「早く会いたい」

高校生というものは実に不自由だと思う。勿論これは現在高校生である私の意見だから、大人からすればまた違うのだろう。もしかしたら、井の中の蛙大海を知らずと言われてしまうかもしれない。だけど、授業にテストにアルバイトに部活、それに進路の問題等々高校生ならではの悩みがあるのも分かってほしいところだ。

問題はこの限られた時間をいかに使うかだ。高校生のうちにしておきたいことは沢山ある。学生服がコスプレにならないのも勿論今だけ。制服でテーマパークに行ったり、友達と写真を撮ったり、良く分からない流行りものに乗っかって行列に並んでみたり、その他色々。でも、本当にやりたいことは別にある。

「黒尾君と会いたい…」
「何、噂の彼氏?いい加減紹介してよね」

放課後、アルバイトまでの時間を友達と過ごしていた私の口から漏れ出たのは紛れもなく "本当にやりたいこと" だった。別に友達より彼氏が大事とかそう言う訳ではないのだけど、とにかく会えていないのだ。一年ほど前にひょんなことから出会い、あれよあれよと言う間に付き合うことになった他校の彼氏。もう高校三年の冬に差し掛かったというのに、黒尾君はまだ部活動に勤しんでいる。出来る事なら近くで応援したいけれど、学校が違うとなかなかそれも叶わない。一方の私も暇なわけではなく、春から始まる新生活に備えてできるだけ貯蓄をとアルバイトに励んでいる。そうなるとお互いの空き時間はあまり被らずここ最近は会うことすらできていなかった。当然友達に紹介できる機会もなく、なんならこのまま卒業を迎えてしまいそうな勢いだ。

「私ですら会えてないんだからそれは難しいかな」
「どれくらい会えてないの?」
「えーと…」

思い返すと最後に会えたのはいつだったか、パッと思い浮かばないほどだった。指を折りながら宙を見つめた私の肩を優しく叩いた友達は、気まずそうに「ごめん」と言う。

「真面目な話、うまくいってるの?」
「うーん、どうだろう。たまに連絡は取ってるけどそんなに頻繁じゃないし、もしかしたらうまくいってないのかもしれない」
「…次の男探したら?」
「はは、それもありかも」

冗談のように言ってみたものの、もしかしたら私の存在が部活に打ち込む黒尾君にとってお荷物になっているのかもしれない。そう考えだすと一気に不安な気持ちが押し寄せてきた。今まで出来るだけ考えないようにしてきた可能性は、考えれば考えるほど信憑性を増していく。しばらく黒尾君から連絡が来ていない。あまりこちらから連絡したら迷惑かなと思い、私が最後に送ったメールの返信が来るまで待とうと思っていたのに、待てど暮らせど "それ" は届かなかった。

「まあとりあえずさ、だめ元で近いうち会いたいって言ってみたら?」
「…迷惑にならないかな」
「付き合ってるんだからいいじゃん。迷惑なんてかけてなんぼでしょうが」

そう言って励ますように私の背中を叩いた友達は、私もバイトだからそろそろ行くね!と教室を後にした。多分、考える時間をくれたのだろう。彼女の配慮に感謝しながら、黒尾君に送る文面を考える。

要望を伝えるというのはとても難しいと思う。当然言われた相手の気持ちも考えなくてはならないし、自分の意見も押し付けがましくない程度にきちんと言葉にしなくてはいけない。丁度いい温度を探りながら、文章を書いては消していく。そんなことをしているうちに、あっという間にアルバイトに向かわなくてはならない時間になっていた。果たして今日中に送れるのだろうか。書きかけのメールを一度保存し、机の脇に掛かったカバンを掴んでアルバイト先に向かった。

アルバイト中、いつもはさほど気にならない筈のカップルがよく目に入ってきた。近い距離で並んで歩き、寒さを理由に肩を寄せ合う。付き合っていれば当たり前の光景ではあるのだけど、なんとなく、嫉妬に似た感情を抱いてしまった。いいなあ。それに比べて私は会うことすら難しいのに、なんて。

この自分の感情に嫌気がさし、一人で歩く帰り道は余計に寒く感じる。隣に人がいる温度を感じたいとさえ思った。別に家に帰れば家族もいるし、温かいご飯も用意してくれているのだろうけど、なんとも表しづらい心の寒さを感じた。今ならにっちもさっちもいかない恋愛ソングの歌詞を五曲ぐらい書き上げられそうな気分だ。

寒さを凌ぐためにコートのポケットに手を突っ込んで歩いていると、暖を取るために握っていた携帯が震えた。友達からの『どうなった?』メールかなと思い、なんて言い訳しようかと考えながら通知を確認する。そこには友達の名前ではなく、黒尾君の名前が表示されていた。予想外の出来事に思わず心臓が跳ねる。先程ああでもないこうでもないと考えているうちに間違えて送ってしまったのだろうか。肝を冷やしながら受信メールを確認すると、画面には一文だけが並んでいた。

『今から会える?』

あれ、これは本当に誤送信をしてしまったのかと不安になりながらも送信メールを確認するが、やはりそこには何もない。もしかして見られてた?と半信半疑で振り向いたけれど、当然そこには誰も居ない。

本当は今すぐ『会えるよ!』と返信をしたい所だけど、突然のお誘いに対応できるほど状態は整っていない。アルバイト終わりだから申し訳程度のお化粧も崩れているし、髪だって冷たい風に吹かれてボサボサだ。折角会えるのなら少しでも可愛いと思われたい、なんてそれは私のエゴなのだけど。どうしようかと悩んでいるうちに、今度は電話がかかってきた。

