他校の女子高生と木兎さん

俺は、初めて人が恋に落ちる瞬間を見てしまった。

珍しく朝練がなかった日の朝、乗換駅で偶々会った木兎さんと一緒に電車に揺られていた時のことだ。通勤ラッシュど真ん中の時間ということもあり、車内は人が詰め込まれていると表現した方が正しいと思うほどに混雑していた。そんな中身長180センチ越えの男が二人並んで立っているのだから、周囲への圧迫感も一入だろう。乗った時間が間違いだったと後悔していた頃、自分たちが立っている側のドアが開いた。雪崩れるように降りる人の中、体幹お化けである木兎さんは混雑を物ともせずまっすぐに立っている。流石に位置的に邪魔だろうと木兎さんの腕を引き、一旦車外へ出た。降りる人も落ち着いた頃、今度は駅のホームで乗車を待っていた人たちが押し寄せるように電車に乗り込む。自分たちもそれに続いて再度乗車をしたが、先ほど以上の混雑となっていた。

「あかーし、苦しい…」
「もうちょっとですから我慢してください」
「ええ…」

もうほぼ周囲との距離感はゼロだ。お互いがお互いに寄りかかり合っているような状態が続き、ついに木兎さんが音を上げた。その時、けたたましいブレーキ音が響き、電車が急停車する。寄りかかり合っていた人達は進行方向に身体がもっていかれ、体勢を崩した数名が床へ尻をついた。木兎さんと俺はつり革のバー部分を掴んでいた為事なきを得たが、そうはいかなかった女子高生が木兎さんに向かって倒れこんだ。俺の隣にいた人も同じようにバランスを崩し、こちらに向かって倒れこんだ所を支えつつ体勢を戻してやると申し訳なさそうにお礼を言われる。木兎さんは大丈夫だっただろうかと思い隣を見ると、呆然とした表情で女子高生を支えていた。バーを掴んでいない方の腕はその腰へと回っており、支えるというより抱き寄せると言った方が適切なのではないかと思うくらいだ。相手の女子高生もいつその腕が解かれるのかと困ったような面持ちだった。

「あの、ありがとうございます。そちらに倒れてしまってすみませんでした」
「え?あ、いや…ウン」
「……木兎さん、相手の方困ってますから、腰からその腕離してあげてください」
「エッ、アッ、ハイ」

木兎さんの様子がおかしくなったのはそこからだ。緊急停車の原因は大したことがなかったので、電車は数分後には元通りに走り始めた。木兎さんの支えた女子高生は気まずそうにそのまま隣に立っている。まあ、この混雑の中移動は到底できないので当たり前ではあるが。女子高生が気まずそうにしているのは、木兎さんがそちらをチラチラと滅茶苦茶見ているからだ。流石に失礼だと小声で囁くが、その視線はちらりとこちらを見た後にすぐまた逆側へと戻っていく。これでは気まずいのも当たり前だ。

「木兎さん、もういい加減にしてください。相手の方困ってます」
「…ゴメンナサイ」

木兎さんがシュンとし、その視線が下を向き始めた頃に電車は学校の最寄り駅で停車した。扉が開き、人の波に乗り自分たちも降車する。先ほどの女子高生も同じ駅で降りた。

「…さっきの子、可愛かった…」
「はあ」
「それにいい匂いもした…」
「はあ」
「オッパイもおっきくて柔らかかった…」
「はあ…」
「どうしよう、俺好きになっちゃったかも」
「はあ……はい?」
「なああかーし、これがヒトメボレってやつ?」
「それはちょっと良く分かりませんが、あの制服梟谷の近所の女子高ですよね。もしかしたらまたどこかで会えるかもしれないですね」
「会えるかもなんてヤダ!絶対に会いたい!」

ああ、これは木兎さんの変なスイッチが入ってしまったとため息をつく。朝からこうなってしまうと、今日の部活も荒れに荒れるのだろうと恐ろしくなる。こちらの気持ちもよそに、木兎さんは高い身長を活かして先ほどの女子高生を見つけたらしく、「あ!あそこにいる!」と大声をあげた。ギョッと隣を見た時にはもう遅く、木兎さんは女子高生に向かって走り出していた。

「あの、ちょっと!そこの女の子!」
「…え、私ですか?」
「そう、キミ!」

吃驚するくらい素早く移動した木兎さんは、改札を出た女子高生を見事に引き留めていた。頭上にクエスチョンマークが見えそうなほどに状況が読み込めていない彼女の腕を取り、キラキラとした顔で彼女を見つめた。

「あの、えっと?なんでしょう」
「俺、君の事好きになっちゃったみたい!」
「…ん?ええ??」
「だから付き合ってほしい!」

こんな時間から改札を抜けた先でうっかり捕まり、大声で告白される彼女に同情する。しかも相手は初対面の大男だ。代わりに謝罪せねばと思った矢先、木兎さんの手からするりと腕を抜き取った彼女は「ごめんなさい!」と言い残し走り去っていった。あーあ。これは絶対に引きずるやつだ。暫く復活しないだろうな。思いがけず相手に逃げられた木兎さんは、ポカンとした表情で彼女が走り去った方を見つめていた。

「ほら木兎さん、行きますよ。いいですか、今回の事は事故です。速やかに忘れましょう」
「………ウン…」

普段からは考えられないくらいに小さく掠れた声を出した木兎さんは、今にも枯れそうなくらいに悲壮感漂う表情をしている。回復まではどれくらいかかるのだろうと頭を抱えたくなった。


案の定回復までは時間がかかったが、その日は案外早めに訪れた。なんと、あの時の女子高生と付き合うことになったらしい。木兎さんには悪いが、正直死ぬほど驚いた。あの初対面からなぜそうなったのか。それは木兎さんの涙ぐましい努力があったらしい。ここで話すと長くなるので割愛するが、それからの木兎さんはとても安定しているのできっといいお付き合いをしているのだろう。

木兎さんの心配をすることが少し減ってしまって物足りなく感じる気持ちは、今度彼女に会った時に感謝と共に伝えようと思う所存だ。

・他校生のヒロイン
・↑一目惚れ
・勢い余って駅で告白
・ヒロイン逃げる
・凹む