夢の国と昔話

秋もそろそろ終わるという頃、私たちは修学旅行で東京に訪れていた。最終日の今日はグループごとに自由行動ということで、東京と言えば!と夢の国に来ている。実際にはお隣の県ではあるが、折角近くに来たのだから行かない手はない。同じグループの角名君は混んでるだろうし行きたくないと言っていたが、なんだかんだでこうして来てくれている。今は売店で売っていた耳が付いたカチューシャまで着けているので、多分楽しんでいるのだと思う。一応角名君の名誉のために言っておくが、周りがうるさく言うからしょうがなく着けているというスタンスである。でも、先ほど同じグループの六人でお揃いのカチューシャを着けて撮った写真では、ちゃっかりピースをしていたのを私は知っている。

生憎この国は修学旅行生だからと言ってどうとなるわけではなく、アトラクションに乗るのも、ご飯を食べるのも、パレードを見るのも、何をするにも待ち時間が付いて回る。最初こそ楽しんでいた私たちも、太陽が真上を通り過ぎて暫くした頃にはすっかり疲れ果てていた。

「はー、いくら何でも混みすぎやろ…」

グループの一人が期間限定でやっているショーを観たいと言うので、私たちはよく観えそうな位置で待機している。この人混みの中で立ちっぱなしとなっている時に宮君が零した呟きは、あっという間に雑踏の中紛れ込んだ。確かに、人が多すぎるのだ。

「ほんますごい人やな。人酔いしてしまいそうや」
「俺は頭出るからまだあれやけど、名字さんは身長的にもしんどいんとちゃう?肩車でもしよか?」

冗談っぽく笑いながら宮君は肩車をするポーズをとった。

「そのまま落とされても嫌やしお断りするわ」
「これでも俺毎日鍛えてんねんけどなあ」
「そういう問題とちゃうわ」

暇潰しがてら宮君とくだらないやり取りをしていると、グループの子が遠くを歩いているキャラクターを指さし、「あ、あっこから出てきたで!今なら写真撮れるんと違う?」と言い、隣にいた別の子の手を引いてそちらに向かって行ってしまった。この人混みだ、ここで別れると会えなくなりそうなのでついていこうとすると、同じようにそちらに向かう人の波に飲まれてしまって思うように身動きを取ることができなかった。やっと周りが少し見えるようになった頃、私の近くには宮君しかおらず、私たちはグループの人たちとはぐれてしまった。いつの間にかキャラクターの姿も見えなくなってしまっていた。

「うわ、やってしもた…」
「とりあえず誰かと連絡とればいいやんな?」

そういって自分のスマートフォンに手を伸ばすも、酷使しすぎたせいか早々に充電が切れていたことを思い出した。充電が切れた画面を見せ、宮君は、と顔を見ると無言で首を振っている。こんなことなら万が一の時に備えて待ち合わせ場所を決めておくべきだった。今から後悔してもどうにかなるわけでもなく、私たちはため息をついた。ショーが終わればこの人混みも緩和されるだろうし、きっとこの場所を動くのは得策ではない。一先ずひと段落するまでこの場所にいようと決めた頃、誰かが私のスカートの裾を掴んだ。

「あれ、お嬢ちゃんどうしたん」
「お母さん、いなくなっちゃったの…」

その正体は今にも泣きそうな女の子だった。一緒に来ていたお母さんとはぐれてしまったらしい。思いがけない出来事に私たちは思わず顔を見合わせる。この人混みの中では人探しも容易ではないだろう。先ほどこの場所を動かないと決めたばかりだが、迷子の女の子と手を繋ぎ、予定を変更して人が少ない場所を目指した。

漸く人が座っていないベンチを見つけ、女の子を座らせる。歩いている最中にキャストの人を見つけたら引き渡そうと思っていたのだが、運が悪いことに全く見つけることができなかった。今日の私はとことんついていない。

「なあ、どの辺りで迷子になったか言える?」
「…」
「お母さん、今日どんな服着てたかわかる?」
「…」

両手で目を擦り、下を向いてしまった女の子はこちらの問いかけに答えてくれない。心細いのだろう、気持ちは良く分かる。

「ほんなら兄ちゃんが一緒にお母さん探したる。俺、人見つけるの得意やねん」

女の子を安心させるように、ニコッと笑って宮君は女の子の頭を撫でた。――あれ、そういえば。宮君の言葉を聞いたら、幼い頃に自分が迷子になった時のことを思い出した。



地元に新しく大型遊園地ができた時、新しいもの好きのお父さんに連れられて、まだ真新しい遊園地に遊びに行った。当時の私は小学校に入学して間もない頃だったと思う。オープンしてすぐということもあり、園内はとても混んでいた。私はお母さんと手を繋いでいたのだけど、ひょんなことから手が離れてしまった。そのままお母さんを見失ってパニックになった私はあらぬ方向に向かって走ってしまい、気付いた時にはすっかり迷子になってしまっていた。迷子になった私はどうしたらいいか分からず、その場にしゃがみこんで泣きじゃくっていたら、自分よりも少し大きな男の子が声を掛けてくれた。

