図書室に来ている生徒の数はいつもより少ない。
だから目立つ存在である彼がこうして入ってきても誰も騒がないのかもしれない。
「……」
「………」
「及川君、」
「っ!!」
「…そんなにビックリしましたか」
肩を大袈裟なくらい跳ねさせて振り返ってきた及川君は私が後ろから出てくるとは思ってもいなかったのだろう。
目を丸くして私を見上げているが、その手は自分の左胸に宛がわれており、相当ビックリさせてしまったようだ。
「すみません。驚かせるつもりはありませんでした」
「あぁぁ…いんちょーちゃんか。良かったぁ、君で」
「今日も告白ラッシュ中ですか?」
「そうなんだよー。お昼ご飯くらいゆっくり食べさせてほしいよ」
本を抱えたまま及川君の目線に合わせるように私もその場にしゃがむと、彼が額に薄っすらと汗を滲ませている事に気づいた。
またここまで走って逃げてきたのだろうか。こんなにも大変な思いをしているなら、告白しようとしてる女の子達に一言注意をしたら良いのにと思ってしまう。
「あ」
「?」
「ちょっと待っててください」
冬だからこそ乾燥に気をつけましょうと図書室の先生がペットボトルに入った水を置いていってくれる事がある。
小さいサイズだから及川君でも飲みきれるに違いない。
まだ未開封である事を確認してからそれを及川君へ差し出すと、彼はきょとんとしては私を見つめてきた。
「…喉、乾いてませんか?」
「えっ。いいの?」
「生憎と食べ物はありませんが、水分くらいなら提供できます」
あ、でも。図書室では基本的に飲食禁止なので内緒でお願いします。
口元に人差し指をてて「内緒」を示す。すると及川君は私からペットボトルを受取ろうとした直後「ブフッ」と吹き出した。
「ちょ…いんちょーちゃん、図書委員なのに?」
「及川君が口外しないでくれれば問題ありません」
「うわぁ…すっごくキレイな笑顔だね。もしかして俺のコト脅してる?」
「いいえ、そんなまさか」
まあ、口外されてもそこまで咎められることはないと思うので心配はしていないけれど、及川君は「へえ」と楽しそうに笑った。
「君って俺の周りに居る様な女の子とは全然違うタイプだね。真面目で大人しいだけの子かと思ってたけど……ははっ、面白いね」
私から水を受け取った彼は躊躇なくキャップを開けてグビグビと良い飲みっぷりをみせた。
「いんちょーちゃんて、クラス何組?」
「5組です」
「へえ。じゃあ、ここ以外でもまた会うかもね」
「?」
学校なんだし、それは当たり前なのでは。そう思ったけれど、彼の言い方には含みがあるような気がしたので、それを口に出すことはしなかった。
それから数日後、冬休みが始まり、あっという間に新年を迎えた一月。
四月まで同じクラスである岩君に朝の挨拶をしたところで、元気よく及川君が教室にやってきた。
「ヤッホー、いんちょーちゃん!あけおめー!」
「…あ、あけましておめでとうございます」
「あ?なんだ。いつの間にか仲良くなってたのか?」
「フフン。岩ちゃんの知らない所で、俺といんちょーちゃんは密かに友情を育んでいたのさ」
「…(にっこり)」
「おい。お前の一方通行じゃねぇか」
「ええ!?何でそんなこと分かるの岩ちゃん!?」
「影山。お前も違うなら違うって言葉に出して良いんだぞ。こいつ図太い神経持ってるから大抵の事じゃ傷つかねぇし」
「酷いな岩ちゃん!」
「あ、そうなんですか。では…」
「言い直さなくていいから!!てか、いんちょーちゃん意外と意地悪なの!?」
「影山をその辺のお前の追っかけと同じと思ったら大間違いだからな」
「…何で岩ちゃんがちょっと誇らしげなの」
新年を境に及川君と話すことが増えるようになるとは思っていなかった私は、後日から図書室で匿う日々が増える事となるのだった。
「…はぁ。牛乳パン、売り切れてたよいんちょーちゃん」
「及川君。当たり前のように図書室に焼きそばパンを持参して此処で食事をしないでください」
「だってココでしか落ち着いて食べられないんだもん!今日も見逃して!」
「……」
後に花君からは「及川の世話係にでもなったのか?」と聞かれることとなるのでした。いいえ、決して違いますので。