悪魔のねがいごと

1月12日

美しい人と出会った。
名前は雪中告望さんと言うらしい。探偵をしているそうだ。
依頼で人探しをしているらしく、私に名前と特徴を伝えてきた。名前を聞いたとき、私はそれが誰なのかすぐに理解した。
…彼には教会に泊まってもらうことにした。夕食をとても美味しそうに食べてくれたのが印象的だった。
本当に綺麗なひとだ。少しだけ、あの人に似ているような気がした。


X月XX日

久しぶりに母の夢を見た。
夢の中の母は優しく笑って私に手を伸ばした。それに応えようと右手を伸ばした瞬間、その右腕の醜悪さに母が悲鳴を上げ私を突き飛ばした。そこで目が覚めた。悍ましい夢だった。

私は母にも父にも似ていなかった。髪と目の色だけは母の遺伝子を受け継いでいたけれど、母はそれだけでは私を自分の子供だと認めようとはしなかった。むしろ、その部分だけ似てしまったせいで、私を否定しきれない事実を忌々しく思ってさえいる様だった。
もし私が父に似ていたら、何か、変わっていたのだろうか。そんなのは所詮夢物語で、考えるだけ無駄なのだろう。
いや、例え似ていたとして、私が悪魔である事実は変わらないのだから、母に愛されるはずが、…愛される資格すら、無い。
私の右腕は生まれた時より人間のものではなかった。黒く濁った肢体、手のひらや指と言ったものは存在せず、そこにあるのはただぬめりを帯びた蔦のような何かだった。
其れは自分の意志で動かせたけれど、私の成長と共に其れも成長し、力は強くなり、自分でも加減が出来なくなっていた。
それが私にはまるで自身の体を奪われていっているような気がしてひどく恐ろしかった。
母はそのことでよく私を詰った。叩かれることも辛かったけれど、母に言葉で存在を否定されるのが、私にとっては何よりも辛かった。けれど母の意識が私に向くのはその時くらいのものだったので、私は母がこちらに憎悪の目を向けるたび、今度こそ愛してくれるのではないか、などと、あまりに滑稽な夢を見ていた。……結局、そんな甘い夢がかなうことは一度もなかったのだが。
母は、一度も私に触れることなく、姿を消した。


1月13日

雪中さんの調査は順調のようだ。彼が楽しそうに話をしてくれるので、私もつい嬉しくなってしまう。
本来ならばこんな感情は間違っているのだろう。私は彼に私と言う悪魔の存在を知られないようにするべきだ。
そんなことは分かりきっているはずなのに、彼に私のことを知ってほしいという気持ちが止められない。
…もしくは、 …彼ならば、あるいは、……私を…
もう、終わりにしよう。神に背き続けた私が救われるなどとは思っていない。
愛することも、愛されることも、私には、結局、何一つ分からなかった。私は、たったひとりでいい、嘘でも構わない、ただ、私を受け入れて、愛しているというその一言が、欲しかっただけなのに。
彼と、約束をした。


X月X日
人を殺した。


X月XX日

最近町の人からの視線が少し変わったように感じる。
私が美しくなったからだろうか。母に近づいているのだろうか。そうだとすれば、母がもうすぐ帰ってきてくれるのだろうか。

私がどんな悪魔でも受け入れると言ってくれていた彼女は、昨日私の右腕を見て化け物だと叫んで突き飛ばした。
お前みたいな悪魔、母親に愛されなくて当然だ、と、言われたことまでは覚えている。気が付いたら彼女は私の目の前に倒れていて、物言わぬただの肉の塊に変わっていた。
本当に愛おしいと、愛していると、思ったのに、彼女が居なくなって胸が締め付けられて言葉が出なくなるほど苦しく酷く悲しい筈なのに、その死体を見ても私は涙ひとつ流せなくなってしまっていた。頬を何かが伝っていると思い拭えばそれは血だった。
この頃、貼り付けたような笑顔が私を支配しているような気がする。そういえば、悪魔と言うのはいつも笑顔を浮かべているのではなかっただろうか。そんなことを考えて自嘲気味に笑ったはずが今度は涙が零れた。
彼らは私のことを信じてくれている。あれは信用、というより信仰に近い物なのかもしれないが。私もそんな彼らに応えて善くしたいと思っている。
本当の私がどちらなのか、…最近、もう分からなくなってしまった。
あの部屋の鍵を増やした。


X月X日
だれか僕を愛して


X月X4日
この日記を書くのも最後になるだろう。誰が見るかは分からないけれど、見つけた方はどうか処分して欲しい。
ただ、最後に一つ、ここに誰にも見せない我儘を書くくらいなら、僕のような男にも許されるだろうか。
告望さん、貴方が、本当に愛して、愛される相手を見つけて、どうか幸せになってくれますよう。
これはたったひとつの、悪魔のねがいごとだ。