「なあ、自分迷子なん?」
「…お母さんがいなくなっただけやもん」

自分のことを迷子と認めたくなかった私は、思わず意地を張ってしまった。そんな様子を見てその男の子は、「ほんなら兄ちゃんが一緒にお母さん探したる。俺、人見つけるの得意やねん」と言って私と手を繋いで一緒にお母さんを探してくれたのだ。その男の子が言った通り、お母さんはすぐに見つかった。お母さんと手を繋いで、男の子にお礼を言ったら照れたように笑っていたのが印象的だった。



「高い所大丈夫?」
「…うん」
「いい子やなあ、ちょっと失礼ー」

そういって宮君はひょいと女の子を抱き上げ、肩車をする。元々背が高い宮君に肩車をされたら相当な高さとなり、遠くから見てもものすごく目立つ。すっかり周りが見渡せる位置にいる女の子は少し楽しそうに見える。周囲の注目の的となった女の子は無事お母さんと再会することができ、私たちは自分のことを棚に上げてほっと胸をなで下ろした。

「お母さん見つかって良かったなあ」
「せやね。って言うても私たちはまだはぐれてんねんけどな」
「今度はあいつら探さないかんのか」
「なあ、宮君。違ったらあれなんやけど一個聞いていい?」
「ん?なに?」
「宮君、小さい頃迷子の女の子助けたことあったりする?」

うーん、と左上を見ながら首を傾げた宮君は暫く無言となる。やっぱり私の勘違いかと思っていたら、宮君は「あ、」と小さく声を上げた。

「あー、あるある。地元にでっかい遊園地ができてすぐの頃、同い年くらいの女の子と一緒にお母さん探したな…って何でそれ名字さんが知ってるん?」

やっぱり。記憶の中の男の子と同じ言葉で女の子を安心させた宮君は、紛れもなく私の当時の私を救ってくれた男の子だったのだ。まさかこんなに近くにいるなんてと思わず笑ってしまった私を見て不思議そうな顔をした宮君は、私に説明を求める。

「…それ、多分私やねん」
「……は?」
「こんな偶然あるもんなんやなあ」
「え、あの、あの時の女の子が自分やったん?」
「多分な」

はあ、と大きく息を吐いた宮君は居心地の悪そうな顔をした。

「実はあの時俺も迷子になっててん。で、同じように迷子になった子見つけてちょっと安心したっていうんもあって声かけてんけど、俺も迷子とか恥ずいから強がって一緒に探すとか言ったんや…」
「え、そうだったん?でもおかげで助かったわ。ありがとうな」
「まあ結局名字さんと別れてすぐ俺も家族と合流できたんやけどな」
「そういえばさっき同い年くらいの女の子って言うてたけど、あの時宮君自分の事兄ちゃんって言ってへんかった?」
「なんでそんな細かいことまで覚えてんねん…あれ、多分同い年くらいやろなとは思っててんけど、ちょっとした男のプライドが出てしもうただけやから掘り返さんといて…」

すっかり赤くなった宮君は参ったような顔をしてこちらから目を背けた。そのまま大きく息を吐きだして、今度はこちらを向く。宮君の大きな手が私の手を握った。

「まさか、名字さんとそんな前から会ってたなんて、運命かもしれんな」

その意図を飲み込むのに時間がかかった私は、思わず宮君の顔を見つめてしまう。また赤くなった宮君は空いている側の手でスマートフォンを取り出した。

「あれ、さっき充電無くなったって言ってへんかった?」
「別に無いとは言うてへんよ」

素知らぬ顔でメッセージアプリを開いた宮君は、「げ、めっちゃ通知来てる」と嫌な声を出した。先ほどのやり取りを思い出しながら首を傾げていると、宮君はスマートフォンの画面を見つめたまま、聞こえるか聞こえないかという声で呟いた。

「折角名字さんと二人きりになったのに、あそこで簡単に集合できてしまったらもったいないやん」

言い終わる頃に握られたままの手にぎゅっと力が込められ、思わず心臓がドキリと跳ねる。みんなあっちにいるらしいと繋がれた手を引いて歩き出した宮君の横顔はあの頃の面影が少しだけあった。

皆が待っている場所に近付いた頃にパッと離された手はとても熱を帯びている。思わず掌を見つめていると、宮君はおかしそうに笑った後に人差し指を唇に近付け、「内緒な」とだけ言った。

・グループでUSJ or TDS
・途中ではぐれて二人
・ハプニング!
・泣いちゃうヒロイン

ハプニングが思い浮かばなかったので思い出の中のヒロインちゃんに代わりに泣いてもらいました。