及川君は実はオネエだという悲しい現実。





※キャラ崩壊注意




教室に忘れ物をした。ただ、それだけの事だった。
放課後、ほとんどの生徒は帰宅し、学校に残ってるのは部活をやっている人だけ。けれど、既に教室は静かになっていて誰も居ないと思ってた。
だけど、自分のクラスである3-6に近づいたところで誰かの話声が聞えて、ああ…まだ残ってる人いたんだと軽く思っていた。


「お、及川君のことが…ずっと好きでした!」


そしたらまさかの告白現場。ギリギリ教室のドア手前で足を止めたから良かったものの、この状態じゃ中に入れそうにない。

それにしても、相手はあの有名な及川君かぁ。三年生になって初めて同じクラスになったけど、未だに接点ないんだよね。
彼は男子バレー部主将を務めていて、それはそれは素晴らしい成績を残してる。対して私はと言うと、ごく普通の女子高生の一人。部活は入ってません。
そんな私がこんな現場に遭遇するなんて誰も予想すらしないだろう。私はただ、忘れものである教科書一冊取れればそれで良いのに、参ったな…。


「気持ちは嬉しいよ。けど、ごめんね。俺、今はバレーに集中したいんだ」


盗み聞きは悪いと思いながらも、ついつい耳を澄ませてしまっていたら、ついに及川君が返事をした。
告白した子はフラれてしまった。残念な結果だけど、彼女だけじゃなく及川君にフラれた子は今までにも何人もいる。
カッコイイのは分かるけど、私は及川君より岩泉君の方が素敵だと思うな。男らしいし、筋を通してるっていうか、本当に真っ直ぐな人だと思うから。

そんな事を考えてたら足音がこちらに近づいてきたので慌てて隣のクラスに身を潜めた。
駆けて行く足音が徐々に遠ざかっていく。一瞬見えた女の子は涙を流していた。…失恋と言うのは、やっぱり辛いものなんだよね…。


「……よし」


そろそろ出て行っても大丈夫だろう。告白現場じゃなくなったワケだし、私は何も聞かなかった事にして忘れ物を取って早々に帰ろう。
一度深呼吸。…及川君と二人きりなったことはないけど、まあ大丈夫でしょう。あまり話した事もないけど、私の用事は直に済む事なんだから。
いざ出陣!気合いを入れて教室から足を踏み出した瞬間、自分のクラスから及川君が出てきた。


「……」

「……」


目が、合った。
そして、沈黙。

瞬時に頭に浮かんだのは、誤魔化せ!だった。
別に犯罪を犯したワケじゃないんだから慌てる必要ないのに、及川君を見た瞬間に焦りが生まれ、最初に出た言葉は声が裏返ってしまった。


「あれ?及川君、まだ残ってたんだ」

「……ああ、うん。ちょっとね」


及川君、一瞬耐えてくれたけど肩が震えてる。笑いを堪えてる。最悪、恥ずかしい…!


「そういう苗字さんは?確か帰宅部だったよね?」

「そ、そうなの!忘れものしちゃって、慌てて戻って来たんだ」

「そうなんだ。お疲れ」


いつもの爽やかスマイルを浮かべた及川君は、そう言って私の横を通り過ぎようとした。
けど、私の視界には彼の足元に良からぬものが映り込んだのが見えた。あれは、あの黒い物体は間違いなく―――。


「あ。及川君、足元に…」


言いながら彼の足元を指さした瞬間、私は自分の未来を変貌させる出来事を体験する。

黒光りしたヤツが及川君の足元をサッと通った直後、この場に決して似合わない悲鳴が響くのだ。


「きゃ―――――っ!!」


瞬時に理解するには無理があった。
奇跡的にスローモーションでお送りされる現実では、ヤツが及川君の足元を走り、それに驚いた彼が跳び上がって、こちらに救いを求めて飛び付いてくる。
そこまでは、まだいい。だけど、ちょっと待って。ねえ、その、あの、女子の様な悲鳴を上げたのは私じゃないんですよ。


「いや――――っ!こっちに来ないでぇぇえ!!」


現実は、残酷だった。

涙を浮かべながら必死に私に抱きついて助けを求めているのは、何度瞬いても残念ながら及川君であることに変わりはなく。
そしてこの女子の様な悲鳴も、彼の口から飛び出ている。

この青葉城西で断トツモテる男であり、男子バレー部の主将であり、あの誰もが知ってる有名なイケメンの及川徹。
私はこの日、彼が隠し持っていたもう一つの顔を悲しい事に知る事になってしまった。


