9.圧倒的なセンスと
「あれ。いんちょー、そんな所で何してるんだ?」
「…花君。私は居ないものとして扱ってください」
「え…?」
これは、及川君に唐突に部活見学に誘われた日の出来事である。
『俺達のバレーを見てくれれば、自分の気持にも整理がつくでしょ』
あの言葉を受けた後、私は及川君に引かれるがまま第三体育館へと連れて来られた。
体育館の入口には既に応援のために駆けつけたであろう女子生徒がたくさん集まっており、及川君は躊躇なくその中を突き進んでいくので驚きを隠せない。
「じゃ、いんちょーちゃんはしっかり見ておくように!」
まるで言いつけを守る様にビシッと言葉を残して行った及川君は、私が頷くのを確認して満足そうにコートの中へと入って行った。
及川君のファンの方がたくさん居るこの場に何故残していくのかとても疑問でしたが、予想通り彼女達の視線は私に向く。
「ねえ、何で及川君と一緒に来たの?」
「もしかして…及川先輩の彼女ですか!?」
「――それはありえません」
詰め寄ってくる彼女達にキッパリ告げるも、半信半疑の視線は相変わらず向けられる。
じゃあ何なのだ、と込められた眼差しはいくら経っても逸らされないので、出来る限り穏便に済むことを祈りながら正直に答えた。
「私の悩みを解消させようとして連れて来てくれたんですよ」
勿論、それ以上の詳細を説明してあげる理由がないのも事実。
何それ?と結局彼女達にとっては理解しがたい答えだけを残し、私はエントランスで見学している人を見つけてそちらへ向かう事にした。
その移動中、足元にボールが転がってきたので拾い上げると、ちょうど花君が取りに走ってきて―――冒頭に至る。
「もしかして及川に連れて来られた?」
「…どうしてそれを」
「やっぱりな。あいつ、いんちょーが体育でバレーしてるの見た時から誘いたがってたんだよ」
ニッと口角を上げた花君は突然私の頭に手を置くとワシャワシャと撫でて、そのまま颯爽とコートへ戻って行った。
詳しい事は分からないけれど、及川君にも考えがあって今日誘ってくれたのは把握しました。
少し離れたところで及川君が上げたトスを勢いよくコートに叩きつける岩君達の姿が見えた。
気合十分、やる気十分。妥当、白鳥沢!と、いつだったか教えてくれました。彼等が目指すものは、いつだって高い場所にあるのだろう。
練習に励む彼等から一旦目を離し、私は早足でエントランスへと向かった。
***
準備運動を終え、及川君達は試合形式の練習を始めた。
上から見れる分、広い視野で彼等の動きが見れるのはやはり楽しい。三年生対二年生で行われている試合だというのに、及川君達は決して劣っていなかった。
寧ろ、その逆だ。先輩達を翻弄し、ピンチをチャンスに変えて点を稼いでいる。それはまさに、及川君のトスあって出来ている試合運びだとよく分かった。
「…すごい…」
大分前に飛ちゃんから「すごい先輩がいるんだ」と話を聞いたことがある。それはもしかしたら、及川君の事なのかもしれない。
鮮麗された無駄のないトス。寸分の狂いのないそれは、岩君の強気のスパイクにドンピシャなタイミングで送られた。
幼馴染だという二人だからこその連携でもあるだろう。圧倒的な存在感も含め、及川君達が作り出す試合運びは三年生をも圧倒するものだった。
飛ちゃんは及川君達のバレーを見て新たな成長をしていた。
それは喜ばしい成長と共に、少しだけ羨ましいと思った。もし私も同じ中学に通っていたら、彼等のバレーを今よりも長く見れていたかもしれない。
「…今更そんな事を思っても仕方がないのに…」
でも。それでも。胸のドキドキは止まない。
バレーが好きな人が見たら、いや、興味が無かった人でも、きっと誰もが惹かれるだろう。彼等が作り出す世界は、それだけ強烈で、魅力的なのだから。
「行け!及川!」
花君が上げた高いトス。それに向かって強く跳び上がった及川君の見事なスパイクは、試合終了の合図となってコートに叩きつけられた。
