3.ぶかぶかシャツ(花巻)



梅雨の時期のある雨の日、花巻が渡り廊下で志歩を見つけた時の出来事。


「ん?いんちょー、そんな所で何やってんだ?」

「花君…」

「って、おいおい。濡れてんじゃねーか。何で拭かないんだよ」

「じめじめしてるので、雨に当たれば涼しくなる思いまして」

「いや、なるかもしれないけど、そのままじゃ風邪ひくだろ」


部活のためにジャージに着替えていた花巻は持っていたタオルを志歩の頭に被せた。


「ほら、さっさと拭きなさい」

「すみません、花君」

「まったく…。お前、時々予想外な行動するからビックリするわ」

「私がこんな事するとは思ってなかったんですね。いつかドッキリでも仕掛けたらもっと驚いてもらえるでしょうか」

「そういうの企まなくていいから」


真剣に考え始めた志歩の思考を遮断するためにタオルの上から彼女の頭をガシガシと拭く花巻。
やや驚いた声をあげて止めてくれと訴える志歩だったが、そんな彼女を改めて見下ろした瞬間、花巻の表情はビシッと固まった。
突然止まった彼の動きを不思議に思った志歩がタオルの下から花巻を見上げようとした直後、ズボッと何かを被せられる。


「え…あの、花く」

「それ絶対脱ぐなよ」

「え?」

「更衣室に着くまで絶対脱ぐなよ」


大事なことなのかニ度同じ事を言われた志歩は花巻が強く念を押す理由が分からず首を傾げる。
よく見たら花巻は上半身に何も羽織ってない状態になっていて、さっきまで着ていた半袖の練習着は自分が被されたのだと漸く理解した。
しかし何故このような事をされたのか…。未だに理由が分からない志歩を余所に花巻は彼女の体の向きをクルリと90度変え、更衣室のある方へと向けた。
まさにその時―――。


「あれ?マッキーってば上裸じゃん。何でなにも着てないの?」


背後から聞こえた声の主の登場に花巻は分かりやすく「ゲッ」という顔をした。
彼と一緒に振り返ってきた志歩を見たら、今現われた及川も「あれ、志歩ちゃんも一緒だったんだ」と笑顔になるが、それも一瞬の事だった。
三人がお互いに存在を認識した瞬間、その場はピシリと凍りついた。


「…ねえ、マッキー。これ…いったいどういう状況?」


上半身に何も着ていない花巻と、そんな彼に両肩を掴まれて至近距離に居る志歩。
しかも彼女は花巻のシャツに身を包んでおり、ダボダボ感をありありと見せつける彼シャツ状態。
そんな彼女を見てしまえば及川も笑顔ではあるが、その背後に浮かぶオーラはどんどん黒さを増していく。


「お、落ちつけ及川。これはいんちょーを助けるためにやってる事だ。誤解すんなよ?」

「誤解ってなに?志歩ちゃんを助けるためにって何なの?」


静かに一歩一歩距離を詰めてくる及川の笑顔は徐々に重い圧をかけてくる。
面倒なことこの上ない状況になりつつある事に頭痛を覚えた花巻は、一度チラリと志歩を見てから渋々と自ら及川に近づいた。


「ちょっと、耳貸せ」

「なに」


不機嫌そうにしながらも素直に花巻に耳を向けて顔を寄せた及川は、この直後再び硬直する。


「いんちょー。さっき雨に当たってたせいで……シャツが透けて下着が見えちまってる」


志歩には聞こえないよう極力声を抑えて伝えてくれた花巻からゆっくりと彼女へと視線を向ける。
目と目があったと同時に、及川はさっきの花巻が居た位置に立ち、いきなり彼女から花巻のシャツを脱がせた。


「おい!何やってんだバカ!」


慌てて制止をかける花巻だったが、それよりも及川の次なる行動の方が速かった。


「はい、志歩ちゃん俺のジャージ着て!」

「えっ?」

「はい、チャック上げて!はい、あっち向いて!さあ、更衣室に行くよ!」

「え、あの、ちょっと…?」


さっきまで志歩が着ていたシャツを花巻に押しつけるように返却してから「さあさあ!」と彼女の背中を押していく及川。

二人の姿が見えなくなってから漸く我に返った花巻は、両手にある自分のシャツを見下ろした。
ほんのりと温かいのは、ついさっきまで志歩が着ていたから。
自分の物なのだから何も躊躇う必要なんかない。自分に言い聞かせるようにそう思った花巻はズボッと頭からシャツを被った。


「…あ」


その時かすかに鼻孔をくすぐったほんのりと甘い香り。
それは自分の匂いじゃない事だけは痛いほど分かった花巻は、無性にくすぐったさを感じその場で声にならない悶えを受ける事となった。

その後。部活の休憩中、及川はドリンクを飲んでる花巻に近寄り、こっそり話しかけた。


「…ね、ねえ、マッキー」

「なんだ?」

「…志歩ちゃんて、何色の下着つけてたの?」

「………」


どうやら彼女が着替えるまで自分のジャージを貸したままでいたらしい。
それについてはよくやったと意味を込めて彼の肩をポンと叩いた花巻に対し、教えてくれるんだ!と期待に目を輝かせた及川に彼は真顔で告げた。


「悪いが、マネージャーの秘密を暴露する事は出来ねぇ」

「…え、」

「それに、これを教えてお前が送り狼になっても困るからな。お前には絶対に内緒だ」

「え…ちょ、マッキー?」

「次期主将を変態にするワケにもいかないからな。…まあ、上手いこと妄想してくれ」

「はああ!?ちょ、待ってよマッキー!何なのそれ!ちょっとー!?」


思春期男子にエサを与えては危険。
花巻は同性の友人よりも異性の友人を守ることに徹するのだった。