3.お友達宣言



春を迎え、二学年に上がった私は今年一年過ごすことになる二年三組へ足を踏み入れた。


「いんちょーちゃーん!」

「は…」


教室の扉を開けた直後、そんな大きな声と共に及川君が目の前に跳んできた。


「おっはよー!今日から一年よろしくね!」

「…同じクラス、なんですか?」

「勿論!それに、俺といんちょーちゃん、番号順も前後だから席が近いんだよ」


ホラ、見て見て。と黒板の前へ引っ張られて見上げれば、確かに今日の自分の座席が名前とと共に記入されていた。


「…及川君、私の名前知ってたんですか」

「ええ!?そりゃそうでしょ。寧ろ何で知らないと思ったの?」

「…【いんちょー】としか呼ばれた事がなかったので」

「ふむ。それはつまり、本当は名前で呼ばれたかったって事だね!」


――――はい?

率直な疑問が頭の中で浮かぶ。
そんな私の心境も知らず、及川君はうんうんと一人納得した様に頷きながら笑顔を向けた。


「いんちょーちゃんは、志歩ちゃんだから…」

「おーっす、影山。また一年よろしく」

「あ。岩君、おはようございます。こちらこそよろしくお願いします」

「って、ちょっと岩ちゃん!俺がいんちょーちゃんと話してるのに横入りしないでよ!」

「あ?お前が一人ブツブツ言ってただけだろ。えーっと、俺の席は…」

「岩ちゃん!岩ちゃんは俺の前だよ!嬉しい?大親友の俺の傍で嬉しいでしょ!」

「嬉しくねーよこの上なく最悪だよ」

「何で!?」

「嫌でもお前の声が聞こえる場所じゃねーか。影山代わって…って、お前はその後ろか」

「ごめんなさい岩君。肝心な時に頼りにならなくて」

「何でそこでいんちょーちゃんは岩ちゃんの肩もつの!?俺、酷い言われ様してるよ?フォローしてくれないの!?」

「え?…必要、ですか?」

「満面の笑顔で何てこと言うのさ!いるよね!?繊細な心をズタズタにされた俺には最も必要なものだよね!!」


さっきからこの二人酷いっ。両手で顔を覆って嘆く及川君を岩君は見向きもせず、その横を通り過ぎていく。
この完全な放置っぷりで放っておくのは流石に可哀想な気がして声をかけようか迷っていると、不意に肩をポンと叩かれた。


「いいっていいって。いつもの事だから放っておいていいよ、いんちょー」

「…花君。同じクラスだったんですか」

「そーなんデスヨ。バレー部が三人揃っちまったが、まあ一年よろしく頼むわ」


そう言って離れて行った花君は「ほら、いつまでも泣いてんじゃねーよ」と及川君の背中をバシッと叩く。
女の子の間ではすごく人気で褒められているけど、同性の友達の間では結構ゾンザイな扱いを受けてるようです。

あ、因みに花君こと、花巻君は岩君繋がりで知り合いました。岩君ほど喋ったことはありませんが、彼も面倒見の良い人だと認識してます。


「ところで及川君。何故その席に座っているんですか?」


私の席ですよね、そこ。――と座席横に立って問うと、彼は机に項垂れるように寄りかかった体勢で私をチラリと見上げてきた。


「いんちょーちゃんは、俺よりも岩ちゃん達の味方すんだもんねー」

「?」

「…俺の方が仲良くなってると思ってたのに」

「…えっと…」


もしかして、少し拗ねているんでしょうか。
確かに岩君との方が一緒に居た時間は長いと思います。でも、友達にそういった時間は関係あるのでしょうか。


「及川君とは…勝手ながら、良い友達だと思ってます」

「…!」

「話していて楽しいですし、明るい気持ちになれます」

「いんちょーちゃん…!」


パアッと表情が明るくなった及川君はガタッと席を立って私に向きなおり、両手を肩の高さに上げて少し近づけてきた。


「ウェーイ!」

「?」

「ウェーイ!」

「いんちょー。たぶんソレ、ハイタッチ」

「ああ、なるほど」


花君が教えてくれた事に感謝しつつ、こちらに向けている及川君の両手に自分のをペチッと当てる。
何故ここでハイタッチを要求してきたかは全然分かりませんが、実行したことで及川君は満足したようにその顔に笑顔が浮かんだ。


