今日この村を滅ぼします


「あーあー…。退屈だなぁ…」


とある世界の、とある場所に存在する魔王城。
その玉座につまらなさそうに溜息をついて座っているのは、この世界じゃ知らない者はいない存在、大魔王・オイカワ=トオル。
頭の横に羊のように尖った角があり、ほぼ黒で統一された貴族の様な服装と派手な装飾品を身に着け、爪は全て黒で塗られている。
ありありと悪者であることを象徴する彼のファッションではあるが、女性を惑わす様な甘いルックスは今までにたくさんの女性の心を鷲掴みにしている。

そんな大魔王は、この世界において最凶の存在だ。
彼を倒せるのは選ばれし勇者だけと云われているが、その勇者は今現在、彼の能力によってスタート地点へとすっ飛ばされてしまったばかりなのだ。
実はついさっき漸くの思いでこの魔王城に辿り着いたのだが、待ってましたと云わんばかりに瞬間的に使われた魔王の能力が発動した。
ふざけんなクソオイカワー!!と犬の遠吠えの如く叫びながら小さくなっていく勇者の姿を、彼は腹を抱えて見送ったのだ。

それなのに、冒頭の発言である。


「イワちゃんてば、本当に単純だなぁ。敵の根城に来たんだから常に警戒してないとダメでしょ」


組んでいた足を解き、重い腰を上げて赤い絨毯の上をゆるやかに歩く。
自分の何十倍もの大きさの扉がゆっくりと開かれ、魔王の気で支配されている薄暗い雲が空を覆っていた。


「やる事もないし、仕方ないからイワちゃんが困る事でも増やそうかな」


大魔王は世界征服を企み、勇者はそれを止めて世界平和を取り戻す。
そんな野望をそれぞれが抱えてはいるが、このオイカワは勇者・イワイズミへの嫌がらせだけを頑張っている現状。
彼の配下である他の魔物達は、早いとこ勇者を始末して世界征服してほしいと言いたいが怖くて言えないのだ。


「おーい、オイカワ。出かけるのか?」

「ああ、マッキー。丁度良い所に。暫くの間空けるから、代わり頼んだよ」


マッキーと呼ばれた彼と付き合いの長い魔族は、オイカワと同じく頭に2本の角を生やしており、彼の言葉に怪訝そうに眉を寄せた。


「自分からぶっ飛ばしといて、まさか勇者を追いかけるんじゃないだろうな」

「まさか。そんなことしないよ。イワちゃんが歓喜のあまり泣いちゃうかもしれないじゃん」

「…ほんとイワイズミには同情するわ。あいつも魔法使えたら今頃お前、絶対血祭りにされてるだろうし」

「俺がイワちゃんに負けるはずないじゃん。まあ、魔王としての仕事は適当にやっとくから、留守番お願いねー」


ヒラリと手を振って彼に背を向けたオイカワは完全に開かれた扉を潜り、目下に見渡す限り広がる人間が住まうところを見据えた。


「まずは村の一つでも滅ぼしておこうか」


そうすれば、またイワちゃんは血相変えて俺の所にやってくるだろうしね。

この世界は単純だ。力の強い者だけが生き残れる。弱き者は死を待つのみ。子供でも理解できる仕組み。
さあ、魔物達のレベルを上げよう。勇者達を苦戦させる強さを与えよう。大いにイワちゃんを困らせて何度でもゲームオーバーにしてあげて。
悪だくみ一色に染まった魔王の願いは闇となって人間界に降り注ぐ。


「さてと、まずは一番近い村に訪問しますか」


俺が現れたらたくさんの悲鳴をあげて逃げまとい、そして絶望するだろう。弱き者は、強き者に勝てないのだから。

オイカワは早速地上に降り立った。
最初に見つけたその村の名前は「アオバ」。都会から離れたこじんまりした貧しい村。自然に囲まれた環境で助けられている状態だ。
しかし、少しでもそこから出れば魔物達に襲われてもおかしくない危険地帯でもある。

自分が手を下さずともその内滅びるだろうと思っていたオイカワだが、せっせと畑を耕す一人の人間を見つけて少しばかり驚いた。
こんな貧しい環境でまだ生きようとしている人間が居るからだ。
感じる人間の気配は多いとはとても言えない少なさ。こんな所を滅ぼしてもイワイズミの耳に届くかも微妙なところだと少しばかり思案した。

だが、オイカワはそれとは別にある事を思いつく。折角来たのだから何もしないで移動するなんて勿体無い。
まずはあの人間の悲鳴を堪能しようか…。
オイカワは悪笑みを隠すことなく浮かべ、ゆっくりと止めていた足を動かした。

大魔王ほどの力を持つ者は普通にしてても周りにいる生き物にプレッシャーを与えられる。
彼が近くにくると重い圧がビリビリと辺りを刺激し、普通の人間は息苦しさを覚える。
そして彼に気づきもしない人間も当然そうなり、動かしていた体はガクリと崩れて倒れ込んだ。