攻撃的なセッター。セッターでありながら、サポートだけに留まらず決定打も決めてみせる輝く才能。
私はあそこまで出来なかった。だからこそ、彼を見てるとドキドキは熱くなる。私はこの感情を知っている。
自分には決して届くことのない才能を持ち輝く彼を、私は憧れているのだ。
「ねえ!」
ふと見下ろせば、試合を終えた及川君が下からこちらを見上げている。
「見惚れたでしょ」
腰に手を当てて前髪をかき上げる及川君に思わず頬が緩む。
「はい。とても」
あまりの眩しさと、圧倒的なセンスと存在感。
仲間の力を確かに発揮させるトスと、引っ張っていく力を兼ね備えた広い背中。
「カッコ良かったです」
―――岩君と花君。
ぽろりと零れたのは心の中で褒めていた人とは別の人の名前。
それが予想外だったらしく、及川君は髪をかき上げた仕草のままピシリと固まった。
「ドンマイ」
「ドンマイだな及川」
そして彼の後ろから待機していた岩君と花君がひょっこり顔を出して、それぞれが及川君の肩にポンと手を置く。
完全なからかいとワザとらしい同情。最初に仕掛けたのは私ではあるけれど、及川君に対して悪ノリが良い二人は私に向って親指をグッと立てて笑った。
「いんちょーちゃん、ここでそれはないでしょー!!」
「ふふ…すみません」
「全然悪いと思ってないでしょ!俺かなり頑張ったよ!?」
「はい。それは見ていたのですごく分かります」
「なのにカッコイイのは俺より岩ちゃんとマッキーなの!?」
「途中何度かトスが乱れたのをフォローして立て直してくれたのは岩君と花君でしたよ」
「うぐっ」
「それと、及川君がサーブをアウトして失点した分を取り返してくれたのも岩君と花君です」
「ぐぬぅっ」
「…だとよ、及川」
「いんちょーはちゃんと見てくれてるなぁ」
両サイドから肩を組まれれば悔しそうに歯を食いしばってギリギリ鳴らしている及川君が、試合中と違って子供っぽく見えて可愛かった。
そう思ったのは口にしないでおこう。今言えばきっと機嫌を損ねてしまう気がするから。
「でも、」
「?」
「それらを成立させるトスを上げたのは、及川君です」
「…!」
彼をからかった時の反応も面白いけれど、今日誘ってくれたお礼も兼ねて伝えよう。
「カッコ良かったですよ。試合中の及川君」
思ったままを正直に伝えれば、今まで悔しそうにしていた表情はガラリと崩れ、見る見る内に顔が赤くなっているに気づく。
そんな及川君を驚きと面白さを交えた顔で見やる岩君と花君は、ニヤリと笑みを浮かべて思い切り彼の背中を叩いた。
「良かったじゃん及川ー!」
「試合中限定っぽいけどな」
「痛ったー!!ちょ、二人して思い切り叩き過ぎ!背中赤くなるから!」
「赤いのは背中より顔だろうが」
「っ!岩ちゃんうっさい!!」
「おーおー。こんなに怖くない及川は珍しいな。もっと褒めてもらったら余計に赤くなるんじゃねーの?」
「マッキーまで何言ってるんだよ!…って、いんちょーちゃんまで笑ってるの!?もしかして、からかった!?」
「いいえ。素直な感想ですよ」
「……その割には笑ってるよね」
「ごめんなさい。三人のやりとりが面白くて……ふふっ」
「もおおお!こんなはずじゃなかったのにー!!」
からかい続ける岩君と花君を引き剥がしながら喚く及川君を見ながら私は自身の胸にそっと手を当てた。
「ありがとうございます、及川君」
君のお陰でバレーが好きな気持ちが火を灯しました。
静かに小さく点いていただけだったその火を、今日、君が再び強めてくれました。
今度は選手としてではないけれど、もう一度バレーボールとしっかり関わってみようと思います。
それを言ったら、きっと飛ちゃんは複雑そうな顔をしそうだけれど。それでも、最後は喜んでくれる気がする。…ただ、一つ問題が残っている。
「私……本から離れられるでしょうか」
一年以上も本の虫となって生活していた習慣は、そう簡単には治せないかもしれない。
まさか大好きなバレーのために、大好きな読書を手放すことになろうとは誰が予想出来ようか…。
「…先は長いですね」