「フフン。これで俺といんちょーちゃんは、岩ちゃんをも超える友情が結ばれました!!」

「ハイタッチにはそんな効果があったんですね。知りませんでした」

「影山。そのバカ川の言うこと真に受ける必要無ぇから」

「岩ちゃんヒガミ!?それってヒガミ!?」

「ア…!?」


復活した及川君は岩君の強烈な鉄拳を脳天に受けることとなった。とても痛そうだけど、今のは及川君が悪いと思う。


「あ、あの、影山さん」

「はい」

「お、及川君とどういう関係!?」


後ろから声をかけられ振り返れば、何人もの女の子達がギラギラと目を輝かせて集まっていた。
もしかしなくても彼女達は及川君に好意を寄せている人達ですよね。ということは、私と及川君の仲を疑っているという事でしょうか。


「クラスメイトです」

「いんちょーちゃん、笑顔で冷たすぎない!?さっきの言葉なんだったの!?俺とは遊びだったの!?」

「…遊んだことありましたっけ?」

「真顔でマジレス…!!無いけど、無いけども!俺達お友達でしょ!」

「はい。お友達と思ってくれていたら嬉しいです」


素直に頷くと及川君はホッとしたように微笑んだ。
他人の一言で一喜一憂する姿はやっぱり可愛らしいと思う。時々よく分からない言動があるけれど、それも含めて及川君なのだろう。


「上手い事納めたな、影山」

「え?」

「及川ファンが安心した顔で撤退して行ったし、嫌なことされる心配なくなったんじゃねーの?」

「イジメ予備軍になってたんですか私」

「まあ、安心しろ。お前がそんな事になりそうだったら、ちゃんと助けてやっからよ」

「全部の責任を及川に押し付けてな」

「全部聞こえてっから!それから、いんちょーちゃんが苛められるような事には俺がさせないから大丈夫!」

「「どの口が言ってんだ?」」

「ちょっとはカッコイイところ決めさせてよ!今のでいんちょーちゃんが俺に胸キュンする予定だったのに!」

「それより、そろそろ退いて下さい及川君。落ち着いて本が読めません」

「それより!?しかも俺より本優先!?さすがはいんちょーちゃん、全然ブレないんだから…!」


岩君と花君も自分の席に戻り、私も漸く空いた席へ座る。すると、正面でクルリと向きを変えた及川君が両腕を私の机に乗せた状態で見つめてきた。


「いんちょーちゃんは今年も図書委員やるの?」

「はい。そのつもりです」

「じゃあ、俺は今年も匿ってもらえるワケだ」

「あんまりアテにされるのもどうかと思いますけど」

「いいじゃん、いいじゃん。何だかんだ言っても、いんちょーちゃんは俺を守ってくれるでしょ」


上目使いでにっこりと問うてくるのは、彼が確信犯である証拠だと思う。
拒否しようと思えば出来るけれど、及川君は私の読書の時間を意図的に邪魔するようなことは決してしないし、のんびりと話しかけてくるだけ。
それでも読書を継続せずに及川君の話しに耳を傾けてしまうのは、彼の話が面白かったり、興味を向ける様な語り上手からだと思う。


「ね、ね、いんちょーちゃん。バレーに興味無い?」

「…!」

「今度練習試合あるんだけど、良かったら見に来てよ。俺のカッコイイところが見れちゃうよー」

「及川君、もうレギュラー入りしてるんですか?」

「この及川さんだよ?勿論、レギュラーですとも!」


―――ついでに岩ちゃんとマッキーもね。

まだ三年生がメインだから頻繁には出してもらえないけど、練習試合は積極的に出してもらえるそう。
笑顔で語る及川君はバレーの話をした時、一番いい表情をする。それだけバレーが好きなんだ。


「…そうですね。少し覗いてみましょうか」

「おお!さすがはいんちょーちゃん!そう言ってくれると思ってたよ!」

「派手にミスして笑われるといいな」

「岩ちゃん、縁起でもないこと言わないで!」


二年生の始まり。今年は去年よりも及川君の明るさが一層引き立ちそうです。