「ねえ、そんな所で何をしてるの?」


けれど、その程度で情が動く心を持ち合わせてはいないオイカワは、敢えて笑顔を崩さず人間を見下ろす。
距離が近ければ近いほど苦しさは強まり、最悪、気を失う人もいる。それを分かっていて尚問いかけるオイカワは、誰が見ても性格が悪い生き物だ。


「ねえ、聞こえてる?」


苦しめ苦しめ。
意地の悪い笑顔を浮かべながらその人間の顔を覗きこむためにしゃがみ込んだ大魔王は、その顎を指で掬い上げた。



「あ、すみません。今ここにアリの巣があるのであまり動かないでもらえますか」


何故か普通だった。
全く苦しんでいなかった。
けろっとした顔でオイカワにそう言った人間の村娘は再びアリの巣があるであろう箇所に目を向ける。

先程倒れ込んだように見えたのは見間違いで、彼女はただアリの巣を見つけたからしゃがみ込んだだけだというのか。
いや、そんなはずはない。自分の配下の魔物達だって自分の放つプレッシャーを浴びて平然としてられないのだから、人間がそれに耐えられる筈が無い。
だが目の前の人間の少女は耐えている。耐えているというか、そもそも感じていない様に見える。

一体何なんだこの娘は。何故俺のプレッシャーに然も平然としていられるんだ。こいつ本当に人間か?
オイカワは初めての事に困惑する。しかし、目の前の娘は相変わらず平然としていた。


「あの、」

「!」

「どこのどなたか存じませんが、いつまでもそこにしゃがんでいると汚れてしまいますよ」

「…え?」

「そこ、さっき野良犬がフンを…」

「うわあああああああ!?ちょっ、そういう事は先に言ってよ!てかもう踏んじゃったじゃんか!どうしてくれるんだよこれ!」

「あ、すみませんがその状態でこちらに来ないでください。…臭います」

「堂々と引かないでくれる!?俺だって好きで踏んずけたワケじゃないんだから!」


ご丁寧に鼻を抓みながらサササっと距離をとった村娘に怒りを覚えながら、適当な地面に靴を擦りつけて無かった事にしようとする大魔王。
まさかこの俺がこんな目に遭わされて黙ってるとは思わないだろう。
さあ、どうしてやろうかと妖しい笑みを浮かべながら娘との距離をズカズカ縮めるオイカワだったが、正面で彼女が「あ」と零した瞬間、彼の視界は暗転した。


「そこ、昨日村の子供達が掘った落とし穴が…」

「だからそういう事は先に言なよね――――!?」


≪大魔王イベント、その1≫

× 村を破壊する
× 人間を怖がらせる
× イタズラを仕掛ける
○ 罠に嵌められる


「ああもう最悪!何で俺が落とし穴に嵌んなきゃならないんだよ!」

「大丈夫ですか?服が泥まみれですけど」

「大丈夫なワケないじゃん!てか大丈夫に見えたらお前の目を疑うよ!」

「動かないでください。顔にも泥が付いてるんですから、拭けません」

「んんっ」


オイカワ=トオル。この世界一最凶の大魔王。
そんな彼が初めて出会った村娘は、極度の鈍感なのか重いプレッシャーをもろともせず、あろうことかオイカワの泥を拭う現状。
一番力の無い生物である人間に世話をやかれる羽目になっている自分に困惑せずにはいられないオイカワは、驚きながらも彼女をじっと見つめた。


「…お前、俺が誰だか解ってないの?大魔王だよ?」

「あ、やっぱりそうなんですか。立派な角をお持ちなので、もしかしたらそうなのかなと思ってました」

「…何で、怖がらないの」

「え?」

「俺が何でここに来たか分からない?この村を滅ぼすためだよ」


お前は、すぐに、死ぬんだよ。
目を細めて笑いかけながら囁くのは悪魔の様。悪戯に色が変わった赤い瞳に見入る様に見つめる娘は、それでも不思議そうに首を傾げた。


「では、何故すぐにそうしないのですか?」

「!?」

「あなた程の力をお持ちなら、私とこうして話してる間にも滅ぼすことは出来たでしょう?」


はい、全部拭けましたよ。娘は柔らかに微笑み、オイカワの頬をそっと撫でた。


「……っ!」


知らない。知らない。こんなもの、知らない。
初めて会った人間。初めて触れた人間。初めての、感覚。こんなもの、俺は知らない。

警戒心もないのか、立ち上がって背を向けて歩きだした娘を呆然と見上げるしか出来ない大魔王。
アリの巣を見つける前まで持っていた鍬を再び手にした彼女は肩越しに振り返り、オイカワを見詰めた。


「大魔王さん、お茶でも飲んでいかれますか?」


大魔王のすべきことは、勇者たちの妨害。
人間を苦しめ、魔の世界を広げて世界征服を達成させること。
しかしながら、彼の野望は思わぬところで中断する事になった。


「っ…マズイの出したら、速攻で滅ぼすから」


大魔王・オイカワ、村娘の家にお邪魔する。