おはなし倉庫

▼2018/09/02:麗慈 --短文

『呼吸困難の日々』





息を吸う。

当たり前のことのように生きていた。当たり前のように死ねるとばかり思っていた。俺にとっての世界は血みどろの、それも狂気しかない壊れたもので、平穏など望んでもいなかったのだから。相変わらず、今日も俺は生きている。生かされている。

(大嫌いよ、私の子)

麗慈の名前には意味がある。憎しみだったか怒りだったかそういう意味。初めて母親の声を聞いた幼い俺はこの人を殺すのだろうと理解していた。結局、俺がきっちり殺すことなく強姦されて、あっけなく首の骨を折られてイったのだけれど。俺の処女性が失われたのもその時だ。原型が神様が何を狂ったか知らないがミニリュウだったせいで、マフィアに飼われた俺は慰み者として育てられ、そして次第に殺しを覚えていった。快楽殺人者と同じような感覚。多分、何一つ変わらない。龍がいなけりゃ存在に意味すら持てない。好きという言葉の脆さも性交の無意味さも味わってきたから良く分かっている。

(俺が意味になるよ)

ソトで沢山殺しすぎた俺は神に裁かれた。神なんていたのかと感動したことは内緒の話。何百年も幽閉されて、俺は死ねない体にされたけれど、龍はそれでもいいんじゃないかと笑っていた。俺を縛るためにあいつも、死ねなくなったっていうのに。俺はきっと不幸しか与えられない。与えることができない。

「麗慈」

「…よう、龍」

「留守番してんだから寝てるの反則。俺だけが働いてるじゃん。お前、そんなだと怒るぞ」

「ごめんごめん」

今、幸尋はいない。ぼんやりやではあるが一応現人神であるわけで、度々倶利伽羅やその辺に呼ばれて嫌々箱庭へ帰る。俺が神を苦手としていることを知ってか知らずか、……訂正。幸尋は何でも知っている。神が苦手な俺を玉座に立ち会わせないため、こうして留守番をさせるのだった。餓鬼のくせにあいつは餓鬼じゃない。

「感情、こもってない」

「入ってねーもん。大体、俺ら二人っきりにしたらどうなるのか、あいつも良くわかってるだろうにさ」

ベッドで寝ていた俺に馬乗りになっている龍の首に手を回して、ぐっと引き寄せる。無理矢理に唇を奪い舌を滑り込ませると龍は見張っていた目を伏せ、嫌々ながらも仕方なしに答えていた。そう、見えた。

「ヤル気満々だな」

「まぁね」

「でも今日はパス。俺はお前と違って真っ昼間からヤってられるほど頭湧いてねーよ」

「つめて」

「当たり前だ、…ぁ、ちょ……」

快感てのは怖い。人を幸にも不幸にもさせる。俺にはこの方法でしか人を悦ばせることができないから、必然的に不幸を齎す。だからか龍はこうして俺が体を使うことを嫌がるけれど、方法を知らない俺からにしてみれば至極真っ当。仕方のないことだと腹を括る。形成逆転して馬乗りを勝ち取り、少しの愛撫をする。考えが過ぎたと気休め程度に着ていたシャツを脱ぎ捨てて上半身を晒せば、夏の仄かな香りと汗が引いたあとの清涼感にも似た何かを感じた。股の間で無駄な抵抗する龍をがっちりと捉えて離さない。力関係なら負けない自信はある。諦めればいいのに可愛い。

「……マスターが怒る」

「知らね。俺はあいつに好きなことを好きな時にやっていいって言われてるんだぜ?これくらい許されるっつーの」

「甘やかしすぎなんだ。俺も、マスターも……お前はそれで平然として」

「やりすぎたら殺せばいい」

「俺はお前みたいなことはしない。殺すなんて、それはもう人であることすら失くす行為じゃねーか」

失望の目。

「まだ人でいたいのかよ」

俺は違うのに。
一緒でいたい欲望。

「やめたつもりはない」

「…可愛いこと言いやがる」

「約束、だろ」

「やっぱ女々しい」

約束に拘るなんて女々しい。いや、俺もどこかで約束に縋っている。龍のために生きて龍のために死ぬ。こんな約束を律儀に守る姿は滑稽だろうか。道化のように見えているかもしれない。体裁を整えるなんてことは俺はしないし柄ではないけれど、それでもかっこよくありたいなんて浅ましい考えだ。息を吸って息を吐いて、それで満足していたのに俺は思いも寄らない欲望に支配される。俺はまだ人であるのだろうか。
無心、無関心。

「息を吸ってる今が怖い」

「俺もだよ、麗慈」

きっと明日殺す動物も、そうして毎日を過ごしているのだ。当たり前の日常を憎たらしく愛してやがる。俺は生きるために罪を重ねるけれど、殺すことで憎んだ世界を愛している。似て非なる生。


気管支の愛
(惰性の生き方と俺)


そして息を吐く。




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