友人として同情します


「名前。上の方は俺が消すから下の方頼んだ」

「ありがとう、もっくん」


3年5組。同じクラスの名前と俺は今日は日直。授業終了後に黒板を消すのもその仕事。
俺より背の低い名前が届かないところは代わりにやってやる。
バレー部の中だと俺は身長が低い方だから、自分より低い名前と接してると少しだけ心が軽くなるんだよな…。

因みに「もっくん」というのは俺の名前が衛輔だからそう呼ばれている。まあ、呼ぶのも名前くらいなんだけど。
彼女とは音駒高校に入学して男子バレー部に入った時に知り合ったんだ。当時は黒尾とよく喧嘩したもんだ。
その度に名前と海が仲裁に入っては場を落ち着かせてくれて、結構迷惑をかけたと思う。
けど、それもあって黒尾含め名前達幼馴染トリオとは仲良くやっていけてる。

そんな幼馴染トリオ(細かく言えば二人なんだが)は、ある問題を抱えている。
その中心にいるのが、この名前だ。黒尾は彼女に長いこと片思いしていて、未だ告白できずにいる。
三年間一緒に部活やってきたし、同じクラスにもなって、ずっと見てきたから黒尾が彼女を特別に想っているのは何となく分かってた。
だけど名前はとても鈍感だ。黒尾に限らず、自分に好意を寄せている異性の気持ちに全く気付かない。


「今朝ね、猫又先生に会ったんだけど、すごくご機嫌だったよ」

「へえ、どうして?」

「いい酒が手に入ってな!って言ってたー」

「…あの先生、結構飲むらしいからなぁ」


確かに名前は可愛いと思う。よく笑うし、恋愛関係には疎いけど、マネージャーとしての気配りやメンバーのちょっとした異変にもすぐに気付く。
なにより観察力があると言うのか…。黒尾や研磨が普段と少しでも何かが違うと、すぐに声をかけるんじゃなくて黙って見守ってあげてる事もあるんだ。
俺も部活中に怪我したり、スランプに入った時なんかは名前が傍に居て話を聞いてくれたり、気分転換に付き合ってくれたりしてくれた。
彼女は優しい。思いやりがあって、他人の変化に敏感で。欲しいと思った時に温かな手を差し伸べてくれる。

そういえば、梟谷の赤葦は名前の事を女神だと言ってたこともあったな。…まあ、木兎の扱いも上手いもんなぁ。無自覚だけど。


「へい、お二人さん」

「へい、てっちゃん!どうしましたか」

「次の家庭科の調理実習だが、担当どうする?」

「あー。そういや次だっけ」


黒板消しを終えたところで黒尾がエプロンと三角巾を腕にぶら下げて教卓前にやってきた。
名前が隣に来ると彼女の家庭科セットが入ったチェック柄の袋をナチュラルに手渡すあたり、さすが黒尾だ。
名前の事なら誰よりも知ってるし、よく見てるから黒尾も黒尾で彼女の変化にはそれはそれは敏感だ。
ちょっとでも具合悪そうにしてたら速攻で保健室に連れてったこともある。その時は名前と席も離れてて一番後ろの席だったクセにどうして分かったのか未だに謎だ。


「名前さん。俺達いつも通り補佐でよろしい?」

「よろしいですっ」

「ホント名前の手際の良さには感服するよ。ありがたやーありがたやー」

「もっくん野菜多めにしてあげるね!」

「っし!」

「俺は魚多めでヨロシク」

「てっちゃん、秋刀魚は一人一匹だよ」


調理実習の班は何人で組んでも構わない先生だから、俺達は気楽に三人で組んでいつも行ってる。
名前を中心にバレー部の連携を駆使して進めていく作業は賑やかで楽しい。
たまに黒尾と味見と称して摘み食いしたら名前の真っ直ぐな視線が突き刺さり、俺達は同時に「美味い」と意味を込めて親指を立てる。
そうすると名前は嬉しそうに笑って俺達に摘み食いのおかわりを献上してくれるんだ。なかなか出来た絆だと思う。

けど、作業中は包丁を使う事を回避出来ない。黒尾は名前が包丁を握る度にハラハラと落ち着きが無い。


「名前、絶対指切るなよ。絶対滑らすんじゃねぇぞ…!」

「大丈夫。任せて!」

「いや、寧ろ俺達が代わりに切るべきじゃねぇのか?いや絶対そうだ、そうした方が名前が怪我をしないで済む…!!」

「お前そう言って前回自分の指切ったろ…」


過保護ゆえに心配なのは分かるが、普段料理をしない俺達が余計な手を出すよりも名前に任せた方が安全、且つ、スムーズに事が進む。
落ち着きの無い黒尾をイスに座るよう押さえつけ、俺は彼女の隣に言ってその手際の良さを目の当たりにした。
テレビで見るプロの料理人みたく淡々とこなす様。計量スプーンなど使わず、勘と味見で味付けを施す料理慣れした姿。本当によく出来た幼馴染だな黒尾。


