6.及川君との接し方



「いんちょーちゃん!」


昼休み、小説片手にお弁当を食べていたら間横から唐突に及川君がイスを引いて身を乗り出してきた。
思わずお箸を口に入れたまま凝視してしまったため、いつになく真剣な顔をした及川君と目が合う。


「……なんでしょうか、及川君」

「お昼一緒に食べよー」


あの真剣さは何だったのですか…。拍子抜けすぎて自然と肩が落ちる。
そんな私を不思議そうに見やるが、及川君はあまり気に留めることなく自分の机の上から今日のお昼ご飯であろう物を引き寄せた。


「今日のお昼は牛乳パンとカフェオレとー」

「…本当に好きですね、牛乳パン」

「好物だからね。あとはコロッケパンと唐揚げとー」

「…野菜が無いですね」

「購買は戦場だからね!」


鼻歌を歌いながら複数のパンを私の机に並べていく及川君。
サラダ一つくらいなら買えたのでは…と思うも、私は購買に行った事が無いので彼の言う戦場がどれほどのものなのか分からない。
ビニール袋に包まれたパンを大きな口を開けてガブリと食べる及川君は初めて見る。普段とは少し印象が変わりそうな豪快っぷりに思わず見やってしまった。


「ん?どうしたの、いんちょーちゃん」

「いえ。…なんでもありません」

「もしかして俺に見惚れちゃった?」


空いてる手で前髪をかき上げる仕草をした及川君は、やはりその容姿もあって様になる。
しかしながら、私は彼のファンの人達とは違い、こういった仕草を見ても残念ながらトキメクという事が無い。


「…あの、せめて何か言ってよいんちょーちゃん」

「カッコイイですね、今の」

「その満面の笑みで取って付けたように言われたら悲しいんだけど!?」


いんちょーちゃんが俺を苛める…っ。
そんな嘘泣きをしながらパンをむしゃむしゃ食べてる所をみたら、まったく同情すらしませんよ及川君…。


「はぁぁ……及川さんは悲しい」

「…?」

「こんなにもいんちょーちゃんにつくしてるのに…」

「(…どういう意味で、どのへんがつくしてるのでしょう…)」

「たくさんの女の子からの誘いを断って、こうしていんちょーちゃんと二人だけの時間を作ってるのに…」

「…いつ頼みましたっけ、そんな事」

「そこはノッて!」

「すみません」

「謝られると余計に悲しい!」


―――じゃあ、どうしろと言うんですか。
地味に胸のあたりに得体の知れない何かがジワジワと込み上げてくる。それの正体が何なのかは分かりませんが、あまり良いものではない気がします。


「…よく分かりませんが、悲しませてしまったようなのでお詫びします」

「え?」


お弁当からベーコンのアスパラ巻きや卵焼き等のいくつかのおかずを抓み、お弁当箱のフタをお皿代わりにして及川君へ寄せる。
きょとんとそれを見詰めた彼はマジマジと私を見てくる。


「いんちょーちゃん、もしかして俺にくれるの?」

「はい」

「これ、いんちょーちゃんの手作りだよね?」

「はい」


頷きながら返事をすると及川君はパアッと瞳を輝かせてフタを両手で持ち上げた。


「うわぁ…!俺、お菓子は貰ったことあるけど、手作りのお弁当は初めてだよ!」

「…そうなんですか?意外ですね」


今でこそ及川君がいかに女の子から人気なのかは、休み時間になる度に彼を見たり話したりするためにやってくる女の子達を見て分かりますが…。
誰かしらが既に渡しているだろうと思っていただけに、今回の及川君の反応は新鮮で、やはり意外でした。


「お。美味そうなの食ってんじゃん」

「マッキー?」


及川君の後ろからヒョイと顔を出した花君が然も当たり前のように及川君が持つフタからおかずを一品奪っていった。


「おお。美味い美味い」

「ああ!ちょ、何してんのマッキー!俺が貰ったのにー!」

「ホントだな。俺にもくれ」

「え?」


そして続け様に岩君が更に別のおかずを追い打ちをかけるように奪っていった。
二人は「うめぇ、うめぇ」と食べながら言ってくれるが、及川君は目の前でおかずを失ったことでワナワナと肩を震わせている。


