松川先輩と残業

やばい。
何がやばいって明日の会議の資料がまだ作り終わらない。

昨日の昼までは順調で、上司に確認したら「それでいいよ」と言っていたのに今日になって「もう一案あるといいなあ」なんて注文をつけてきた。

ほんの少しの修正ならまだしも新しく案を作り直すとなると定時までの後5時間でどうにかなるとは到底思えなかった。

そして案の定定時を大幅に過ぎた午後8時、私は部署に一人残っている。

追加を要求してきた上司はその後外回りに行ってそのまま直帰だし、他の同僚も今日に限ってみんなしてさっさと帰っていった。

正直私だってもう帰りたいけれど、未だに綺麗にまとまらない資料と涙ぐみながら戦っている。

「箪笥の角にでも小指をぶつけろクソ上司!!」

誰もいないのをいいことに文句を叫んだら、後ろから我慢ならないと言わんばかりの笑い声が響いた。

「名字さん、素はそんな感じなの?」

肩を震わせながら立っていたのは隣の部署の松川さんで、入社したての時に私の教育係としてついてくれた先輩だ。

右も左もわからない私に心底丁寧に教えてくれたのは今でも感謝している。
おかげで今年私についた後輩にもきちんと教えることができている。

「聞かなかったことにしてください」

顔を顰めてそう言うのがやっとで、尊敬する松川さんには上司の悪口を言っているところなんて見られたくなかった。

ここまでくると八つ当たりな気もするけれど、今はただあの上司が憎い。

「今日の昼に急に追加でもう一つ案出せって言ってきたって聞いてるよ。その前にチェックしたのはなんだったんだって怒りたくもなるよね」

私への同情を含んだ声でそう言ってくれる松川さんは本当に優しい。

「どこまでできたの?」

松川さんは私の後ろからパソコンの画面を覗いて「見せて」とマウスに手をやり資料を見ていくと「あれ、結構できてるじゃん」と驚いた。

「できてるんですけどイマイチ納得がいかなくて…」

「名字さんとしてはB案を通したいんだよね?」

「そうなんです。でも捨て案も用意しとけって言われたんですよねえ…」

気まぐれで部下を振り回すのは本当に勘弁してほしい。

「ここのデザインを少し変えればどうかな」

「あ、あー!見やすくなりましたね!」

「どうせ捨て案だし…って言い方はよくないけど、これならいいんじゃない?」

「明日これで上司に見せてみます!」

「頑張って」

「松川さん違う部署なのに申し訳ないです」

「気にしないで。名字さんも遅くまでお疲れ様」

松川さんの手が私の頭へと伸びて、軽くくしゃっと髪の毛を撫でられた。

「あ、これも今はセクハラになるのかな?」

眉毛をさげて困ったように言った松川さんに「いえ、ありがとうございます」と言ったら「お礼言うんだ」と楽しそうに笑われた。

「これ、頑張った名字さんにあげる」

そう言うと松川さんはガサゴソと手に持っている袋からコンビニスイーツをだし、私へと手渡してくれた。

「よく食べてるのみかけるから好きなのかなって」

「大好きです!!」

「早く資料コピーして帰りなね」

「ありがとうございます!!」

背を向けたまま手を振り去っていく松川さんの顔は少し赤くて、もしかして私が残っているのをみてわざわざ買ってきてくれたのだろうかと期待せずにはいられなかった。


明日までに作らなきゃいけない資料が全然できてない午後八時
別の案件で残業してた松川先輩が助けてくれる