比較的山に近い場所にある筈の我が家は、夏になるととんでもなく暑い上に風もあまり吹かないのに、母上が「電気代がもったいない!」とか何とか仰るせいで、設定温度28度以下にはさせてもらえない。
さらに子ども部屋にクーラーなんて気の利いたものはついていないので、ここ数日毎夜毎夜の熱帯夜を扇風機ひとつで乗り切っている。汗だくで貼りついた寝巻きと湿ったまくらの感触で目覚ましより早く起きようものなら、それはそれは地獄だ。

「暑いよう、暑いよう」
「夏だもの、あんたそればっかり」
「言っとくけどうちが特殊なんだよ、友達んちなんかさあ」
「はいはい、早く食べちゃいなさい」

今日も今日とて聞く耳を持たない母上は、テーブルに半熟の目玉焼きときれいに焼き色のついたベーコン、アスパラとトマトとレタスの乗った皿と、わかめの味噌汁とほかほかごはんの盛られた器などをてきぱきと並べていく。それをわたしはテレビから流れてくるキャスターの声を優雅に流し聞きながら眺めていた。

「あれ、箸は?」
「それくらい自分で取りなさい!もう20歳児の世話なんかしてられないんだから」

はあい、と間延びした返事をして(母上はこれにも大層ご立腹だった)席を立ち、台所へ自分用の桜柄の箸と、ついでにコップふたつと冷蔵庫から麦茶を取りだし、食卓へ戻る。

「お母さんも飲むでしょ」
「あら、氷は?」
「えー、薄くなるからやだ。自分で入れてよ」

「まったく出不精の娘をもって」とまた始まったので右から左へ受け流し、「いただきます!」と手を合わせたらため息混じりにでも「召し上がれ」と返してくれる。いいお母さんだ。
まずはごはんを一口掬い、ゆっくり口へと運ぶ。次にお味噌汁。

「ん、おいし」

朝からあまりお腹に量が入らないたちのわたしと、面倒くさがって毎朝同じものを出したがる母上、良くも悪くも似たもの親子で、これが我が家定番の朝ごはんとなっている。味はほとんど変わらないのに、ほっと一息ついた心地がする。朝だけど。
お袋の味だねと言うと、「こんなのでお袋の味なんて恥ずかしいから他所で言わないでよ」と怒られてしまうのでもう言わないけど、そう思っている。

『次のニュースです。本日未明、郊外の民家付近で熊の死体が発見されました。警察の調べによりますと、発見時には既に熊は絶命しており、体には刃物によるものと思われる傷があったとのことですが、詳しいことは未だ分かっておりません。現場から中継が繋がっております。現場のーー』

「あらあ、これうちの近くじゃない?怖いわね」

ズキ、と首の傷が痛んだ気がした。
嫌な予感がする。まさか、まさかね。