幼馴染なりの恋のキューピッド(黒尾)
おれには幼馴染が二人いる。一人は、クロ。もう一人は、名前。
二人はおれの一つ上だから、今は高校三年生。そして、クロは名前のことがずっと好きなんだ。でも。
「研磨ちゃーん!」
ぼふっ。名前は登校時や、それ以外の時もだけど、おれを見かけると必ず抱きついてくる。
これは昔からずっと続いてる事だからもう慣れたことだけど、他の人からするとコレは羨ましいものらしい。
「名前。いきなり飛び付いたら危ない」
「研磨ちゃんおはようっ。あ、昨日と違うモンスターだ。倒せたんだね!」
「うん。なんとかね」
彼女はマイペースで、おっとりしてて、天然。何もないところで転ぶこともあるから見てて冷や冷やする事は少なくない。
だから誰かが見ててあげないとって昔から言われてて、それもあってクロは名前にやたら過保護になった。
「コラ名前!研磨見つけたからっていきなり走るな。また転ぶぞ」
「てっちゃん大丈夫だよ。今日は転んでないよっ」
「今転ばなくてもこの後転ぶかもしれないだろ」
「そ、そんなことないよ。大丈夫だから見てて。今日の目標は学校に着くまで転ばな―――」
フラグ回収の早い名前は道に転がっている小石に足を躓けた。
ゲームをしてるおれは咄嗟に手を伸ばすこともできなかったけど、予想していたクロは後ろから彼女の腹部に腕を回して直に支えた。
「ほら見ろ。言わんこっちゃない」
「何かの間違い…!」
「現実見なさい」
もはや保護者になり果てたクロだけど、名前を見る眼差しはいつも優しい。
名前もおれとクロの事を家族のように大切に想ってくれてる。それはいつも彼女が伝えてくれてるから分かる。
だけど、クロが一番欲しているのはソレじゃない。おれ達に向ける【好き】じゃなくて、たった一人にだけ特別に向けられる【好き】だから。
名前は鈍感だからクロの気持ちに全く気付いていない。クロも今の雰囲気を壊したくないから、その一歩を踏み出せずにいるみたい。
中学生の時にお節介を承知で言った事がある。伝えないと、きっと名前は分からないよって。
でもクロは、分かってるよって苦笑してその一言だけを答えた。
誰がどう見ても二人は恋人のように見える。だけど実際はそうじゃない関係。名前はクロのこと、どう思ってるんだろう。
***
「近すぎて気付かないってやつじゃないか?」
放課後。HRが早めに終わったから一足先に部室に行くと、クロのクラスメイトの夜久くんが既に来ていた。
クロは名前とも同じクラスだけど今日は掃除当番らしいから少し遅れてくるらしい。
二人が居ないなら丁度良いと思って、自分でも驚くくらいすんなりと二人の事をこの人に相談していた。
近すぎて気付かない。確かにそう言う事もあるって聞いた事はある。名前もそうだとしたら、どうしたらクロの事を意識するようになるのかな…。
「名前の場合は生まれ持った鈍感と天然だからなぁ。なかなか難しいだろ」
「…でも、クロは」
「そこは、黒尾がどうするかの見せ場でもあるじゃん。今より一歩進んだ関係になりたいなら、怖くても今の関係に終止符を打たないと」
言ってることは分かる。そうしないと止まったままなのも。
クロは子供の頃から俺を外へ引っ張り出してバレーの世界に連れてってくれた。世界を広げてくれた。そして、今が在る。
別にクロに頼まれた訳じゃないけど、幼馴染としておれに何かしてあげられる事はないのかなって…らしくもなく考えた。
「ねえ、」
「ん?」
「おれが名前を取ったら、クロ、怒るよね?」
「ん!?」
何をしようとしてんだ研磨?
