十一月。時が経つのは早いもので、気が付けばあっという間に修学旅行シーズンとなっていた。練習やら試合やらで忙しなく、目を瞑って次にあけた時には十日が経過しているのではないかと思う程度には目まぐるしい日々を送っていた。正に光陰流転と言ったところだろう――つい最近授業で耳にしたので使ってみたかっただけだ。 ・修学旅行
まあ、そんな前置きはいったん横に置き。修学旅行というものはグループで行動をするのが常だろう。そのグループが修学旅行の良し悪しを左右すると言っても過言ではない。浮足立った生徒たちが好きな人同士でグループを組めるのかソワソワしている。例に漏れず、自分もその中の一人だ。
俺には同じクラスの彼女がいる。ただ、工業高校という性質上、どうしても男の方が多いので、誰と誰が付き合っているなんて事は噂話の格好の餌食となる。俺も彼女も面倒事は避けたい性分なので、付き合っている事は周囲には明かしていなかった。そうなると難儀するのはこのグループ分けである。付き合っていることを大っぴらにしていれば彼女のグループと組むことは容易なのだが、隠している場合はそうもいかない。なんなら教室で話すことすらないので、急にグループへ誘うとなると周りの目もあるだろう。あれこれ考えているうちにグループは決まりかけており、出だしが遅れた自分達は、いつの間にか男だらけのグループを組まされる羽目になっていた。
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男だらけというのは何とも虚しい反面、気楽なもので中々楽しい時間を過ごしていた。事前に適当に決めた観光地を巡りつつ、あわよくば彼女のグループと出会っていないか目を皿にして探したが、そんな都合のいい話があるわけでもなかった。移動中、観光地を巡る度にどんどん増える野郎達との青春写真を暇つぶしがてらスクロールして眺めていると、不意に同じグループのサッカー部のヤツが口を開いた。
「…おい、お前ら知ってるか?二十時頃は先生の警備も手薄になるらしい」
その意図がすぐに掴めずに首を傾げる面々だったが、続いた言葉を聞いた瞬間に目を光らせた。
「つまり、頑張れば女子部屋との行き来が可能だ」
ごくり。誰かが喉を鳴らした音が妙に周囲に響いた。悲しくも女子とグループを組むことがかなわなかった悲しい男たちの目の色が変わる。その表情はまるで餌を目の前にしてお預けをくらわされている犬のようだ。健全な男子高校生は欲望に忠実なのである。そんな話を耳にしてしまえばこの後の観光地の事なんて微塵も考える余裕もなく、どのように潜入ミッションをこなすかという話題で付きっきりとなる。この時点でなんとなく嫌な予感がしていた為、念のためにどの女子部屋に行く予定なのかを聞いてみると、案の定彼女がいるグループの部屋であった。なんと用意の良いことに、既に女子部屋メンバーのうちの一人にアポもとっているらしい。彼氏としてはこのギラついた野獣達を彼女のいる部屋に入れるのはどうしても気が引けるが、ここで反対意見を出したとしたら魔女狩りにあうのは避けられないだろう。思わずため息をつくが、それで状況が変わるほど現実は甘いものでもなかった。
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無情にも時間が過ぎるのは早いもので。ホテルに戻り入浴も済ませ、あっという間にもうすぐ二十時を迎える頃となっていた。男子部屋の一角ではこの後の潜入計画が入念に練られている。普段まともに勉強してねえくせにこういう時ばっかり張り切るのやめろよと言いたい気持ちは山々なのだが、圧倒的マイノリティーな事は確かなので軽々しく口にすることができなかった。
「よし、野郎共!作戦決行だ!」
「おえーい!!」
猛々しい宣言と共に、各々が作戦通りに動き出す。辺りをきょろきょろと見渡しながら移動する姿はさながら極秘ミッションを与えられたスパイのようだ。気乗りはしないものの、野獣達をそのままにしておく訳にもいかないので後ろをついていく。悲しいかな、サッカー部の言った通りに特に何のトラブルもなく女子部屋に到着してしまった。どうせなら先生と出会いたかった。誰かこいつらを止めてくれ。そんな願いも空しく、禁断の花園――女子部屋の扉が開かれた。
開いた扉の先には同じく入浴を済ませた女子たちがベッドの上に座ってこっちこっちと手招きをしている。勿論その中には俺の彼女もいるわけで。彼氏の俺もまだ見たことがない、風呂上がりで頬を紅く染めた名前を他の男に見られてしまったのはこの先一生悔やむことになりそうだ。