「はいっ。和風定食完成ー!」

「「おおー」」


炊き立てのご飯。豆腐の味噌汁。野菜炒め。そして秋刀魚の塩焼き。俺と黒尾の好物をまとめて作り上げた彼女には心からの賞賛の拍手を送ろう。


「でも私、お弁当もあるからコレ二人で食べきってね!」


グッと今度は彼女が親指を立てた。
折角三人で作ったのに名前はまた弁当を持って来てしまったらしい。前回も、前々回も彼女はクセでお弁当を作ってきていた。
まあ、俺と黒尾なら食べ切ることは出来るけど、やっぱり皆で食いたいよな。


「名前」

「ん?」

「弁当は俺が部活終わりに食うから、お前もこれ食え」

「そうそう。折角出来たてなんだし、ほとんどお前が頑張ってくれたんだから食べないと勿体ないよ」

「…てっちゃん、もっくん…」


彼女は素直だから感情が顔にも出やすい。じーんと感動してるのが見てとれるから思わず笑ってしまった。
ほら、座れよ。とさり気なく自分の隣のイスを引く黒尾に頷き、名前は当たり前のようにそこに座った。
揃って「いただきます」と言って箸を構え、俺と黒尾が真っ先に手を伸ばしたのは味噌汁。名前の味噌汁のむとほっこりするんだよ。おふくろの味かな…。


「なあ、名前さんや」

「なんですか、鉄朗さんや」

「(なんか年寄り染みた会話始まった)」

「この場で言うのもなんだが…」


黒尾は味噌汁が入ったお椀を持ったままキリッとした真剣な顔で名前に言った。


「これから先も、俺のために毎日味噌汁を作ってほしい」

「ブフォッ!!!」


ちょ、おまっ!こ、ここでまさかのプロポーズ!?黒尾お前っ、関係が壊れるのが嫌だとか言ってなかったか!?


「てっちゃん、そんなに私のお味噌汁気に入ってくれたの?じゃあ明日うちに夕飯食べにおいでよ。また作って待ってるから」

「おー。そうするわ」

「はああ!?ちょ、お前っ、お前等!いいのか?それで本当に良いのか!?」

「ど、どうしたのもっくん、そんなに大きな声出して」

「たぶん自分だけ誘われなかったのが悔しいんだよ。夜久のことも誘ってやんな名前。寂しいんだよ、あいつ」

「いや、違ッ…そうじゃなくて!」

「もっくんも来てくれるの?わあ…!じゃあ明日は張り切って作らないと。何が食べたい?あ、お味噌汁作るから和食で良いかな?」

「魚料理にして」

「お前ええ!自分の内に秘めた熱い想いはどうした!?悲しくないのかこの流れで!!」


ツッコミどころが多すぎて思わず黒尾の胸倉を掴んでユッサユッサ揺らしながら怒鳴れば、黒尾の表情はスンと無になった。


「悲しいに決まってんだろ。人一倍の勇気を出した結果がこれだ。もう笑えねぇよ。けど名前からの誘いを断るワケもねぇだろ」

「嘆いてんのか図々しいのか何なんだよお前っ。…名前、明日俺もお邪魔していいか?こいつだけは色々と心配だ」

「? もっくんも来てくれるなら大歓迎だよ!帰ったら早速お母さんに伝えなきゃ。あ、研磨ちゃんにも後で連絡しとこ。皆で食事できるなんて嬉しいなぁ」


黒尾と俺の気持ちを知る由もなく一人鼻歌を歌いながら食事を再開する名前は心から嬉しそうに笑う。
この笑顔を見たら強く言えない。言える訳が無い。名前は何も悪い事をしてないんだ。責める権利なんて俺達には無い。だけど―――。


「黒尾。こんくらいで諦めたりしないだろ」

「はあ?当たり前なこと聞かないでくんない?」


何年こいつに片思いしてると思ってんだよ。
俺にしか聞こえないくらい小さな声でボソリと言った黒尾は、もう嘆きの表情をしておらず、いつものように飄々とした態度に戻っていた。

丁寧に秋刀魚を解している彼女を見ながらぽんぽんと頭を撫でる黒尾の眼差しはやはり優しい。
名前にだけ向けるそれは、いつだって彼女だけ特別と訴えているのに、名前はそんな黒尾の気持ちに気づかない。
名前だってきっかけがあれば黒尾の事を異性として意識するはずなんだ。だってこいつ等、傍から見たらちゃんと恋人に見えるんだから。


「歯がゆいなぁ…」

「……」

「じれったいなぁ…」

「…あのさ、わざわざ俺の横で溜息つかないでくんない?なんなの?言いたい事があるならハッキリ言えばいいでしょ」


―――じゃあさっさと告れよチキン野郎。


「…あのさ、目で訴えるのやめてくんない?たぶん当たってると思うから言うけど、俺一日に複数回に渡っての精神的ダメージ受けたくないから」

「チッ」

「舌打ちも精神的ダメージに入りますからね!?」


こうして今日も名前は黒尾の気持ちに気づかず、迎えた翌日での夕食を皆でご馳走になってる時、名前のお母さんが心配そうに呟いた。


「ねえ、夜久くん、研摩くん。うちの子、何でこんなに鈍感なのかしら。学校で告白されてても絶対気づいてないでしょ」

「えっと…」

「否定はしない」

「鉄朗くん!わたし、応援してるから!だからどうか、めげずに頑張って!!」

「…はい」


母親にも公認されている黒尾の気持ちって…。
もはや同情するしかない状況に研磨と揃って見つめれば黒尾は「こっち見んな」と味噌汁を飲み干すのだった。