『突然電話してごめん。さっきメールでも送ったんだけど、今から会えますかね』

久しぶりに聞いた黒尾君の声。そのトーンは心なしか高い。

「う、うん。バイト終わりで色々酷いけどそれでも大丈夫なら…」
『いや、むしろお疲れのところごめん。これからそっちの家の方向かう』
「わかった。近付いたら教えてね」
『了解』

出来る限り平静を装ったつもりだけど、私の動揺は黒尾君にばれていないだろうか。何かを誤魔化すように手櫛で髪を整えながら帰り道を急いだ。



「…久しぶり」
「うん、久しぶりだね。元気だった?」
「あー、うん。そっちは?」
「私も変わらず過ごしてたよ」

家の近くの公園で私たちは、冷えたベンチに腰かけてぎこちない会話を交わしていた。身体の距離は今日見かけたどのカップルよりも遠い。ジャージにマフラーというとても寒そうな格好をした黒尾君は、両手を擦り合わせながら白い息を吐く。いくら部活帰りだとしても、もう身体も冷えてきた頃だろう。何か温かいものでもと思い、近くの自販機に向かって立ち上がった時、黒尾君の大きな手が私の腕を掴んでそれを静止する。一先ずもう一度座った私を横目で見ながら、黒尾君は気まずそうに口を開いた。

「あー…その、ごめん。怒ってる?」
「何が?」
「いや、その、部活で忙しくて会えてなかった事とか…」
「別に怒ってないよ。ただ、それならそうと連絡くれても良かったのにとは思うけど」

「まあちょっと意地張ってこっちから連絡しなかった私も悪いんだけどね」と続けていると、黒尾君が目を丸くしてこちらを見つめた。

「待って、俺連絡入れたと思うんだけど」
「え?来てないと思うけど…」

ほぼ同時に携帯を確認し始めた私達だったけれど、先に声を上げたのは黒尾君の方だった。

「うわ、送れてねえじゃん…」

背中を丸めて見るからに項垂れた黒尾君は、ぽつりと呟くように「返信なかったから嫌われたのかと思ってた」と言う。それはこっちの台詞だと内心思いつつ、「そういうこともあるよね」と慰めた。

「本当ダサいんだけど、俺、ここ最近部活とかで余裕なくて。だからまさかメールが送れてないなんて考えもしなかった。別に送れてなかったとしても、こっちからまた送ればよかったのにな」
「それは私も一緒かな。変に意地張らないでちゃんと言いたいことを伝えてればよかったね」
「これからは遠慮なく連絡させてイタダキマス」
「ではこちらもそうします」

顔を見合わせて笑いあった私達は、どちらからともなく少しだけ身体を寄せ合う。先程まで二人の間に隙間風が吹きそうなくらいだったけれど、今度はなんとなく黒尾君の体温を感じる程度の距離感となった。

「そう言えばなんでこのタイミングで連絡くれたの?」
「お、そうだ。実は今日の試合で春高出場決まってさ。この勢いで名字さんとも話しておこうかと」
「え、すごいね!おめでとう!それ私も見に行ってもいいの?」
「いやー、名字さんが見てると思うとちょっと緊張するというかなんと言うか…」
「じゃあこっそり見に行くね。黒尾君の雄姿はちゃんと見ないと」
「あらら。それじゃ格好いい所見せられるようにしないと」

そう言って腕を伸ばし、レシーブの体勢をみせた黒尾君はおどける様に笑った。



帰り道、家まで送ってくれるという黒尾君と並んで歩く。足の長さが圧倒的に違うのに歩くスピードが同じなのは私に合わせてくれているからだ。こんなに気遣いができる人なのに未送信のメールに気が付かなかったのは、きっと想像もできない位に部活にエネルギーを注いでいたのだろう。ちらりと隣を見上げると、同じタイミングでこちらを見た黒尾君と目が合った。

「さっきも言ったけど、俺もう遠慮しないから」
「…例えば?」
「んー、ちゃんと俺の気持ちがちゃんと伝わるようにしないとなってさ」

ジャージのポケットに突っ込まれていた黒尾君の左手が、すっかり冷えた私の右手を包んだ。

「例えばこういう事とかですかね」

手を繋いだのは初めてではないけれど、雰囲気も相まって妙に照れてしまった私は思わず空いている左手で自分の頬を覆った。それを見た黒尾君はにやりと笑う。

「名前ちゃんてば赤くなっちゃって。かわいーんだから」
「こ、これは寒いからで!ていうか名前…」
「名前ちゃんも俺の事名前で呼んでほしいんだけどなー」
「……鉄朗、くん」
「いいね、合格ー」

相変わらずニヤニヤ笑いながら、繋がれた手を大袈裟に振る。そんな黒尾君はどことなく楽しそうに見える。私ばかり揶揄われるのもなんとなく癪に障るので、仕返しの意味も込めて黒尾君の手を握り返す。

「…じゃあ、私も。今日はもう帰らなくちゃいけないけど、すぐにまた会いたいな」
「何それ、仕返し?」
「ふふ、そうだよ」
「俺も "早く会いたい" 」

まだ一緒にいるのに、お互い気が早いねと笑い合う。

本当に簡単な事だった。難しい事は考えず、伝えたいことは伝えたいときに伝えればよかったんだ。なんとなく感じていた不自由は、伝えることによって昇華する。ようやくそれが分かった私たちは、この先もっといい関係を築けそうな、そんな予感がした。

・早く会いたい
物凄く間を開けてしまったのでリハビリ代わりに。