「あの…そんなに騒がなくても大丈夫だから」

「ムリムリムリムリムリ!!ゴキムリ!!」

「いや、ほんと大丈夫だから」

「ムリったらムリ!アタシ虫はダメなの!!」


アタシ……?
私の中で及川徹という男は【モテ男】から【オネエ】に自然とジョブチェンジした。

ゴキから逃げるように私の後ろに回った及川君は、しがみついたまま「なんとかして!」と懇願してくる。
この状況に酷く冷静で居られる自分がすごい。こっちまで混乱しそうなのに、彼がこれだけ騒いでくれてるお陰で逆に冷静になれたのかもしれない。

私は自分の上履きを片方脱ぎ、仕方なくアレに向かってそれを叩きつけた。
「ギャアア!!」そんな悲鳴が耳元で響く。…なんだろう。あまりにも煩いから軽くイラッとするわ。


「ほら、もう大丈夫だから」

「アンタ…!その上履きどうする気!?」

「どうするって…。私の上履きコレしかないから履くけど」

「やめてよ!!」

「…は?」

「洗ってから履いてちょうだい!」


私の手から上履きを奪い取る様にバシッと叩き落とした彼は、私にしがみついたまますかさずその場から後退した。

まだ落ち着くには時間がかかりそうなのか、彼はプルプル震えたまま私から離れようとしない。
あと、ゼーゼー荒呼吸聞こえるんだけど大丈夫?そんなになるほどアレが苦手だとは思わなかった。


「及川君、一度休んだら?ほら、イス近くにあるから」

「アンタ、何でそんな落ち着いてられるの?」

「え?」

「ゴキよ?あのゴキよ!?女の子だったら普通嫌がるでしょ!」

「うち、私以外が皆アレ苦手だから…うん、慣れた」

「信じられない…!!でも頼もしい…!!」


よく分からないけど感動してくれた及川君は私に促されるまま近くのイスに座った。私の手を握ったまま。


「……」

「……」

「……」

「……」

「………ねえ、」

「ん?」


及川君は私をキリッとした顔で見上げた。


「今見たの、全部夢だから」


いや、無理があるだろ…!!
思わずツッコまずにはいられない事を言われた。さっきまでの出来事を全部なかった事にしようとしてる!


「さすがに無理。だってまごう事なき現実だし」

「俺はあの及川さんだよ?悲鳴なんてあげるワケないじゃん」

「悲鳴あげた事実を自分で言っちゃうんだ…」

「あげてないから!!」


及川君て、もしかしてバカなのかな…。
若干残念なものを見る目で彼を見下ろしたら、繋がれていた手がギュッと握られた。


「…っ、他言無用に、してほしい」

「…!」

「宮城一モテる及川徹が、実はオネエでしたなんて…知られるワケにはいかないでしょ」

「…今までよく隠せてたね」


ギロッ。彼はすごい表情を歪ませて睨んできた。
さすがにビビって後退したら、それに合わせて立ち上がった彼にすかさず壁に追い込まれ、顔の横に両手を着けられて逃げられなくなった。


「ねえ、この俺が頼んでんだよ?だったらさ、女の子らしく素直に約束してくれるよね?」


壁ドンされた状況は、彼に好意を寄せる人ならトキめくのかもしれない。
だけど皆さん、今の及川君は既に涙目である。


「…わ、分かった。誰にも言わないって約束するよ。だから泣かないで及川君」

「な、泣いてないわよ…!」


ハンカチを差し出したら速攻で奪い取られ、彼はそれを目元に当てながら続けた。


「…もし約束破ったら絶対許さないから…」

「いや、言っても誰も信じないと思うよ」

「そんなの分からないじゃない。しかもこれが噂に広まったら……アタシ…アタシ…っ」

「ああ、あんまり擦ったら赤くなっちゃうから。水で濡らしてくるから、ちょっと待ってて」

「―――待って!!」


再び手を握られて引っ張られるがまま振り返れば、彼はやはり残念なことを言う。


「まだアレがいるかもしれない所に一人にしないで!アタシも一緒に連れてって!」


三年六組。男子バレー部主将、及川徹。
イケメンでありながら、実はオネエだったという事実を目の当たりにした私のこれからの学校生活は前途多難である。


「落ち着いたみたいだし、私帰るね及川君」

「待って!アタシ教室にカバン置いたままなの!」

「…だから?」

「ついてきて!」

「…………」


クラス替え、もう一回してくれないかな…。