4.及川君と席替え



「よーし。それじゃあ右端から順にクジ引いていけー」


二学年になって一週間たったある日、初めての席替えが行われる事となった。
廊下側である右端の最前列の人から順に教卓に置かれているクジを引いていくようだ。
席が何処になろうと特に気にしないけれど、出来れば廊下側より窓側の席になりたい。その方が静かだから。

現在、廊下側から二列目の席に座ってる私達がクジを引く番になった。
先頭である岩君が席を立ち、それを追う様に私の前の席である及川君も立ち上がる。私も立とうとした時、視界にスッと紙切れが割り込んだ。


「はいコレ。いんちょーちゃんのね」


返事する間もなく及川君が私の右手を掴んで掌にクジを乗せる。
どうやら私の分も取ってくれたようだ。断る理由もないので「ありがとうございます」と受け取った。
しかし、少し離れた席から「やめとけやめとけ」と花君と岩君が渋い顔をしながら言ってくる。
及川君と仲の良い二人がそう言うということは、あまり良い事にはならないという事なのでしょうか…。


「ちょっと!まるで俺が変な物をあげてるみたいに言わないでくんない!?」

「事実だろ」

「そうそう。いんちょー、替えるなら今の内だぜー」

「…賭けですね」

「いんちょーちゃんも、そんなキリッとした顔で深刻に考えなくていいから!ただの親切心だから!」


及川君を弄るだけ弄って満足した二人はそれ以上言ってくる事はなく、及川君は少し拗ねたように「まったく」と一人ごちる。
結局クジは替えないまま私は新しい座席へと移動することにした。黒板に書かれた数字と同じ座席へ机とイスを持って行く。
後ろから二番目の窓側の席だった。密かに希望していた列になれた事が少し嬉しくて、クジを持って来てくれた及川君を捜すために視線を上げた。


「前後から左右になったね、いんちょーちゃん」


…探す必要もなくなりました。
机を置いた及川君がヘラリと笑いながら私の隣に居たからである。…こんな事もあるんですね。流石に予想外です。


「何だか……あんまり変わった気がしませんね」

「いやいや変わったよ。だって近くに岩ちゃんやマッキーはいないもん」

「! ……すみません。仲の良い友人がいないと、やはり寂しいですよね」

「…え?」


まず始めに二人の名前を出すという事は、いくら同じクラスと言えど、近くじゃないと物足りないという気持ちにもなるでしょう。
そう思い「こっそり替わってもらいますから」と、及川君にだけ見えるように胸の前で親指を立ててグッドサインをすると、即「違うから!」と止められた。


「いんちょーちゃんの気遣いって時々的外れもいいとこだよね」

「…そうですか?何だかんだ言って、及川君は岩君達と居ることが一番多いと思いますが」

「同じバレー部だし仲良しではあるけど、別に席まで常に一緒にいたいとは思わないって」


肩を竦めながらそう言った及川君はゆっくりと席に座り、タシタシと私のイスを叩いて座るよう促した。


「あ、そうです、及川君」

「ん?」

「私の分までクジを引いてくれて、ありがとうございました。お陰で良い席になれて嬉しいです」

「え!そ、そんな、いんちょーちゃんてば!素直だねホント…!」

「この席を密かに狙ってたんです。だから、及川君には感謝してます」

「良いって良いって。そんなに俺の隣になれて喜んでくれるなんて、こっちとしても嬉し…」

「窓側って廊下側と違って静かなので、これで読書に集中できそうです」


だから、ありがとうございます。席に座る前に及川君にペコリと頭を下げれば、彼は何故か机に項垂れていた。


「ブッ」

「ちょ、岩泉…っ。笑ったら可哀想だって…!」

「お前こそ肩震えてるだろ花巻…っ」

「だって仕方ないだろ。あれ完全に及川の勘違、ブフォッ!」

「聞こえてっからそこの二人!!!」


三人のやりとりはクラスを賑やかにするには十分だった。



***


その日の午後一番の数学の授業。私は少し頭を悩ませていた。
お昼ご飯を食べてお腹が満たされると、誰もが睡魔に誘われる。軽く見渡しても眠たそうにしている人は何人もいた。
そしてその中の一人が今私の隣にも居る。ノートと教科書を広げ、頬杖を着いた状態で軽く俯いてて顔は見えにくくなっているが、先ほどからカックンとたまに揺れる。
夢の世界へ向かう船を漕いでいるのは明確。未だ覚醒する気配が無い及川君を横目で見やり、次いで正面へ目を向ければ先生の視線は及川君の列の人へ向けられた。

席順で問題を答えていっているこの流れは、あと三人行われたら及川君の番になってしまう。
離れた席から岩君が呆れた目で彼を見やり、救いの声をかけることもなく正面へ向き直る。…どうやら彼の友人は助ける気はないようです。


「お、及川君…。及川君」


反対隣の女の子が頬を染めながら、潜めて声をかけているが、及川君は相変わらず夢の中。
一人、二人と問題を解き終って着席していく様子をもう一度目に収め、私は溜息交じりに及川君の脇腹を狙って右手の側面を水平に当てた。
ドスッと、思いのほか良い具合にヒットしてしまった。その甲斐あって及川君はびくうっと跳ね起き、キョロキョロと今の現状を確認する。


「次、君の番ですよ」

「えっ?…え?」

「問5の答えを黒板に書くんです」

「え…問5?書く…?」


反対隣の女の子が「こ、ここだよ…っ」と相変わらず頬を染めたまま及川君に教える。
意識してるのがよく分かる分、他人事というのもあって微笑ましい。静かにその様子を見守っていたが、及川君は何故かこちらに慌てて向き直った。


「答え何…!?」


―――自分で解いてください。
そんな意味を込めて笑顔を向けたら必死に頼まれたので仕方なく教えてあげる事にしました。


「よし。じゃあ次、及川」

「はい!」


寝起きだということを分からせないキリッとした表情で答えを書いた及川君は、先生から「正解だ」の返事をもらって安心したように着席した。


「はぁー…ありがとう、いんちょーちゃん」

「お礼は私ではなくお隣の川上さんにするべきですよ。先に起こそうとしてくれたの、彼女ですから」

「あ、そうだったんだ。ありがとねー」


笑顔でお礼を言われた川上さんは顔を真っ赤にして無言でブンブンと首を縦に振っていた。
及川君に好意を寄せる人は、やはり”ああ”いう反応するんですね。咲ちゃんもいつか”ああ”なるんでしょうか…。


「いんちょーちゃんも、ありがとね」

「?」

「起こしてくれたの、いんちょーちゃんでしょ?」


左脇腹を摩りながら言う及川君は「なかなか良い具合に入ってきたよ」と顔がやや引きつっている。
確かに勢いは強めだったかもしれませんが、先生に怒られることなく無事に済んだのですから結果オーライでしょう。


「もう一撃食らいたくなければ、これからは授業中、居眠りしないようにしてくださいね」


笑顔を浮かべたまま右手をピンと伸ばした状態で及川君に見せると、彼は笑顔を更に引きつらせ、黙ったまま頷くのだった。


「いんちょーちゃん、時々笑顔が怖い」

「及川君の寝顔は可愛いですね」

「え!?み、見てたの!?いんちょーちゃんのエッチ!」


その後、冷めた目で及川君を見据えたら彼は察しよろしく「ごめんなさい」と丁寧に頭を下げてくるのだった。