819の日(2022)

「信介、まだ寝ない?」
「まだやらなあかんことあんねん。名前眠そうやし先寝といてくれ」
「んー、わかった…」

そろそろ日付も変わりそうな頃、ソファに寄りかかってウトウトしていた名前は、閉じかけていた目を擦りながらそう聞いた。確かにもういい時間ではあるが、生憎自分には明日までにやらなければいけないことがある。寝たい気持ちを抑えつつ、あくびをしながら寝室に向かう名前を見送り、手元の作業を再開する。

会社員として働く名前は、自分の様に好きに休憩も取れないだろうし、さぞ疲れも溜まっているのだろう。今日だって帰ってきた瞬間から小さくため息をついていたのを見かけた。この週末は二人でどこか息抜きできそうなところに行こうかと、頭の片隅でぼんやりと考える。最近は遠出もできていなかったし、温泉にでも連れて行こうか。それとも先日テレビを眺めながら、「ここ行きたい」と言っていたお店にご飯を食べに行こうか。自宅で名前の好きな映画でも見てのんびり過ごそうか。名前の喜びそうな事を考え、その反応を想像する。まさか自分がここまで相手に尽くすようなタイプだとは思ってもみなかった。結婚をして暫く経つが、いつまで経っても初々しい姿を見せてくれる名前が愛おしくて堪らないのだ。人生何があるかわからんなと思わず苦笑いをした。

あれから時計の長針が一周した頃、ドアの外から微かにパタパタと歩く音が聞こえてきた。遠慮がちに開かれたドアから眩しそうに目を細めた名前が顔を出す。

「……終わった?」
「丁度終わったとこや。名前は寝れんかったん?」
「寝てたけど変な夢見て起きちゃって…」

ほぼ開いていない目をし、普段よりもぼんやりとした口調で答えた名前は「年甲斐もなく心細くなりまして…」と続ける。

「そら災難やったな。どんな夢やったん?」
「……うーん、思い出せへん…」

眠そうな目で宙を見つめながら考える仕草を見せたものの、すっかり内容を忘れたらしい名前は眉間に皺を寄せた。

「信介が隣に居るときはこんなこと無いんやけどなあ」

そうぽつりと呟くように言われた言葉は、自分の胸を昂揚させるのに十分だった。思わず上がってしまった口角を隠すために反射的に掌で顔を覆う。

「不意打ちでそんな可愛い事言うのずるいやん」
「そんなつもりないんやけど…」
「ほなまた名前が変な夢見いひんように一緒に寝ようか」
「うん、一緒に寝よ」

嬉しそうに腕を絡めて笑う名前は冗談っぽく頭をこちらに預けた。空いている方の腕で寄せられた頭を撫でると満足そうに口元を緩めたのが見える。こういうところも付き合っていた頃から変わらないなと内心で独り言ちた。

「…名前、ずっと一緒に居ような」
「ふふ、そうだね」

傍に居てくれるだけで満足なのに、こんな幸せがあっていいのだろうか。そう柄にもなく考えてしまうくらい大切な存在と寄り添って生きていけるこの生活が、願わくば今後も変わらず続きますように。


大人の北さん
傍に居るだけで

2022年の819の日おめでとう!!!