「何やるー?」
「そりゃあもちろん、王様ゲームっしょ!」
先ほど部屋の隅で行われていた作戦会議の中で決められたらしい、男女間の定番ゲーム。なんとも用意の良いことに、既に割り箸を使ってくじまで作られている。大体、修学旅行というイベントの中で男子を招き入れるということはお互いの利害関係は一致しているからに他ならない。ここぞとばかりに青春を味わいたい女子たちは二つ返事で了承した。こうして危うい王様ゲームが始まるのである。
「一番と五番が手を繋いで見つめ合う!」
「待って一番俺なんだけど。五番誰?」
「俺だよ!馬鹿!なんで相手がお前なんだよ…」
最初は朗らかな命令から始まったこのゲームも、佳境を迎えるにつれて段々と踏み込んだ内容になってきた。幸い彼女も俺も難を逃れていたのだけど、このまま続けていくとそうもいくまい。いつ切り上げようか思案していたところ、次に王様となった女子が命令を口にする。
「三番と六番、抱き合って?」
何とか彼女の隣を陣取ることができた俺はちらりと彼女の手元を見ると、握られたくじには六番と書かれていた。一瞬にして背中が冷たくなるのを感じた。自分のくじは一番、そうなるとどうか三番は女子であれと願っていた矢先、鼻息荒く名乗り上げた三番はテニス部の野郎だった。おい、おい!喉元まで出かかった声を出すことはかなわず、真ん中で立たされた名前の正面に緊張した面持ちのテニス部が立つ。
「…待て」
「お、どうした二口」
「それ、抱き合うの、待って」
「え?まじでどうしたの?」
ざわめく周囲には目もくれず、彼女の目の前に立ったテニス部をどかす。状況が理解できていないテニス部は「ちょ、ちょっとなんなんだよ」と抗議してくるが知ったこっちゃない。もうどうにでもなれと思いながら、目の前に立っている名前を抱きしめる。ふわりと香る石鹸の香りに胸が熱くなったが、今はそれどころではない。半ば無意識に取ってしまった行動をどう処理しようと思考を巡らせるのに必死だった。
「は?二口なに、どういうこと?」
「…だから、こういうことだよ」
結局最適解を導けず、すっかり止まってしまった思考回路は使い物にならなかった。半ば自棄になって、同じくどうするのが正解か考えあぐねている彼女の頬を両手で包み、軽いキスをする。途端に周囲から悲鳴か歓声か分からないような声が響き渡った。
「言ってなかったけど、俺たちこういう仲だから。だから他の男に抱きしめさせるのとか無理」
「おい!!そう言うのは早く言えよ!」
「えー、知らなかった!おめでと〜!」
ブーイングと祝福と、すっかり王様ゲームのムードではなくなってしまった頃、先ほどの大声を聞きつけた先生が部屋まで乗り込んできてこの会もお開きとなった。部屋へと強制送還された後に槍玉に挙げられたのは言うまでもないが、非難の大半は「なんで教えてくれなかったんだよ!」というものだったので、何だかんだで根はいい奴らだと再認識をすることとなった。
そろそろ日付が変わるという頃、彼女から一通のメッセージが届いた。既に消灯となっており、恐らく周りは寝ているだろう。起こさないよう慎重にスマートフォンを開いた。
『今日はありがとう!ちょっとびっくりしたけど、堅治が助けてくれて嬉しかったよ!大好きです。おやすみなさい』
可愛らしい絵文字を交えて送られてきたメッセージに、思わず口元が緩んでしまった。なんて返そうか思案していたら、知らないうちに背後からスマートフォンを覗き込んでいたテニス部が、後ろから「"俺も大好きハートハート けんじより" って送れよ」とニヤニヤした声で投げかけてきた。どうやらテニス部は起きていたらしい。
「うっせ、俺はハートマークなんて使わねえの」
「はー、イケメンは違いますね〜」
「絵文字なんてなくても伝わってっから」
「そこまで来ると面白くなってくるな」
明日お前らがどこまで進んでるのか、根掘り葉掘り聞くから覚悟しとけよと言い残してベッドに戻り、こちらに背中を向けたテニス部は結構大人だと思う。心の中でその気遣いに感謝しつつ、彼女へのメッセージを送った。
『俺も大好き。おやすみ』
・付き合ってるのは内緒
・違う班
・他の男子と仲良くしてる
・夜にみんなで王様ゲームかトランプ
めろんちゃんへ:書き上げてから思ったけど、全然他の男子と仲良くしてないのほんとごめん。笑ってくれ