4.頑張ったね(及川)






及川君と同じクラスになってから半年が経った頃には、いつの間にか出来上がっていたこの状況。


「なあ、いんちょー。及川知らね?あいつバレー部の監督に呼ばれてるんだけど」

「及川君なら、礼の如くファンの方から呼び出し中です」

「またかよ!」

「影山さーん。及川のノート預かってない?提出物持ってかなきゃいけないんだよね」

「机の上に出しっぱなしになってますよ」

「ほんと?ありがとー」


…及川君の事を私に聞いてくる人が格段に増えました。
隣の席、同じ部活。仲は…悪くないと思います。お友達ですし。けれど、私以外にも彼の友人はいるのに何故私にばかり聞いてくるのかは謎です。


「志歩ちゃーん」

「…おかえりなさい、及川君」

「女の子から呼び出しあって行ったら、3人の子が同時に告白してきて軽く修羅場になって怖かったよー」

「それは……すごい展開ですね」


少し見てみたかったかも…なんて好奇心が疼きますが、帰ってきた及川君は出て行った時よりも疲れた顔をしているので結構大変だったのかもしれない。
自分のイスを引っ張って私の横に座ってきた彼は、そのまま私の机にグテーっと寝そべる。
わざわざ私の机にしなくても良いと思うけれど、彼のこういった行動は今に始まった事じゃないので敢えて口出しはしない事にした。


「あー疲れたぁ…。志歩ちゃんの優しさが欲しいなぁ…」

「モモか紅茶味のアメ、どちらが良いですか?」

「それ俺が前にあげたやつだよね!?まだ食べてなかったの?」

「アメは日持ちするのですぐには食べないんです」

「えー。折角あげたんだから食べてよ」

「食べますよ。糖分が必要になったら」


机に寄りかかったままこちらを見上げてくる及川君の頭をよしよしと撫でたら、彼は目を細めてくすぐったそうに笑った。
この素の笑顔、見るの好きなんですよね。


「おい、及川犬」

「及川犬って何!?新種みたいに呼ばないでくんない!?」

「岩君、アメ要りますか?コーラ味もありますよ」

「それも俺が前にあげたやつだよね!?」

「じゃあそれ貰うわ」

「貰うっちゃうの!?」

「それよりお前、監督から呼ばれてるって聞いたぞ。行ったのか?」

「え。何それ、知らない」

「さっさと行っとけよ。休み時間残り少ねぇぞ」

「えぇぇー…。さっき戻ってきたばっかりなのにー」

「グダグダ言ってねーで、さっさと行け!」

「いだだだ!痛いっ、耳引っ張らないでよ岩ちゃん…!」


岩君によって強制的に連行された及川君。手を振って見送ったら「志歩ちゃんの薄情者ー!」なんて残していった。
私は薄情ではありませんよ及川君。君が自分に鞭打って岩君が言う様に、さっと行動に移せば問題なかったのです。


「もう疲れたぁ…」

「お帰りなさい、及川君」

「志歩ちゃん酷いよ。岩ちゃんを止めてくれても良かったじゃん」

「先生を待たせるのは失礼ですし、後に伸ばせば忘れてしまっていたかもしれないじゃないですか」

「俺は記憶力良いから忘れないもんね!」

「…では、昨日の部活で及川君がサーブを失敗した回数は?」

「え」

「記憶力が良いなら、覚えてますよね?」

「え、えっと…」


にっこりと問いかけるのは勿論ワザとです。きっとそれを分かってる及川君は負けては駄目だと必死に思い出そうとしているのが分かる。
とりあえず10秒だけ待ってみましょう。それで答えられなければ私の勝ちです。


「さて、及川君。回答は?」

「…甘いね志歩ちゃん」

「?」

「この及川さんだよ。サーブミスなんてするワケないじゃん!!」


私はそっと彼の頭を撫でた。


「志歩ちゃんの優しさが辛い!!」

「それは困りましたね」

「全然困った顔してないじゃん!寧ろしてやったりな顔だよねそれ!」

「昨日は練習、試合中も含めて8本のサーブミスをしていますよ」

「ちょ!俺のハートブレイクする気!?」

「及川君のハートは剛毛が生えているので簡単には傷つかないと岩君が」

「何でそういう事だけキレイに受け入れちゃうの!?志歩ちゃんは俺より岩ちゃんの味方なの!?」

「誰か特定の一人の味方になった覚えはありませんよ」

「だって…」


まだ何か言おうとする及川君の口に私は彼から貰ったアメの一つである桃味を押し付けた。


「たくさん動いてお疲れでしょう?甘いものでも食べて少しは休んでくださいね」


素直にアメを口の中へ受け入れた彼はあまり納得していない表情で私を見てくる。
けれど再びさっきのように机に身を寄りかからせる体勢になった彼は、頭を私に右手にコツンと寄せるよう伏せた。


「お疲れ様でした、及川君」


ふわふわで、少し毛の先が跳ねている特徴的な髪をそっと撫でれば、及川君の肩から力が抜けていくのが見えた。
もし彼が猫だったらもっと可愛かったかもしれませんね。


「お。まさに主人とペット状態じゃん。…って、もしかして及川寝てる?」

「…寝ちゃいましたね」


苦笑する花君と一緒に見下ろした彼の寝顔も、やっぱり可愛らしかった。


「い、いいいいんちょー…っ。今の及川君、写真撮っていいかな?いいかな!?」

「私も欲しい!寝顔写真…!」

「みなさん。気持ちは分かりますが、それは盗撮になってしまうのでやめましょう」

「くっ…!」


そして及川君のファンの方々は、おあずけを喰らってる子犬の様に見えた。
本当に…モテすぎるのも大変ですね。