前職がブラック企業で転職して、心機一転引っ越しもして心晴れやかになるはずだったのに、エントランスにあるポストが私の気分を少しだけ下げる。 一人暮らしの社会人
ズボラな人なのか郵便受けの投入口にはチラシや手紙がぎゅうぎゅうに押し込まれていて、下の段の私の投入口にまでその紙がかかっている。
正直邪魔だし見るたびにげんなりするので回収してほしい。
部屋番号を見るに私の隣人らしいのだが、引っ越してから一度もその顔を見たことはなく、引っ越しの挨拶に伺ったときもインターホン越しにしか喋らないで私の持ってきた菓子折りはいらないと一蹴された。
別にそのあと捨てるなりなんなりすればいいのに、受け取りもしないとはなんて感じが悪いんだと憤慨したのも記憶に新しい。
ところが今日、そのポストからこぼれ落ちた手紙を見つけてしまった。
普通の手紙ならしわくちゃになろうが無理矢理突っ込むのだけれど、どうみてもその手紙は結婚式の招待状で私の良心がそんなぐちゃぐちゃなところに突っ込むなと訴えた。
手紙を渡すだけだと自分に言い聞かせ、仕事帰りの服装のまま隣人のインターホンを鳴らした。
『はい』
「すいません、隣の名字なんですけど」
『なんなん』
「お宅のポストから手紙が落ちてて拾ったんで届けにきました」
『ポスト突っ込んどいてや』
折角持ってきたのにその態度はなんなんだと顔を出しもしない隣人への怒りが頂点へと達した。
「結婚式の招待状っぽかったんで、あの汚いポストに入れるのを躊躇ったんですけど、入れていいならぐちゃぐちゃになってでも突っ込んできますね!」
ふざけんなよと怒りをそのままぶつけて「失礼します」といえば、中から走ってくる足音が聞こえて「待て待て待て待て!!」という声と共にドアが開いた。
中から出てきたのは金髪の大男で、どこかで見たことある顔だと思ったけれどそんなのは二の次だった。
「人が親切で持ってきてあげたのにその対応ふざけてんですか?いい年した大人がポストも綺麗にしないで迷惑なんですけど??」
我慢の限界だとそう捲し立ててれば向こうもその勢いに押されたのか「す、すまん」と謝ってきた。
「はい、これ招待状。ちゃんとポスト綺麗にしてくださいね」
手に持っていた招待状を隣人へと渡し、言いたいこともいったので「失礼します」と頭を下げて部屋へと戻った。
次の日、朝の出勤の時に隣人とエレベーターが一緒になった。
正直昨日の今日で同じエレベーターに乗るのは気まずかったが、一機しかないそれに乗らないわけにもいかず仕方なしに同乗した。
お互い挨拶もなく沈黙が流れる中、隣人の彼が口を開いた。
「昨日、助かった。態度悪かったんはああやって押しかけるファンがおんねん。すまんかった」
気まずいのか私の方を見もしないで謝る彼に、そういうとこが態度悪いって言ってるんだよと思った。
「ファンがどうとか知らないですけど、私は違うのでそこんとこお願いしますね。次ムカつく態度とったらどんな大事な書類だろうと無理矢理ポストに突っ込みますから」
「人が謝っとんのになんやその態度!!」
「はあ?謝るってのは人の目を見て言うもんだと思いますけど?幼稚園で習いませんでした?」
「悪かったなあ!!!これで満足か!!!」
向こうも短気なのか売り言葉に買い言葉。
「口先だけで謝るとはいい度胸ですね!!なめてんですか!?」
止まらない口喧嘩は駅に着くまで続いた。
「なんで着いてくるんや!」
「私は通勤で駅使ってるんで!そっちが他の道行けばいいんじゃないです?」
「俺はこの道って決まっとるんや!」
「どこのガキ大将ですか?精神年齢幼稚園で止まってんですかね??あ、だからポストも綺麗にできないし謝るのもできないんですかね〜?マンションはママと住んでるんでちゅかあ?」
「なんやとお!?」
まあ、大きな声で喧嘩してれば目立つわけで。
周りからチラチラと視線を感じて、慌てて声を落とし「兎に角、私は会社なんで!失礼します!」とICOCAを片手に取り電車へと飛び乗った。
一度とならず二度も会うとは…。
