鈍感ナンパ師宮侑

久しぶりのオフ日となった今日は大変いい一日だった。以前から狙っていた服も買え、気になっていたお店でランチをすることもでき、観たかった映画も観ることができた。尚、ここまで全て一人だ。生憎誰とも予定が合わず、苦し紛れにサムを誘ってみたものの「嫌や、何が悲しくて休みの日までツムと出掛けなあかんねん」とあっさり断られてしまった。いや、俺かてお前と出掛けたないですう。そんな言い訳も空しく一人で街にでてきたと言う訳だ。

一人で行動するのも案外気楽で良いと言うのが本日の学びだ。とは言えそろそろ話し相手が欲しいと思っていた矢先、カフェのテラス席で一人静かに本を読んでいる女性を見かけた。自分より少し年上だろうか。綺麗に施された化粧と緩くウェーブが掛かった美しい髪、タイトスカートから伸びたすらりとした足はテーブルの下で組まれている。伏せられた視線のせいか、長い睫が頬に影を落としており、それが妙に艶めかしくみえた。…つまり好みの美人を見つけたのだ。自分は今一人。運試しよろしく一か八かで声を掛けてみるのもいいかもしれない。思い立ったが吉日、早速声を掛けてみる事にした。店内でドリンクを注文しテラスへ出ると、先ほどの女性の後ろ姿を見つけて近付いた。

「すいません、ここ、相席いいですか?」
「…え、ここですか?」
「せや、ここ。座ってもええ?」

本を読んでいたところに急に話しかけられた女性はこちらを見上げて驚いた顔をした。困惑しているところを畳みかける様に重ねて質問すると、予想通り思考が追い付かなかったのか、驚いた顔のまま小さく首を縦に振った。…なんや随分チョロいやん。本当は席なんて他にも沢山空いているのだけど、考える隙を与えなかった作戦は功を奏したようだ。

「お姉さん今一人なん?」
「…見ればわかると思いますけど」
「なんやつれないなあ。そんな警戒せんといて?」
「この状況、普通の人は警戒すると思いますけどね」
「そう言えばお姉さん標準語みたいやけど、この辺の出身じゃないん?」
「…最近こっちに来たんです」

最初に声を掛けられた時に向けられた視線は、俺が椅子に座ると同時にまた本へ落とされた。何度か質問を投げかけてもその双眸はこちらを捉えることなく、忙しなく文字を追っている。

「ふーん、それよりいつこっち見てくれんの?」
「今忙しいので」
「本なんかいつでも読めるやろ」
「わかりました、私が席変えます。貴方はそのままここ使ってください」

伏せられていた目線がこちらを捉え、視線がぶつかり合う。色素の薄い瞳には自分の影が映りこんでいるのが薄っすらと見え、一瞬時が止まったように感じた。その瞳に吸い込まれたようにつくねんとしていると、手早く荷物をまとめて立ち上がった女性の椅子を引く音で我に返る。

「ちょお待って!」

反射的に立ち去ろうとした女性の手首を掴んでしまい、ハッとしてすぐに手を離した。これ大声をあげられてもおかしくないと内心反省をしながら女性を見上げると、先ほど掴んでしまった方の手の甲を口元にやり、顔を真っ赤にして目線を逸らされた。…え、ヤバ。そんな可愛い一面もあるん?
初めは美人やなあというところから始まったが、すっかりこの女性のことがもっと知りたくなってしまった。今連絡先を聞いたとしても教えてくれる可能性は限りなく低そうではあるが、ここまで来たら当たって砕けろだ。

「あの、もしよかったら連絡先教えてほしいな〜、なんて思ってんけど…」
「……教えたら帰っていいですか?」
「…! ええよ!」

何がこの女性の琴線に触れたかは全く分からないが、終わり良ければ総て良し。メッセージアプリで連絡先を交換した後、女性――名前さんは先ほど言っていた通りすぐに帰っていった。



「なあサム、俺今日めっちゃ美人と連絡先交換してん」
「はあ?ナンパか?そこかしこでチャラいことすんのやめえや。ほんで美人言うてもどうせ大したことないんやろ?」
「フッフ、これ見ても同じこと言えんのか?」

