2.ここじゃダメ(岩泉)



2年3組では少し変化が起きていた。
季節が夏に入る前、このクラスの名物と化している二人組が居る。


「志歩ちゃん聞いてよ。また岩ちゃんがさー」

「及川君。その愚痴の内容が、もし朝練の事でしたら既に4回は聞いてますよ」

「それでも愚痴り足りません!」


それは、及川といんちょー、こと、影山志歩だ。
最初は花巻が言い始めた事だが、それもいつの間にやらクラスに馴染み、今では姉弟やら主従関係やら色々言われている。
この場合、勿論のこと及川が下で志歩が上の立場で設定されている。


「ねえねえ志歩ちゃん。及川さんの事どう思う?」

「…それはどういう意味でしょうか」

「気になってたんだよね。志歩ちゃんてさ、俺の事カッコイイと思う?」


自分がモテる事は自覚している分、どこか自信あり気に笑みを浮かべて問う及川。
ふむ…と考える仕草をする志歩の二人のやりとりを眺める花巻と岩泉。
さて彼女は何と言うのか。及川のファンであれば速攻で「カッコイイ!」と言っているだろうが、彼女は彼のファンでも異性として好意を寄せているワケでもない。


「そうですね…」


志歩は及川をじっと見つめた後、ソロリと視線を彼の後ろに居る岩泉へと移し、頷いた。


「個人的には、岩君がカッコイイと思います」

「なっ!?」

「え」

「おお」


上から及川、岩泉、そして花巻。

質問とはちょっと違う答え方をしてきた志歩にショックを受ける及川はプルプル震えている。
不意打ちに自分の名前を挙げた志歩に驚きを隠せない岩泉はきょとんとしながら首を傾げた。


「な、何で、その…俺?」

「俺も気になるわ。理由は?」

「だって岩君、男らしいじゃないですか」


ズガーン!!と更なるショックを受ける及川を余所に、志歩は岩泉の傍によってキリッと真面目な顔をして続ける。


「見てください、この逞しい体を」


ぽすぽすと岩泉の腕を軽く叩きながら注目するよう促す。


「普段からですが、バレーしてる時も仲間である皆さんに頼もしい言葉をかけて応援したり、励ましたりしてくれてますよね」

「お、おう」

「それに、とても真っ直ぐで他人にも厳しいところがありますが、何よりも自分に厳しく、そして間違った事をしていればしっかり教えてくれます」

「そ、そうだな」


いつにも増して真剣な顔で話す志歩にやや圧倒されている花巻は何とか相槌を打ちながら横目で及川を見やる。
どうやら自分がカッコイイと言われると信じて疑ってなかったようで、未だにショックから立ち直っていない。


「そして、何よりも」


そんな彼に気づきもしない志歩にされるがままの岩泉は、その場でクルリと90度回され二人に背中を見せるよう立たされた。


「見てください、この逞しい背中を!【言葉よりも背中で語る!】って感じしませんか」

「確かに岩泉は言葉よりも行動派だよな」

「この広くて逞しい背中を後ろから見ていたら、すごく勇気づけられませんか?少なくとも、私はそうです…!」

「いんちょー、もしかして岩泉ファンになった?」


たしたしっと岩泉の背中を叩きながら力説していた志歩だが、花巻のそんな問いには小首を傾げた。


「いえ。大事なお友達ですが」

「それにしては豪語してたな。いつものいんちょーとは思えねぇよ」

「一年の頃から岩君とは同じクラスでしたので、これまで見てきた岩君は私にとってはそれはそれは頼もしい人なんです」


一年で同じクラスになって初めて知りあったというのに、岩君は私が重い物を運んでるところを見かけたら手伝ってくれました。
遅い時間に帰りが重なったら家の近くまで一緒に帰ってくれました。
身長が足りなくて届かない高さの所に必要なものがあれば代わりに取ってくれました。


「岩君は本当に優しくてカッコイイと思います。ありがとうございます、岩君」


ペコリとお辞儀をしてお礼を言った志歩だったが、それに対しての岩泉からの反応が無い。
花巻達の方に背中を向けてるままなので彼等には岩泉がどんな顔をしているか分からないが、隣から覗きこんだ志歩は黙ったままの岩泉を見てきょとんとした。


「岩君、どうしてそんな顔が…」


それ以上先の言葉は岩泉が彼女の口を手で押さえたことで発せられる事はなかった。
思いもよらない彼の行動に驚く花巻だが、髪から覗く岩泉の耳を見て彼は声を抑えて笑った。


「おーい、岩泉。俺ノド乾いたから何か飲み物買って来てくれよ」

「……わかった」


いつもなら「何で俺が」と文句の一つでも飛んでくるはずなのに、今の状態ではそれもない。
隠しきれない耳の赤さに気づかない岩泉は志歩の口から手を離し、そのまま彼女の手首を掴んでは一緒に連行した。


「ブハっ。あいつ…相当照れてんな」


普段異性から黄色い声や好意を寄せた言葉を貰った事が無い岩泉にとって、今回の志歩の包み隠さない言葉の数々は彼の体温を上げるには十分すぎた。
引かれるまま岩泉と共に廊下を歩く志歩が見上げる彼は、未だ顔が赤く、出来るだけ志歩を見ない様に黙々と足を動かしている様だ。


「あの、岩君」

「………なんだ」


照れ隠しのため間が長かった事に志歩は笑ってしまいそうになったが、それを耐えて相変わらず正面しか見ていない岩泉を見上げた。


「そんな岩君だから、みんな怯まずに試合が出来てるんだと思います」

「…!」

「どんなに強い相手でも、どんなに苦しい場面でも、きっとみんなも私と同じように心強く思ってますよ」


だから…と更に続けようとした志歩だったが、急に振り返ってきた岩泉の手が伸び、今度はガシッと頭を掴んできた。


「っ……それ以上言うのは…やめろ」


口元を手で隠す岩泉は一番隠したいであろう箇所が隠されていない事に気づいていない。
そのため、真っ赤になっている顔は彼女には丸見えで。彼が本当に照れているんだと目にすれば、志歩は今度こそ隠さず笑みを浮かべた。


「岩君の照れた顔かわ…」

「ヤ・メ・ロ…!!」


クラスの名物と化している二人組。それはもう一組あって、この二人である事を知っているのは当人以外のクラスメイトだけなのであった。