夏祭り

窓の外からジワジワと蝉の声が聞こえてくる夏の夕方。時間は十六時を過ぎたというのにまだ空は昼間の様に明るくて、夏の日の長さを実感する。洗面所の窓から入り込む日差しに目を細めながら鏡を確認する。髪形もメイクも問題ないだろう。もう何度も確認をしているけれど、つい不安になってまた鏡を覘いてしまう。いつもと違う髪形、いつもと違う服装。いつもと違うだけで、こうも不安になってしまうなんてつくづく小心者だとため息をついた。

以前偶々立ち寄ったお店で好みのど真ん中の浴衣を見つけてしまい、つい購入をしてしまった浴衣は今日初めて袖を通した。人によっては"若いんだからそんな渋い柄じゃなくて可愛らしいのを選べばいいのに"とでも言われそうなレトロモダン柄の浴衣は、確かに少し背伸びをしているように見えるかもしれない。でも、とても気に入っているのだ。別に他人にどう言われようと関係ない。そう思いつつも、どこかに少しだけ引っかかるかのような不安は私をそっと煽っている。身支度は完璧とは言い切れないが、そろそろ待ち合わせの時間が近い。最後に全身鏡の前でくるりと回り、無理やり笑顔を作る。大丈夫、今日の私はきっと可愛い。――できれば、そう思って貰いたい。玄関に出しておいた下駄に足をつっかけて待ち合わせ場所に向かう。月島君はもう家を出ただろうか。



「ごめん、待たせちゃった?」
「別に、名字さんより少し前に着いただけだよ」
「あ、浴衣着てくれたんだね」
「…全くもって不本意なんだけど、母親がうるさくて。暑いし動き辛いし全然着たくなかった」

待ち合わせ場所に既に来ていた月島君は浴衣を着ていた。それが嬉しくて合流して早々に声を掛けると、物凄く苦い顔をされてしまった。どうやらこれ以上身長が伸びたら着られなくなりそうで勿体ないから、という理由で浴衣を着せられたらしい。すらりと背の高い月島君に、シンプルなブルーグレーの浴衣はとても似合っていた。

「凄く似合ってるよ!月島君のお母様に感謝しないと」
「意味わかんない」
「だってまさか月島君が浴衣着てくれると思わなかったもん。お揃いみたいで嬉しいじゃん」
「浴衣着てるだけでお揃いとか思われないよ普通」

未だに唇を尖らせた月島君は不満げだけど、多分本当に嫌じゃないやつだと思う…多分。私が"買った浴衣がどうしても着たいから一緒にお祭り行くの付き合って"という誘い方をしたから着てくれたのだとすると嬉しい、なんて都合のいい解釈をしていることを言ったらきっと否定されそうなので口には出さないけれど、ついにやけてしまった。

「何その緩んだ顔」
「べっつにー?あ、ねえ私の浴衣どう?可愛くない?」
「…馬子にも衣裳」
「ねえそれ褒めてる?」
「どうだろうね」

思い切って聞いてみたものの、あっさり受け流されてしまった。今度は私が唇を尖らせていると、月島君は「ほら、行くんでしょ?」とお祭り会場に向かって歩き出す。こちらに背中を向けたけれど、いつもよりゆっくり歩いて私を置いていこうとはしないところが月島君らしいと思った。



お祭り会場は想像していたよりも混雑していて、気を抜けばすぐにはぐれてしまいそうだ。気を付けないとと思う反面、身長が高くて目立つ月島君を探すのは苦労しなさそうだとも思う。…この油断がいけなかったのだ。適当に屋台を回っていた私達は、気が付いたらはぐれてしまっていた。

「うわ、やっちゃった…」

そう呟いても返事を返してくれる人は近くにいない。なんだか急に心細くなってしまった。一先ず人があまりいない屋台の並びが途切れた辺りに移動してスマートフォンを確認すると、月島君から『今どこにいるの』と短いメッセージが入っていた。辺りを見回して目印になりそうなものを探すが、これと言って特徴のあるものが見つからずに困ってしまった。大きなお祭り会場なので、屋台で売っているものも数か所重複している。その為特定の屋台を目印にすると余計に分からなくなりそうだ。何か目印になりそうなものがありそうな場所に移動しようとした時、背後から誰かに腕を掴まれた。

「お姉さん今一人?」

それは月島君ではなく、見知らぬ男性だった。驚いて腕を振り解こうとしても、力の差のせいでうまく逃れることができない。そのまま腕を引かれ、人混みの中を縫うように人気のない方へ連れていかれることに恐怖を覚えた。スマートフォンを持っている方の腕を掴まれている為、月島君と連絡を取ることもかなわない。人は本当に怖い時は思ったように声が出ないものなのだと頭の端でぼんやり思っていると、握ったままのスマートフォンが何度か震えた。相手は月島君だろうか。確認することもできないままいると、遠くから私を呼ぶ声が聞こえた。

「名前!」

月島君だ。人混みの中から飛び出た月島君の顔は、焦りや怒りを混ぜ合わせたような見たこともない表情をしている。うまく人混みの中を移動してこちらに向かってきた月島君は、私の腕を掴んでいる男性の腕を掴み、「離してもらえます?」と至極にこやかに言った。一周回って怖いくらいの笑顔だ。突然現れた月島君を驚いた顔で見上げた男性は、何も言わずに手を放して人混みの中に消えていった。

「ほんっともう気をつけてよ…何勝手にはぐれてんの。心配させないで」
「ご、ごめん…」
「…さっきの。何もされてないよね?」
「うん、月島君が見つけてくれたから大丈夫だったよ。本当にありがとう。はぐれちゃってごめんね」
「僕の方こそごめん、ちゃんと気を付けておくべきだったのに」

そう言った月島君は私の手を握った。「…言っておくけど、またはぐれないようにだから」と目線を合わせずに言った横顔に、思わず心臓が跳ねる。

「そう言えばさっき、私の事名前で呼んでくれた?」
「…呼んでない。勘違いじゃない?」
「嬉しかったのになあ」
「そう言われても呼ばないからね」
「残念」

そう冗談めかして言うと、小さくため息をついた月島君は、一度手を繋ぎなおしてこちらを向いた。

「…浴衣、似合ってるよ。可愛いんだから僕以外の男には注意してね、名前」

驚いて思わず押し黙ってしまった私を見て悪戯っぽく笑った月島君は、そのまま手を引いて歩き出した。街頭沿いに飾られた提灯がなくなった頃、じわりと頬が紅潮していくのがわかった。まるでお祭りの喧騒から切り離されたような静寂が辺りを包み、涼しい顔をした月島君と赤くなった私だけが空間に取り残されたかのように感じた。

・おまつり
・友達以上恋人未満
・浴衣で待ち合わせ
・はぐれる
・手を繋いで帰る

今回はお互い同じあらすじで。