819の日

幼い頃、臆病で私の後ろに隠れていた夕はいつの間にか私の手を引っ張るようになった。

どこへ行くにも先陣を切ってくれて、この先には怖いものはないのだと私に教えてくれた。

そんな夕と中学生の時に約束したことがある。
だいぶ前の話だし、もう時効と言えばそうなのだけれど私はずっとその時の約束が忘れられないでいる。


中学2年生の夏に地元のお祭りに行った時、夕が私に金魚掬いの対決を挑んできた。

ほんの少し前にヨーヨー掬いでどっちが多く取れるかを競ったばかりだったのでまたかと思ったけれど、さっきは一個差で私が勝ったので悔しかったのかもしれない。

「負けた方が勝った方の言うこと聞くんだからな!」

「望むところ!」

ヨーヨー掬いでは私が勝ったので夕に私の欲しかった色を交換してもらった。
金魚掬いでもどうせそれくらいのお願いだろうと思ってたのだ。

結果は夕が3匹、私が2匹。

「俺の勝ちだな」

お互い大して取れたわけでもないのにドヤ顔で言ってくる夕に少しムッとしたけれど、負けは負けなので仕方ない。

「で、何聞けばいいの?」

「名前の隣、空けといてくれ」

「どういうこと?」

「これから俺がどこに行ったとしても、名前のところに帰ってきたいんだ」

「ふーん…?わかった、約束する」

この時はその言葉の意味なんてわからなかったけれど、高校を卒業した夕が世界中をビュンと縦横無尽に移動しているのを見て“帰る場所”に私を選んでくれたのだとわかった。

とはいえ、当の本人は本当に色んなところを飛び回っていて一向に私のところへ帰ってくることはない。

やっぱり中学生の約束なんてそんなものだったのだろうか。

私は夕が海外に行くようになってからずっとその約束を胸に彼氏を作ったりもせずに待っているのに。

いい加減私もいい年になりつつあるし、今年帰って来なかったらもう待つのはやめよう。
そう思っていた時だった。

仕事が休みの日、実家へと顔を出していたら玄関からやけに大きな足音と共に夕の声が聞こえた。

何年振りかに聞くその声と、少し黒くなった顔を見て本当に驚いた。

帰るの一言もない上に人の家になんの遠慮もなく上がってきた夕は私を見つけて一言「名前、約束通り待っててくれたんだな!」と言った。

夕は私との約束を忘れてなかったし、ちゃんと守ってくれようとしていたんだと初めてわかった。

かつての先輩たちが言っていた通り「ビュンがすぎる」だけで。

「やっぱ名前の隣は落ち着くな」

「そう思うならもっと頻繁に帰ってきてよ」

「次からは名前も一緒に行くんだろ?」

「え、なんで」

「名前の隣は俺のもんだからな」

サラリと告げられた言葉に「意味わかってる?」と聞けば「結婚してくれ」とニカッと笑われた。 

これからもこの奔放な夕に付き合うのかと思うとため息しかでないけれど、私の答えはとっくに決まっている。

「待たせすぎだよバカ」

「その分これから一緒にいようぜ」

小さい頃から変わらないその笑顔が堪らなく愛おしくて、少しだけ涙が溢れた。


金魚すくい
対決して負けた方が勝った方の言うこと聞く