8.シスコンの追及
「姉さん。さっきから箸が止まってるけど、そのままじゃ焦げるぞ」
「えっ……あ!」
弟にポンポンと肩を叩かれて指摘された事で思考が現実へと引き戻された。
料理中にボーっとするなんて、なに危ない事をしてるんでしょうか私は。
「ありがとう、飛ちゃん。ギリギリ焦げるのは回避できたよ」
「…珍しいな。姉さんが料理中に考え事なんて」
実弟の飛雄こと飛ちゃんは現在中学三年生。小さい頃から一緒にバレーをやってるから、姉弟揃ってバレー好き。
中学卒業までは私もバレー部に入っていて、ポジションはセッターだった。飛ちゃんも同じポジションだから、色々話が盛り上がる事が多い。
通っていた中学は飛ちゃんとは違ったため、私は北川第一中学校出身の及川君や岩君の事は高校に入って初めて知った。
飛ちゃんから時々学校の話を聞くことがあるけど、あまり人の名前を教えてくれることがないのが未だに疑問である。
「学校で何かあったのか?」
「…!」
「姉さん、割と分かりやすいから」
「顔に出てる?」
「いや、直感」
これも姉弟だからなのか。飛ちゃんは昔から私のことには鋭い。ちょっといつもと違うだけで「何があった」と問うてくる。
通う学校は違えど、こうして見ていてくれて、気づいてくれる存在がいるというのはやっぱり嬉しいものだ。
「今日、帰りが遅かったのと何か関係あるのか?」
「飛ちゃんには何でもお見通しだね」
「ずっと一緒にいるんだから当たり前だろ」
棚から大皿を持ってきた飛ちゃんは私の手からフライパンを取ると、炒め終わった回鍋肉をザザッと移していく。
飛ちゃんだって部活終わったばかりで大して休んでないから疲れてるはずなのに、こうして手伝ってくれるから本当に優しい弟だと思う。
「今日ね、バレーボールを見てきたの」
「…部活か?」
「うん」
「! またやるのか!?」
「そ、そういう訳じゃないんだけど…。友達に見学に来てとお願いされたから」
「…そっか」
飛ちゃんは私がバレーを辞めると言った時、ものすごい反対をしていた。私はバレーは好きだけど、飛ちゃんのように高い目標を持っている訳ではなかった。
だから、それならば一生懸命な弟の応援をしたい。そう思って高校からは部活には入らず、飛ちゃんのサポートに回るようにした。
日々の食事のバランスも気遣いつつ、両親があまり見てあげられない日常を私がしっかり確認して、飛ちゃんが無理をしない様に気を付けている。
休みの日や時間がある時は飛ちゃんと一緒に広場などに行って一緒にバレーをすることも多い。私にとってもそれは楽しみの一つなのだ。
「それで、どうだったんだ?見学してみて」
食卓に本日の夕食を並べながら飛ちゃんが続きを促してくる。
自分の事はあまり話さないのに、私の話はいつも聞かせろと言うのだから、飛ちゃんはなかなかのシスコンなのかもしれない。
「すごかったよ。みんな真剣で、その熱が体育館の中を染めてた。何よりパワーが違うよね、女子と違って」
そこまで話したところで、今まさに座ろうとしていた飛ちゃんはピクッと動きを止め、突然足速に私の横に来るや否、ガッと両肩を掴んできた。
「女子と違ってってソレってつまり男子って事だよな?誰に勧誘された?誰が姉さんに目をつけた?誰だ俺の姉さんに気安く声をかける奴は…!!」
「飛ちゃん、とりあえず落ち着いて」
つり上がった目と怒りのあまり早口に喋る飛ちゃんを見るのは久しぶりだが、これはなかなかにご機嫌宜しくない様子。
小さい頃から私を慕ってくれてた飛ちゃんとは、ほとんど喧嘩をした事がない分、時折表れるこのシスコンモードには少々頭を悩ませる。
嫌ではないのだけれど、すごい時は私でさえも止めるのが難しいことがあるので、もう少しだけ大人になってくれると姉として安心出来るのだけど…。
「落ちつけるワケないだろ。小学生の時から何かと姉さんに絡むヤツ多かったからな。中学から別々の学校行くようになったから毎日気が気じゃない」
「飛ちゃん、そんなに私って危なっかしい?」
「姉さんは人が良すぎるんだよ。だからそれに甘えて近づいてくる奴が多いんだ」
「そ、そうかな…?」
「そうだ。……今だって、青葉城西で変な奴に絡まれてないか心配だ」
「飛ちゃん…」
こんなにも気遣ってくれる弟は他にいないだろう。私も私でブラコンよろしく、飛ちゃんが大好きなので思わずギュッと抱きしめた。
「ありがとう飛ちゃん。でも大丈夫。飛ちゃんが心配するような人はいないから」
「…本当か?」
「うん。だから心配は…」
「俺、すげー心配だったんだ。もし姉さんが及川さんと接触してたら絶対気に入られて毎日しつこくつき纏われるんじゃないかって」
「………!?」
「てか、及川さんって知ってるか?俺と同じ中学出身の先輩で、姉さんとは同級生なんだけど」
「ゆ、有名だから…。というか、どうして及川君が私を気にいるの?」
「それは…」
飛ちゃんはニガッと表情を歪ませてボソボソと呟く。よく聞こえなかったので首を傾げると、眉根を寄せた顔で言った。
「…前に及川さんに兄弟はいるのかって聞かれた事があって、姉さんが一人いると答えたら、どんな子なのって聞いてきて」
特に深く考えもせず写真を見せたら、当時の及川君は「お前のお姉さん、彼女にしていい?」と更に問うてきたらしい。
飛ちゃんは即拒否をして、それ以降、及川君に私の事を話すのは一切しなくしたらしい。
自分の知らないところでそんなやり取りがあったとは思ってもいなかった分、内心の驚きは隠せなかった。
私が知らなかっただけで、及川君は私の存在を一時は知っていたようだ。
図書室での接触があったからこそ私は彼の存在を知ったけど、及川君はあの時から私が飛ちゃんの姉であると分かっていたのだろうか…。
「――で?」
「えっ?」
「及川さんに付き纏われてないんだよな?」
「飛ちゃん、真顔が怖いです…」
「真剣だからな」
「心配のしすぎ。及川君とはお友達だけれど、そんな付き纏うなんて事はされてないから」
私の目をじっと見つめていた飛ちゃんは府に落ちないと顔で訴えていたものの、それ以上は追及してくることはなかった。
やっと落ち着いて夕飯を食べれる。そう思って席に着いた瞬間、カッと目を見開いた飛ちゃんは突然テーブルに身を乗り出した。
「ちょっと待て。って事は、今日姉さんを部活見学に誘ったの及川さんだろ!本当に付き纏われてないのか!?」
「!?」
その後、飛ちゃんの全力の事情聴取は夕飯がしっかり冷めるまで続きました。
『俺達のバレーを見てくれれば、自分の気持にも整理がつくでしょ』
けれど、頭の片隅に響くのは、あの時言われた及川君の言葉。
あのボールに触れた瞬間、自分が試合に出ていた頃の記憶が一気に蘇って、同時にワクワクした。
もしかしたら、及川君達がバレーボールをしている姿を見なくても、本心は叫んでいたのかもしれない。
―――もう一度、もっとちゃんと、バレーボールに関わりたいと。