「いんちょーって料理出来るんだな」

「今度の家庭科の調理実習、同じ班になってくれよ」

「それは構いませんが…」

「おかずだけじゃなくて、いんちょーちゃんまで奪うつもり!?ダメダメ!おかず取った二人は、いんちょーちゃんと組ませてやんないから!」

「別にお前の許可は必要ねぇだろ」

「そうそう。いんちょーが良いって言ったらOKじゃん」

「それでも―――」


三人がいつも以上に賑やかになり始めた時、私は視界の端に映り込んだ”ある人”に気づいて慌てて机の下に身を隠した。
言い合いになっていた及川君達は私の行動に首を傾げ、くるりと回りを見渡す。すると、ある人がこちらに近づいてくるのに気づき、私は顔の前で両手を合わせて祈った。
どうか私は居ないことにして、早々に退散してください―――と。その祈りが届いたのか、あの人がこちらに近づきすぎる前に及川君が急に席を立った。


「これはこれは、女子バレー部の主将さんじゃないですか。俺のクラスに何か御用ですか?」

「お、及川君…!?」

「先輩は誰を探してるのかな。…ああ、もしかして同じ女子バレー部の木村さん?それとも山原さんかな?二人なら今教室に居ないみたいですけど」

「い、いや、私が探してるのは二人じゃなくて…」


ある人とは、及川君が言ったように女子バレー部の主将さんだ。
この前の体育での活躍を女子バレー部に所属してるクラスメイトが話題に出したらしく、それが主将さんの耳に届いてしまったそうなのです。
それからというもの、あの先輩はランダムで私を勧誘にくるので、最近教室でお昼を取るのをやめようかと悩んでいたところなのです。
一応キッパリお断りしたのですが、簡単に諦めてはくれない人なので正直対応に頭を悩ませています。


「スゲーな。これで何回目だ?」

「七回は来てんじゃねーか?まあ、試合中も最後まで絶対諦めずにやり続ける人だから、それがこういう物事にまで出てるんだろ」


ヒソヒソと花君と岩君が話しながら、さり気なく私が見えない様に机の前に立ってくれている事に気づいて感動した。
根は優しく世話焼きな二人の頼もしい背中は、なんて大きいのでしょうか。こういう人をカッコイイというのでしょうね。


「ふう…。撃退成功ー」

「撃退ってお前…」

「いんちょーちゃん、もう出てきて大丈夫だよ」


二人の間を割って現われた及川君に手を引かれ机の下から出てくるとニッコリ顔で見下ろされている事に気づく。


「ね、いんちょーちゃん。俺のお陰で助かった?」

「あ、はい。お陰さまで…」

「――じゃあさ、何かお礼とかくれちゃったりするのかな?」


最後まで言う前に及川君の隠す気のない下心に彼以外の三人が揃って残念な物を見る目を向ける。
「ちょっと、何その目は!」と文句を言うも、彼は少し唇を尖らせながらボソリと言った。


「だって…折角いんちょーちゃんが俺にくれたおかず、全部岩ちゃんとマッキーが食べちゃったんだもん」


――俺まだ一口だって食べてなかったのにさ。
それはまるで、小さな子供が親に甘えるようなオネダリする姿。
カッコイイとか、王子様とか、女の子から色々と言われているのに、彼が時折見せるこの子供っぽいところは何だか母性本能というのをくすぐられる。
その影響だろう。気づけば背の高い彼の頭に手を伸ばし、その髪をふわふわと撫でていた。


「……え?…えっ?」

「あ、ごめんなさい。つい…」

「良かったな及川。影山からご褒美に撫でてもらえて」

「折角だから俺もナデナデしてやるよ」

「うわっ、ちょっ、やめ、マッキー止めてってば!ボサボサになるってぇ!」


見事に花君の手によってボサボサにされた及川君は「マッキーのバカヤロー!」と捨てゼリフを残して教室から飛び出した。
たぶん、乱された髪の毛を整えに行ったのでしょう。
その背中を見送ってから「少々やり過ぎたのでは?」と意味を込めて花君に目を向けると、彼はヘラリと笑って告げた。


「んじゃ、あいつの機嫌取りはいんちょーに任せるわ」

「…はい?」

「あいつ結構ガキみたいなところあるから、ちょっと甘やかせばすぐ機嫌直るって」


それなら花君がそうしてください。そうは言ったものの、花君は「男を甘やかす気はないんだよ」と、これまた笑顔で言うものだから溜息が漏れた。
そして最後に岩君から励みのつもりなのか、肩をポンと叩かれ、二人は元の席へと戻って行った。


「私は及川君の世話係でもご機嫌取りでもないんですけど…」