夜久くんは不安そうにおれを見ながら問うてきたけど、おれに出来る事なんて限られてるから、ものは試しでやってみようと思った。
今日全てがまとまらなくても、クロにとっては一歩前進するきっかけになるかもしれないし。たぶん、大丈夫な気がするんだ。
「お邪魔しまーす」
コンコンと数回ノックがしたのは直後のこと。返事をしたら噂の名前がひょっこり顔を覗かせた。
クロは一緒じゃないの?って聞いたら、すぐ来るよって笑う。なら、丁度良いかな。
「ねえ、名前。ちょっと来て」
「研磨ちゃんが手招きしてる…!可愛い!」
ぱあっと瞳を輝かせた名前がいつものようにおれに抱きついてくる。
後ろに倒れそうになったのをグッと堪えて彼女を支えたと同時に、外から聞こえてくる駆け足の音に耳を澄ませてタイミングを計る。
「ねえ、名前はおれのこと好き?」
「うんっ、だいすき!」
「研磨!?」
「じゃあ、どれくらい好き?」
「むずかしい質問だね。どれくらい好きって言うと…」
むむむと眉根を寄せて両手で好きの大きさを作ろうとする名前。
おれよりも10cmくらい背が低い位置にある彼女の顔を見下ろしながら、あの足音がすぐそこまで近づいてるのを悟った。
「じゃあ、質問を変えるね」
「ん?」
「名前のその【好き】は、おれにキスできるくらいの【好き】?」
その問いと、キィ…とゆっくりと部室のドアが開かれたのはほぼ同時だった。
目を丸くして現われたクロはおれと名前を凝視して固まってる。傍に居る夜久くんはハラハラしながら見守ってる状態。
一度だけクロに目を向けてからもう一度彼女に同じ質問をする。名前は予想してなかったおれに問いに、こちらも驚いて硬直していた。
「ねえ、どうなの?」
「…えっと…」
「できない?」
「それは…」
「おれは、出来るけど」
彼女の頬に手を添えて、もう片方の腕で腰を引き寄せる。
普段のおれなら絶対しないことだけど、見てるだけしか出来ないっていうのも割と辛いってことを分からせてやりたいと思った。
目前に迫った名前の顔、吐息がかかるまで距離を詰めた瞬間、俺達の間の距離は一気に引き離された。
「部室はイチャつく場所じゃありません」
おれから奪う様にして名前を自分の腕に引き寄せたクロは、少し怒った、困ったような複雑な表情でおれを見やる。
そこはちゃんと怒った方がいいと思うけど、なんて冷静に観察してる自分がいる中、クロは溜息を吐きながら突然名前を肩に担ぎあげた。
「悪いが少し遅れる。先に始めててくれ」
「お、おう…」
呆然と二人を見送る夜久くんの返事を聞いて踵を返すクロ。だけど、出ていく直前に振り返り、おれを見ては口角を上げた。
「研磨。後で覚えとけよ」
困惑の声をあげて何か言ってる名前をお構いなしにどこかへ連れて行ったクロにヒラヒラと手を振って見送った。
この後クロはどうするのだろうか。名前はどうなるんだろうか。その先の事はおれが関与する事じゃないから、いつも通り皆が集まるまでゲームをすることにした。
「お前…時々思いもよらない事するなぁ」
ゲームの電源を入れたところで夜久くんにワシャワシャと頭をなでられたおれは、やめてよとその手をそっと退かした。
***
「研磨ちゃーん…!」
ぼふっ。あの後、顔を真っ赤にして戻ってきた名前は今日何度目かの飛び付きをしてきた。
クロ、名前に一体なにをしたの。少し涙目になってるじゃん。
よしよしと彼女の頭を撫でながら遅れてやって来たクロを見ると、すごく意地悪い笑みを浮かべて名前の背後に立った。
「名前ちゃん。研磨の質問に答えてやらないんですかー?」
「うう……うーっ」
「…クロ、」
「お前が煽ってくれた分は、ちゃーんと教え込んでやったよ」
ニヒヒと歯を見せて再び笑ったクロは何かに吹っ切れたように清々しい様子だった。
告白したのかな。名前は相変わらず顔を真っ赤にしたまま離れないから、二人の関係は変わろうとしてるんだと思う。でも、クロを煽りすぎたかもしれない。
「名前。クロに嫌なことされたら、おれ達に言って」
「う…?」
「おれのせいでもあるから、その分は責任取るよ」
まあ、名前は分かってないだろうけど、火を付けたのはおれだから。その分の働きはするよ。…ちょっと面倒だけど。
「名前ー?さっき俺は何て言ったっけー?【研磨に抱きつくのは】?」
「(びくぅ!)ちょ、【ちょっとだけ】!」
「…ほんとに何したんだあいつ…」
「さあ…」
大丈夫かな、この二人…。