「名字さん、今度の水曜営業の黒尾さんと出張してほしいんだけど頼める?」 他部署の黒尾さんと日帰り出張
そう係長に頼まれ、思わず「私がですか?」と聞いたのは仕方ないと思う。
SEという職業柄出張はあまりなく、基本的にはパソコンと睨めっこだ。
営業さんと出張に行くのも上司がメインで、その頻度もあまり多くはない。
「俺その日有給なんだよね〜」
頼む、なんて言い方をしておきながら半ば強制なその出張にため息をつきたくなる。
「黒尾さんて、あの背の高い人ですか?」
「あれ、名字さん黒尾さんと話したことない?」
「挨拶くらいはしたことありますけど…」
「じゃあこれを機に仲良くなれるといいね!」
なんて投げやりなことを言われたけれど、私は黒尾さんのことが苦手だったりする。
何故なら黒尾さんはそこらにいる男性よりも背がかなり高いから。
身長の低い私からすると顔を見るのにも一苦労だし、上から見下ろされるのは本当に怖い。
2mくらい間をあけて話せば大丈夫なのだけれど、出張となるとそうもいかない。
今から水曜日の出張が憂鬱で胃が痛くなりそうだ。
そして迎えた水曜日、朝少し早めに来て最終チェックをしていたら後ろから声をかけられた。
「名字サン、偉いね〜」
言わずもがな今日の出張相手の黒尾さんで、上から降ってくる声に肩がびくりと跳ねた。
「あ、ちゃんと話すのはハジメマシテ?営業の黒尾です。ドーゾよろしく」
「開発の名字です…今日はお願いします」
黒尾さんは悪くない。
悪くないけれどやはり苦手意識が出てしまい目線がフラフラと彷徨うのが自分でもわかる。
「9時になったら出発する予定だから、準備できたら声かけてネ」
絶対私の挙動がおかしかったから気を遣ってくれたやつだ。
手をヒラヒラと振り自分のデスクへと戻っていく黒尾さんに本当にごめんなさいと心の中で謝った。
そして9時5分前。
確認も終えたので黒尾さんのデスクへと向かい声をかけた。
「黒尾さん、準備できました」
座っていてくれれば身長差も然程気にならないので話しやすい。
寧ろ立っていると私の方が目線が高いのでずっと座っていてほしい。
「お、じゃあそろそろ行くか。名字サン助手席でヘーキ?」
できれば後ろがいいですとも言えず「問題ないです」と言ったものの、いざ一緒の車に乗ってみると圧迫感がすごい。
「名字サンてさ〜、男の人が苦手?」
私の方を見ないでそう質問してくる黒尾さんに「そんなことないですよ」と首を振る。
「じゃあ俺のことが苦手なんだ」
「や…そんなことは…」
「わかりやすすぎだろ!」
ブッヒャッヒャッヒャと特徴的な笑い声をあげながら私の方を向いて「まあ、今度からは他の人と組めるようにするから今日だけは勘弁な」と眉を下げて謝ってくれた。
「名字サン、好きな音楽とかある?よければかけるケド」
「あ…えっと…なんでも大丈夫です…」
気を遣ってくれている黒尾さんに非常に申し訳なく思うけれど、苦手意識は一朝一夕ではなくならない。
もごもごと話す私に「じゃあテキトーに流すから嫌だったら言って」と言い流れた曲は流行りのもので、誰もが聞いたことのあるフレーズに自然と口から歌が溢れた。
チラリと横を見れば黒尾さんは穏やかな顔で運転していて、その優しそうな表情に罪悪感が募る。
「小学校の時に私のことチビだってからかってくる背の高い子がいて、それ以来背の高い人があまり得意じゃないんです」
気づけば言い訳めいた言葉が口をついて出ていた。
「だから黒尾さんが苦手なわけじゃないです」
出張が決まった時から私のことを気遣ってくれるこの優しい人に誤解をしてほしくなかった。
「あー、よくある好きなコのこといじめちゃうヤツ?」
「周りには名前ちゃんのことが好きなのよって微笑ましい感じで言われたんで、そうだったのかもしれません」
「ま、でもやられた側からしたらそんなの知ったこっちゃねーよって話だよな」
「なので、苦手意識はありますが黒尾さんのことは優しいと思ってます!仕事に対する姿勢も尊敬できますし!慣れるまでもうちょっと時間をいただけると…」
黒尾さんの顔を伺うと、少し驚いた顔をしてこちらを見た後「そんな褒められると照れますケド?」と視線を逸らされた。
その可愛い仕草にほんの少しだけ黒尾さんへの苦手意識が薄らいだ。
「まずは俺から慣れるのも悪くないんじゃない?気になるコに苦手って思われんの結構キツいんだよな」
ニヤリと笑った口元に、心臓がドキリと音を立てた。