さながら印籠の様に名前さんのプロフィール写真を表示したスマートフォンの画面を見せつけると、サムは「は?…めっちゃ美人やん」と小さな声で言っていた。せやろ、めっちゃ美人やねん。
一頻り自慢をして満足したころ、高鳴る気持ちを抑えて名前さんにメッセージを送った。

『今日は急に声掛けて怖がらせてしまってごめんな。連絡先教えてくれてありがとう』
『正直ちょっと怖かったですが、こちらこそ冷たくしてしまってすみません』

メッセージを送って十分ほど経った頃、名前さんから素っ気ない返信が届いた。絵文字やスタンプなどなくてもこんなにも胸が高鳴ってしまうのは我ながらガキくさいと苦笑いしてしまう。その後も何通かメッセージを交わし、その返事を待ちながらスマートフォンを抱きかかえて寝落ちしてしまって、翌朝またガキくさ、と苦笑いした。



「皆座れー、転校生の紹介や」

朝のショートホームルームで、教室に入ってきた担任は挨拶も早々に言った。開かれたままの教室の扉の向こう側に向かって手招きをし、おずおずと入ってきたのは艶のある黒髪をハーフアップにして黒縁の眼鏡を掛けた大人しそうな女子だった。スカートは膝より少し短いくらいの、絵に描いたような目立たない感じだ。正直好みではないので、彼女の自己紹介に耳を傾けつつも、その内容は右から左に通り抜けていく。どうしても考えてしまうのは昨日の名前さんの事だった。転校生の席は丁度空席だった俺の隣だ。着席した後にちらりとこちらを向いて「よろしくね」と声を掛けられたが、「…おん」と気の抜けた返事を返す。頭の中では名前さんに送るメッセージの内容の事で一杯だった。

まだ名前さんのことを良く知らない。年齢も、学生かそうじゃないのかも、好みも。唯一知っているのはメッセージアプリに登録されている"名前"という名前だけ。名字は登録されていなかったのでこれも知らない。まずは何から知っていこうか、逸る気持ちで考える。

『そういえば名前さんはいくつなん?』

一限目の教師が来るまでの空き時間に名前さんへ送るメッセージを手早く作成した。名前さんは年上?年下?どんな返信が来るのか考えながら送信ボタンを押すと、間髪入れずに隣の席の転校生のスマートフォンが着信音と共に震えた。隣を伺うように見ると、焦った顔で消音モードに切り替えていた。なんや鈍くさいなあ。そのあと転校生が何やらスマートフォンを操作し、机の上に伏せて置いた。それと同時に今度は俺のスマートフォンが震える。画面をつけると、名前さんからのメッセージが表示されていた。

『貴方と同い年ですよ』

…俺、年齢言ったか?昨日から今日に掛けてのやり取りを必死に思い返すが、記憶の中では言っていないはずだ。

『俺の歳言ったっけ?』

また隣の転校生のスマートフォンが震える。…もしかして。ギギ、と音が鳴りそうなくらいに恐る恐る隣を見ると、画面を操作していた転校生がこちらを一瞥した。それと同時に震える俺のスマートフォン。

『そりゃあ、隣の席ですし』

パッと画面に表示されたメッセージを見て「はあ!?」と思わず声が漏れ出た。だって。え??整理できない頭の中で昨日の名前さんを思い返す。昨日と全然見た目違うやん。

こちらの気持ちを察してか、「可愛いは作れるんですよ?」と言いながら細められた瞳は昨日と違って濡れたように黒く、その嫣然とした表情に思わずごくりと喉が鳴った。

「女ってこわ…」
「人を見かけで判断しちゃだめだよ」

そう言ってくすくすと笑った名前さんはどこか大人っぽく見えて、思わず目を逸らしてしまった。

授業が終わった頃にスマートフォンを見ると、『改めて、これからよろしくね』とわざとらしい笑顔の絵文字が添えられたメッセージが届いていた。

昨日顔を赤らめていた姿と今の底の知れない姿、どちらが本来の名前さんなのかは今後ゆっくりと知っていく事になるのだろう。

・ナンパ成功
・転校生としてくる
・最初は気づかない
・↑学校では地味
・LINE送ったらヒロインのスマホが鳴る
・おや…?