会社帰りで疲れているのに、と朝見たばかりの金髪を目の前にして盛大なため息をついた。
「なんや辛気臭いなあ」
「そりゃ疲れてんのに会いたくもない人と会ったらそうなりますよ」
「ほんっまに失礼な女やな!」
今まで生きてきた人生の中でこんなにも相性の悪い人はいないと思う。
どうしてこうも喧嘩腰の口調で私につっかかってくるのだろうか。
「もう失礼でもなんでもいいんで関わらないでもらっていいですか。疲れるんで」
「好きで関わってるわけとちゃいますけど!?」
お互いの部屋の扉の前について、やっとこのうるさいのから解放されると鞄から鍵を出して扉に挿せば、隣から絶望感あふれる声が聞こえた。
「ない…」
聞いてしまったからにはそのまま部屋に入るわけにもいかず、仕方なしに「鍵どこに置いてきたんですか?」と聞いてみた。
「サムの店や…」
「取りに行くとか」
「明日遠征なのに今から行ったら家に帰れなくなる…」
「とりあえずサムさんのお店に電話してみたらどうです」
天才か!と言ってスマホを取り出しかけたが、二言三言話してまた暗い顔へと戻ってしまった。
「鍵あるけど届けるのは朝になるって…」
ここまできたら同情するしかない。
鍵があったなら漫喫にでも行けばいいのに、行かないのはなにか理由があるのだろう。
「じゃあそのサムさん?が仕事終わるまでうちで寝たらどうですか」
「は?」
「隣人のよしみでいいですよ」
「ほんまに…?」
「汗かいてて気持ち悪いんでしょう?今回だけですからね」
「ええ人やな…!!」
さっきまでの喧嘩腰はどこへやら、隣人の彼は私のことをキラキラとした目で見た。
「間取りはそんな変わらないですよね?バスタオル脱衣所にあるので使ってください」
部屋へ入り風呂へと送り出して、ようやくそこで彼の名前すら知らないことを思い出した。
とりあえずテレビでも見るかとリモコンへ手を伸ばし、ニュース番組をつける。
『続いてのニュースはBJとEJPの試合です。いやー…今日も…』
つけた番組でやっていたのはバレーボールのニュースで、テレビ画面には先程まで目の前にいた顔が映っていた。
「ええ風呂やったわ〜。助かったで!」
お風呂から出てきた顔と目の前のテレビの顔を見比べる。
よく似た他人というにはあまりにも同じ顔で。
「お、今日の試合やっとんの?今日はサーブがよお決まってな…!」
ペラペラと喋り出す隣人に疑いようのない現実に頭がクラクラした。
「お?なんや自分、具合悪いん?」
「ゆ、有名人だったなら言ってくださいよ!!」
絞り出した言葉は悲鳴に近かった。
「簡単に女性の家泊まったらまずいじゃないですか!」
「いや、それ有名人やなくてもアカンやつやで」
「そうじゃなくて!」
「まあええやん。そんなカリカリせんといてや〜。寝る場所の提供は助かったで〜」
ケラケラと笑う隣人、宮侑は「明日も早いし俺は寝るからな〜」と手を振ってソファに向かった。
「ベッド!!使ってください!!!」
「いや、名字さん寝る場所ないやん」
「遠征って試合ですよね!?スポーツ選手こんな小さいソファで寝かすことなんかできませんから」
「いやいやいや、ソファでええよ?屋根あるだけありがたいわ」
「ダメですって、体痛くなりますよ」
「ほんなら一緒寝る?」
ニコリと笑って手を広げて言う隣人に、一瞬で真顔になった。
「あ、そういうのいいんで」
「塩対応やな!!」
何が楽しいのか大笑いしてる彼に再度「ベッド使ってください」と言えば、聞いたことのない色気を含んだ声で「でも俺、気に入ってもうたからなあ」と私を後ろから抱きしめて首筋へと顔を埋めてきた。
「ヒィッ」
「なんもせえへんから一緒寝ような〜。とりあえず風呂入ってきたらどや?」
離された腕から一目散にお風呂場へと逃げ、鍵を閉めて座り込んだ。
これ、お風呂から上がったらどういう顔で彼を見ればいいのだろうか。
隣人のポストはいつも溢れかえっている
ポストから溢れた大事そうな郵便物が落ちてるのを見かけた
どうやっても入らないから直接届けることに
という出会いから発展する恋!!!!!!!